12 生い立ち
「ルブルムがカエルレウムから侵略されて、その憂き目に会った人達はもう生きてないって言ったよね」
アニーは熱いコーヒーをカップに注ぎながら話し始めた。
ミチルは少し緊張していた。これから語られることが重過ぎたらどうしよう、と。
平和な日本でのほほんと生きてきたミチルに、アニーの身の上をどうこう言うことが出来るだろうか。
て言うか、聞いてどうする?その後、何ができる?
オレは、アニーとどうなりたいんだ?
冷静になって考えてみると、なんだかすごく無責任なことを言った気がする。
けど、アニーを知りたいと思ったのは本当で。
ええい!聞く前から怖気付いてどうする!聞いてから考えろ!
ミチルは景気づけにコーヒーをぐいっと飲んだ。
「うあっちぃ!」
一人で大騒ぎしているミチルを見て、アニーは困ったように笑った。
「そんなに緊張しないでいいよ。俺の独り言だと思って聞いて」
「う……うん」
そうしてアニーは再び語り始めた。
「……もう生きてないからと言って、ヤツらの罪が消えた訳じゃない。俺の曾祖父は娘をカエルレウム人に陵辱された」
「──!」
「その娘……俺の祖母だけど、混血の子どもを産んだことでルブルム人からも疎まれた。ただ、曾祖父は族長だったからね。表向きにはその子ども……俺の父は不自由なく平凡に育てられた」
「……」
百年ほど前の遠い出来事は、その血族であるアニーが語ることで鮮明に蘇る。ミチルはすでにやるせなさで胸が詰まった。
「父が成人する頃には、ルブルムはすっかりカエルレウム色に染まってた。だからかな、父はなんの抵抗もなくルブルムを訪れていたカエルレウム人の女性と恋に落ちて結婚した」
アニーの言葉は少し棘があった。それは両親に対するものというよりは、両親を取り巻く環境そのものに憤りを感じているようだった。
「だからさ、俺ってば実は四分の三がカエルレウム人なワケ。それでもたまに疼くんだよね、四分の一しかない方の血が」
「アニーは、カエルレウムが嫌いなの……?」
少し直接的に聞きすぎただろうか、ミチルの問いにアニーは複雑な顔をしていた。
「いや、カエルレウムは両親のルーツだからね。俺個人では特に何も。ただ、あそこの軍は嫌いだな」
「ああ……」
ダリアの街が受けた仕打ちのことだろうとミチルはすぐに気づいた。
「話を戻すけど、俺は生まれはここから少し離れたスプレンデンスという街なんだ。そこはかなり発展していてね、都会だよ」
「そうなんだ」
「そこで俺は両親と幸せに暮らしてた。スプレンデンスはほぼカエルレウム人の街で、居心地は良かった」
そう言うアニーの顔は郷愁に満ちていた。穏やかで平和な子ども時代だったんだろうと、ミチルにも察せられる。
だが、すぐにアニーの顔は豹変した。
「……あいつが街に来るまではね」
途端に憎しみを込めて言うアニーの顔は恐ろしかった。侵略してきたカエルレウムに対する憤りとは比べ物にならないほどだった。
「な、何があったの……?」
恐る恐るミチルが聞くと、アニーは少し力を抜いて笑いかけた。ミチルが怖がっているからだ。
「あいつは世界中を渡り歩く商人だった。ある日突然うちに来たんだ、母のペンダントを譲って欲しいってね」
「ペンダント?」
「それはとても綺麗な蒼い石がついていてね、母が実家から受け継いだ由緒ある物だった」
「そんな大事なものを欲しがったの?なんか図々しくない?」
ミチルが憤慨していると、アニーは今度は自然に笑っていた。
「それは本当にそう。母はもちろん断ったよ。でもあいつは諦めなかった」
「商人てそんなにしつこいの?」
「さあ……とにかくあいつはしつこくて毎日のようにうちに来た。その度に父と喧嘩になって追い払われてたね」
「へえ……」
それほどの物とは一体どんな物だろう。ミチルは単純にそこに興味が出たけれど、他人なのに由緒正しい家宝を欲しがる商人の気持ちは理解できなかった。
ミチルがそんな風に想像していると、続けるアニーの顔がまた険しく曇った。
「それで、ある日とうとうあいつが実力行使に出た」
その表情の険しさはこれまでと一線を画すものだった。