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10 イケメンは悪魔じゃなくて

 チュンチュン、と鳥の鳴く声で目が覚める。
 陽の光とともに起きるなんて、理想の朝だ。ミチルは寝たまま目だけを開けた。

 昨夜は少し寒かった気がする。
 でも、今は結構温かい。

「!」

 温かいはずだ。ミチルの体は後ろからアニーにがっちりホールドされており、それはもう文字通りの抱き枕状態。

「ふぉお……」

 とりあえずミチルは深呼吸をした。今日はアニーより早く起きてしまった。昨夜、帳簿つけで夜更かししたからか?

 さて困った。

 ミチルの体はアニーの大きな手と力強い腕に絡め取られており、身動きができなかった。
 いや、動いたら起こしてしまいそうで。なんか、それは申し訳ない。

 大きな手と、力強い……腕。
 やだ、かっこいい。ていうか羨ましい。

 ミチルは自分の生っ白い腕と比べて溜息をついた。
 部活は帰宅部で、ゲームばっかりやってきたツケが今頃くるとは。

 そんな事を考えていると、後ろのアニーが少し身じろいだ。

「んん……」

 ミチルのうなじから肩甲骨にかけた辺りにアニーは顔を埋める。
 そんでもって、すりすりしてきた。

「ひへぇえ……!」

 くすぐったさと恥ずかしさで、ミチルから高い声が漏れる。
 起こしてしまったかと思ったが、アニーはミチルの背に顔を埋めたまま動かなくなった。

「……?」

「すーはー、すーはー。あ、やばい、これ、癖になりそ……」

「うらああぁあっ!」

 変態撃退センサーが働いたミチルは怒号とともに飛び起きた。

「ああっ!ケチ!もっと嗅がしてよ!」

「朝からど変態をさらすなぁ!」

 ミチルが怒りのままに振り向くと、アニーものっそりと起き上がってだらしなく胸元を掻いていた。
 その姿はまさに寝乱れたイケメン(国民の彼氏級)。ミチルは鼻血が出そうになった。

「ぶふぅっ!」

「あー……おはよー……」

 昨日の朝とは全然違うだらしない感じ。それはそれでギャップがあって萌える。
 て言うか、アニーのほっぺにオレの鼻血が飛んでしまった!

 ……はて、鼻血なんて出てなくない?

 ミチルは自分の鼻に手を置いて、何もついていない事を確認した。
 そして、アニーにずいと近寄ってその頬を凝視する。

「なあに?おはようのチュー?」

 べしっ

 ミチルはアニーの膝を叩いて無言でつっこんだ。
 そんなもんに反応してやる暇は、今はない。

 だって。
 だって。
 アニーのほっぺについてんの。

 血じゃない!?

「ん?」

 さすがのアニーもミチルのただならない眼差しに異変を感じ、己の頬に手をやる。
 血はすっかり乾いていたけれど、頬を擦ればそれなりに指につく。

 アニーは微かについた赤いものを見て、舌を出した。

「あ、やべ。返り血だ、コレ」

「でえええっ!!」

 そんなイタズラが見つかったみたいな顔で、なんて事言うの、この美形は!?
 ミチルが驚きで退けぞっていると、アニーはその腕を掴んでベッドから落ちまいとしてくれた。

「あー、ありがと……じゃなくて、返り血!?」

「実は、俺の本業って暗殺者なんだよね!」

 ──ほへ?
 ミチルは我が耳を疑った。

「あ……んさつ?」

「そうそう」

「殺す……の?」

「うん。昨夜も一人、()ってきたトコ!」

 オーマイ……
 ミチルは思わず天を仰いだ。

 爽やかな朝。小鳥が穏やかに鳴く。
 
 国民の彼氏は、悪魔じゃなくて、殺人鬼だったのです……

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