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ご機嫌な姉

 みなもんと別れて家に帰ると、天姉が楽しげに歌いながら洗濯物を畳んでいた。

「まるまるしてるよ丸餅~。カクカクしてるよ角餅~。モチモチしてるよもちもち~。もちもちもちもち~」

これはこの前みんなで餅つきした時に天姉が作った餅の歌だ。

ついこの間のことなのに、もう随分前のことのようにも思える。

学校生活は色々なことがあって時間の流れが遅く感じるな。

今まではほとんど同じようなことを繰り返す日々で時間の流れがとても早く感じていたから、余計にそう思うのだろう。

体を揺らしながら餅の歌を口ずさんでいる天姉をよそに、僕はカレンダーに目をやった。

餅つきをしたのが……二週間前くらいか。

あれ?
まだ転入してから三日しか経ってないの?
流石にそんなわけなくない?

……何回確認しても三日しか経ってないな。

僕がそんなことを考えていると、僕たちの帰宅に天姉が気づいた。

「おっかえり~」

けいがテンションの高い天姉に訊いた。
「なんか良いことでもあったんでゴザルか?」

「んー? んふふ。知りたい? 知りたいかね?」
天姉は口角を上げながら訊き返す。

「いや、別にそこまで知りたいってわけでもないでゴザ」

「実は、なんとも面白そうな部活を発見したのだ!」
天姉はけいの言葉を遮ってこんなことを言った。

「へぇー。どんな部活なの?」
僕が訊くと、天姉はニッコリと笑って
「眠い隊と書いて、眠隊(ねむたい)! お昼寝をする部活だよ」
と言った。

「天姉にぴったりでゴザルな」
「でしょ~。明日見学に行こうかな~って思ってるんだ~」

「なんで今日行かなかったの?」
「さっき発見したって言ったけど、本当は今日一緒に帰ってきた友達に教えてもらったんだー」
「なるほどね」

「その時一緒に教えてもらったんだけどさ、今世間じゃASMRというものが流行ってるらしい」
「ASMR? あー。アスマルのことでゴザルか」

「アスマル? いや、あれはエーエスエムアールって読むんだよ」

「若者ってなんでも略して呼ぶ傾向があるでゴザろうが」
「それにしてもASMRはASMRだよ」

「ちょっと待って。さっきから二人が言ってるASMRってなに?」

僕の質問にけいが答えた。
「なんか良い感じの音を聞いて癒されるやつでゴザルよ」

「聴覚の刺激が多いけど、視覚への刺激のやつもあるらしいね」

「Autonomous Sensory Meridian Response、直訳すると自律的感覚経絡反応でゴザルな」

「交互に説明してくれてどうもありがとう。いまいちどんなものなのかは分からんかったけど」

「具体的に言うなら、咀嚼音だったり耳かきだったりでゴザルかな」
「?」
全然イメージが湧かない。

「これは実際に体験した方が早いでゴザルな」
「そうだね。恭介、ちょっとこっちに来たまえ」
天姉は正座して膝の上をポンポンと叩いた。
僕は首を傾げた。

「いいからいいから」
天姉はニコニコしながら手招きする。

僕は訳が分からなかったが、とりあえず言う通りにすることにした。

天姉の膝の上に腰を下ろしたら、天姉から抗議するように肩を叩かれた。

「違う! そうじゃない!」
「?」
僕は立ち上がって天姉を見た。

天姉は身振り手振り説明する。
「ここに座れって意味じゃないよ! 頭を膝の上に乗せるの!」

「だったらそう言ってよ」
「これ私が悪いんか」

「天姉に対して横向きに寝っ転がって頭を膝に乗せるんでゴザルよ」
けいがアドバイスしてきた。

言われた通りにすると、また天姉が文句を言ってきた。

「いや、耳を見せなさいな。こっち向いてたら何もできん」

「だったらそう言ってよ」
「私が悪いんけ?」

僕は天姉に右耳を見せるように体を動かす。
天姉のへそを見るような体勢になった。

天姉の部屋着から致死量に達するほど甘い香りがする。

そして天姉は僕の耳に顔を近づけてきた。
吐息が聞こえるくらい接近してきた天姉は囁く。

「しゃかしゃかしゃかしゃか……」

……。
なんだこれ。
よく分からないが天姉は続ける。

「サラサラサラサラ……」

……。

「アムアム、パクパク、ムシャムシャ……」

「天姉、違う。そうじゃないでゴザル」
けいが冷静にツッコんだ。

「え?」
天姉は顔をけいの方に向けて訊き返す。

「そういうのじゃなくて……なんていうかもっと癒される感じのやつでゴザルよ」

「ふーむ」
天姉は何やら唸った後、再び僕の耳に顔を近づけた。

「ミーンミンミンミンミィーッ!」
「なになに!? うるさっ!」
僕は身を捻って天姉の膝の上から脱出した。

「え、蝉の声って癒されない?」
天姉は不思議そうに首を傾げた。

「耳元で叫ぶなよ! めっちゃびっくりしたわ!」
「ツクツクボウシだったら良かったの?」

「何を見当違いなこと言ってるんだい? 天姉は自分が今何をしたか分かっていないのかい? 耳元でミンミンゼミをやったんだよ? 同じことやってやろうかこの野郎」

「なんか結構怒ってる?」
「怒ってる」
「ごめん」
「いいよ」
僕と天姉は和解の握手をした。

「はぁ。結局ASMRがどんなものなのかよく分からんかったけど、ちょっと嫌いかもしれない」

「天姉のせいで恭介殿がこんなこと言ってるでゴザルが?」
「誠に遺憾ですな」
天姉は他人事のようにそう言った。

「それで、本当はどんなものなの?」
僕が訊くと、けいはおもむろに天姉の隣に移動して、天姉の耳元にふーっと息を吹きかけた。

天姉が耳を押さえながら飛び退く。
天姉は顔を赤くして口元をムズムズさせながらけいを睨むように見た。

「な、なんだ! なんで急に意地悪するんだ!」

「天姉耳弱いでゴザルなー。まぁ大体こんな感じでゴザルよ恭介殿。息を吹きかけたり囁いたり。動画投稿サイトなんかに色々あると思うでゴザルから、気になるなら調べるといいでゴザル。ああでも拙者たちイヤホンもヘッドホンも持ってないでゴザルな。今度拙者スマホ買いに行くからその時に一緒に買うでゴザルか」

「無視したな。私に意地悪しといて、そのうえ放置するのか?」

「そうだね。有線のと無線のがあると思うけど、無線の方がいいのかな」
「おい。恭介まで無視するのか?」

「まぁ無線の方がコードが絡まったりせんで便利でゴザろうが、有線の方が趣があっていいでゴザルよ。やっぱ白いイヤホンでゴザル」

「ふー」
「っ!」
天姉がさっきの仕返しで、けいの耳に息を吹きかけた。

けいは過剰なほど体をビクッと震わせて耳を押さえた。
それを見て天姉がニヤニヤする。

「お、けいも耳弱いのか~」
天姉はけいの肩に手を回した。

「まぁまぁ座りたまえよ。私が耳かきでもしてあげようじゃないか。恭介、綿棒取ってきて」
「はいよー」
僕は返事して綿棒を取りに行く。

「恭介殿? 裏切るんでゴザルか? 助けてくれないんでゴザルか?」
「いや~僕ちょっと晩飯作らないといけないんで」

天姉は無理やりけいを寝っ転がせて頭を膝の上に乗っけた。

けいが慌てて言う。
「待つでゴザルよ。天姉の怪力で耳かきなんてされたら鼓膜が破れるかもしれんでゴザル」
「私器用なんだよ? 知ってるでしょ?」
天姉はけいの頭を撫でながら諦めさせるようにそう答える。

「ほい、綿棒」
「ありがと恭介。さぁ楽しい楽しい耳かきの時間だよ~」
「拙者まだ死にたくないでゴザル」
僕はけいを見捨てて晩飯を作ることにした。

天姉がけいの耳に息を吹きかける。
「ふー」
「ひっ……」
けいは体を縮めて小さく震える。

「ふふふ。ビクッとしちゃって。可愛いな~」
「助けて! 助けてくれでゴザル!」

「ふー」
「ひぃ……」
「ぬふふ」

天姉が不敵に笑う。
けいは観念したのか、借りてきた猫のように大人しくなった。

僕は二人の様子をちょくちょく見ては頬を緩めたりしながら、いつものように人数分のご飯を作った。

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