25話 伝説の英雄の名を背負って
メーシャは改心した灼熱をアレッサンドリーテの住民に登録する審査をするため、拠点にしているという泉の洞窟の広間に来ていた。
「……あ、めちゃ香ばしいイイにおいする」
広間……部屋に入ると、何かが焼ける香がふわっとただよってきて胃袋を刺激する。
「おっとぉ、バトルヌートリアとデスハリネズミもう帰って来たのかぃ? いま灼熱とくせい超火力豆チャーハンを作ってるから、晩メシはもうちょい待っててくれな!」
ヒトの気配を感じた灼熱は子分のふたりと思って、石を積み上げだけの調理場でチャーハンを作りながら歓迎してくれた。
灼熱が作っているのは豆チャーハンという名の、豆と米と塩胡椒だけのシンプルな焼き飯のようだ。
そんな灼熱の行動もそうだが、見た目も真っ黒な状態から明るい赤色のロボロフスキーハムスターのようなキャッチーな姿になっており、ラードロの状態からガラッと印象が変わっている。
「おい灼熱さん、おきゃくさんだ」
バトルヌートリアが料理中の灼熱さんの邪魔にならないように注意しながら声をかける。
「んあ? …………おう、そうみてぇだな」
一瞬振り返りメーシャを
「おひさだし。元はどこ住んでて、なんでラードロになったかとか知らないけどさ、この国に住むならとりま住民登録しないとみたいだから顔見に来たんだし。審査とかあるみたいだけど、あーしこう見えて一応騎士ってことになってるからある程度融通きくよ?」
メーシャは騎士の権限全てではないにせよ、常識の範囲内で行使できるようカーミラが取り計らってくれていた。
それに、自分が倒してヒデヨシが浄化、最後にカーミラが回復してみんなで救った命でもあるので、もし何かできることがるならば手を貸したいと思ったのだ。
「そうかぃ。ん〜…………あっしは、住民登録はどうでも良いな。元々故郷の里を抜け出した根無し草だし、この街のヒトらにゃ迷惑かけちまったからなぁ。アンテナついて操られてたあいつらふたりはともかく、完全にラードロ化してたあっしはこれ以上怖がらせないためにも、出ていくのがスジってもんじゃねぇかな? 一度失った同然の命だ、気にしねえでくれ」
「……そっか。あ、でも判断する前にちょっと、アンテナついてるのとラードロ化の違いって訊いていいかな?」
操られていたとはいえ、バトルヌートリアもデスハリネズミも自我を少し感じられるような面はあったし、ラードロになっていた灼熱も見た目はともかく雰囲気としてはあまりふたりと変わらないように感じられた。
「お嬢は知らねえのかい。……ま、良いか。説明してやる」
それから灼熱はラードロについて、アンテナ付きについて説明してくれた。
"ラードロ"は邪神たちが扱うナノウイルスが身体と完全に一体化しており、基本的には倒しても宿主は救えない。なので、もしラードロ化してしまった場合は故人と判断され、どこの国でもどんな宿主でも討伐されるだけなのだ。
意識も下された命令を聞くゾンビに近い状態になるか、元の性格や欲望を邪悪に強めた状態になる。灼熱が成ったのは今回邪悪な方で、ヒデヨシが戦ったのはゾンビ状態の方だろう。
宿主の意識が強ければ元の性質や性格の一部くらいは引き継いだりする。記憶や元の性格そのものがあるわけでは無いので、それが活用されるのは敵対したヒト側を混乱させる時くらいなものだ。
対してアンテナの方は、通称"
アンテナを破壊すれば、肉体にダメージを受けるものの回復魔法を使えばほとんどの者が助けられる。
アンテナがついた場合、ラードロに対し敵意や恐怖、違和感すらも感じなくなり、本人も普段通りに過ごしているように脳が解釈する。
ラードロに対しての敵意を感じた場合異常なまでに攻撃的になるものの、ラードロが命令を下していない場合は元の性格のままであることも多いとか。
「──つまり、あっしが下した『街の物資を持って来い』てな命令と、あんたらが来たときに下した『侵入者を倒せ』以外は、こいつらもその辺りの草とか木の実食ってたんだ。許してやってくれぃ」
灼熱はバトルヌートリアとデスハリネズミの悪事は全て自分の責任だと語る。
「……そっか。出ていきたいなら、居心地が悪いって言うなら止めはしないんだけどさ、その後はどうするつもりなの?」
メーシャはしゃがんで灼熱の目線に少し近づける。
「そうですよ。ひとりになったらまた狙われるかもしれません。幸い農場主さんも怒っていないようですし、しっかり謝罪して協力しましょうよ」
ヒデヨシが灼熱に詰め寄る。だが……。
「いや、あっしにゃあ着けなければならない
灼熱は顔を背ける。
「ケジメ……?」
ヒデヨシは首を傾げたが、メーシャは何かに気付いて目を細める。
それは子分のバトルヌートリアやデスハリネズミも察したようだ。
「灼熱さん! 自分だけ罪をかぶろうなんて、水くさいよ! あたいらは、あんたの子分で一蓮托生なんだ。責任をとるならあたいらだって!」
「そうじゃ! ワシらもお伴する……! アイツらはワシらの誇り高きゲッシ(齧歯類型モンスター)の魂を侮辱したんじゃい! 成功するか分からんが…………それでも、ひと泡吹かせるくらいはしてやる!!」
そう、灼熱の言う『ケジメ』とは。
『ドラゴン=ラードロ軍にひとりで挑む気か』
デウスがいつに無く真剣な声でつぶやいた。
「………………あっしは止められてもとまらねぇぜ。確かにあっしは根無し草のハグレもんだが、まだゲッシの誇りは持ってるつもりでぃ。それに…………故郷に伝わる伝説のゲッシの英雄『灼熱』の由緒正しき
灼熱の意思はかたそうだが、少し寂しそうな顔をした後にゆっくりまた口を開く。
「…………デスハリネズミ、バトルヌートリア、気持ちありがたかったぜ。でもてめえらはついてくんな。今日限りでふたりとも破門だ。あっしは明日の明朝ここを出ていくぜぃ。アレッサンドリーテのみなさんと幸せにな……」
ドラゴン=ラードロに挑めばタダじゃすまないのは重々承知というわけだ。だから、かわいい子分は無事でいて欲しいということなのだろう。
「し、灼熱さん……」
「その心、揺るぎねえってことなら……ワシとて何も言えねえじゃねえか……」
灼熱さんの覚悟の重さを察したふたりはもう何も言えなくなってしまった。
「そう言うわけだお嬢ちゃん。自分勝手だってぇこたぁ分かってるが、アイツらのこと頼むわな」
そう言うと灼熱さんは踵を返してちゃぶ台の元へ行き、寂しそうな……でもしっかりした背中で最後の晩餐を食らおうとする。
「──ねえ」
そんな灼熱の背中に、メーシャは少し場違いなほど明るい声をかける。
「…………」
聞こえてはいるのかぴくりと動くが、灼熱は黙って豆チャーハンを食うのを止めない。
「巨悪に単身挑んで散るってさ、カッコイイよね。でもさ…………」
「…………」
メーシャの言い方が少し気になったのか、灼熱は一瞬スプーンを止める。
「同じ志のもと集まった仲間と共に、巨悪を討ち倒してさ…………灼熱さんもなってみない? 伝説に負けない『
メーシャのこの言葉は、文字通り灼熱の運命を変えたのだった。
「────あっしが『灼熱』に……!」