16話 始まりの勇者
メーシャは謁見の間に入ると澄ました顔のまま王座の前まで進み、指先でスカートを摘み軽く膝を曲げてお辞儀をした。
その後顔を上げて背筋を伸ばしアレッサンドリーテ王の顔をまっすぐ見る。
「…………」
そしてヒデヨシはいつの間にかメーシャの後方で騎士さんたちと一緒に待機していた。
「……よくぞ参った、ウロボロスの勇者と名乗る者よ。我こそ"ピエール・ド・アレッサンドリーテ"……この国の王だ」
白髪混じりだがダークブラウンのの髪と髭、ストレスだろうか目は落ちくぼみ、身に着けている宝石が散りばめられた王冠やシルクでできた真紅のマント、座している豪奢な椅子とはばちがいなほどくたびれた印象だ。
その有り様から年老いて見えるが、実際は年齢は30代半ばから後半くらいだろうか。
ドラゴン=ラードロの根城が国内にあるというプレッシャーなのかそれとも他の要因なのか、何してもアレッサンドリーテ王の精神状態は限界であるのが容易に伝わってくる。
「……
それに、今はドラゴン=ラードロ軍と戦争状態でな…………彼奴らの罠の場合もし
表情を動かさずに王は語る。
防壁を出す魔法は王族であれば発動できるはずだが、王は『余が居なくなれば』と言う。つまり、王族に名を連ねるヒトは現在アレッサンドリーテ王自身しか居ないと言う事だろうか。
「かまいません、私も街の様子を見ておきたいと思っていましたから。……それで、私を呼んだ理由をお聞きしてもよろしくて?」
メーシャは少しツンっとしたカンジの澄ました表情を作って答える。……が、内心『ちょっと待って! 今の演技めちゃウマくね!? 会心の出来なんだけど〜! こんなんママが見たら絶対にクルクル回りながら喜んでくれるし〜』と考えているのはみんなに内緒である。
「不躾で申し訳ないが、時間を取らせるのも悪いから単刀直入に言わせて頂こう。そなたが誠の勇者であるか試させてもらう。もし真実であるならばドラゴン=ラードロ打倒にそのチカラを貸して欲しい。そして…………」
そこまで言ってアレッサンドリーテ王は握りしめた拳を口元に持っていき、思い詰めた表情で押し黙ってしまう。
「……そちらがこの戦いにおける
メーシャの言う通りアレッサンドリーテ王はその目的さえ達成できれば、もうドラゴン=ラードロ打倒などどうでも良かった。だが、王は乱心では無かった。
確かにドラゴン=ラードロは国にとって国民にとって大きな脅威である。その相手を『どうでも良い』などと思えるのには理由があるのだ。
「………………そうだ。言うか迷ったのだが…………ああ、そうだ。本音を言えばドラゴン=ラードロを倒すことも、金も、国も、兵や国民…………余の命すらも惜しくはない! ……半年前ドラゴン=ラードロに我が娘"ジョセフィーヌ"は奪われたのだ! 余は何もできなかった……! 防壁は確かに発動し邪神軍の攻撃は防いでくれた。
……だが! 本当に守りたいものは守ってくれやしなかったのだ!! ドラゴン=ラードロはいとも簡単に防壁を潜り抜け、なに食わぬ顔で騎士や余の魔法を喰らい尽くし、ジョセフフィーヌを奪い去っていった…………。
ああ…………本当なら今日……ジョセフィーヌ10歳の誕生日パーティーを開いていたはずだったのだ。あの子が喜ぶ……プレゼントも、既に用意しているのだ。
報酬ならいくらでもくれてやる……! 金でも権力でもなんでも!!
だから…………だから、あの子を……ジョセフィーヌを救ってくれ……! 本当にウロボロスの勇者ならどうか…………余の希望をとりもどしてくれ!!」
アレッサンドリーテ王は
まだメーシャは本物の勇者か、ただの詐欺師か、敵のスパイかも分からない相手。なのにもかかわらず、ここまで必死に訴えかけるのは本当に限界なのだろう。
メーシャも小さい頃はよく街に冒険に出かけ、夜遅くに帰っては両親には心配させてしまった。
ある日珍しく迷子になり、なかなか帰れず結局警察が見つけてくれた事があったのだが、その時のパパやママの表情はいまだに忘れることができない。寂しさや悲しさ、いきどおり、嬉しさ、安堵、色々な感情が入り混じっていたが、何よりいつも元気なふたりがその時ばかりは疲れてすごく弱々しく見えたのだ。
そんなふたりの姿を見て悲しくなり、メーシャはそれ以降無茶な冒険はしなくなった。
「……すまない、取り乱してしまった。今のは為政者としてあるまじき発言であったな…………もう、今日は休ませてもらう。話は通してあるから後のことは騎士に聞いてくれ………………」
アレッサンドリーテ王は
そんな王の姿に両親を重ねてしまいそうになるメーシャ。だが王は両親ではないし、自分は助けられる子どもでもない。代わりに、王は民を導く存在であり、メーシャはウロボロスからチカラを授かり、世界を救うと決めた勇者なのだ。
「──待ちなさい」
メーシャは呼び止める。
「なんだ……」
「王たるもの民を導き、守り、最後まで責任をまっとうする者であるが故に先の発言は確かに為政者しては絶対に言ってはいけない言葉。……ですが、ジョセフィーヌをおもうピエールとしての悲痛な叫びは受け取りました」
「…………」
「ピエールよ、嘆きの時間は終わりました。今日は眠り、明日よりアレッサンドリーテ王になりなさい。
この勇者いろはメーシャがドラゴン=ラードロを討ち倒し、必ずや王女ジョセフィーヌを助けると約束しましょう……!」
メーシャは言い切った。
連れ去られたのが半年前なら無事だとは言い切れない。が、邪神軍がその時危害を加えなかったということは命を奪うことが目的ではないはずだ。今後もいつ状況が変わるか分からないが希望が無いわけではない。
それに、メーシャの思い描く
「…………ふははっ。言ってくれる」
生気の感じられない王の瞳に微かな火が宿る。本人はまだそれに気付かず、全てを受け入れられる状態ではないかもしれない。しかし、少なくとも倒れず踏ん張る気力は取り戻せたようだ。
「……ウロボロスはその身を
…………故に、人はこう呼んだ
「それは?」
「ただの昔話だ。いつ頃から伝わるものかも分からぬほど昔の、な。きっと色をつけ都合の良いように捻じ曲がったモノだろうな。でもな、先ほどのそなたの目を見た時……ふと思い出してな。……ではな、いろはメーシャ。余は明日から忙しくなるので、先に休ませてもらうぞ」
王は先ほどとは違い、立ち去るその歩みは力強いものだった。