17話 良薬は口に苦し……と思ったら?
「……ふぃ〜、集中してたから体がピシピシしてるよ」
「ちうっちぃ」
王が去った後にメーシャたちは騎士のひとりと一緒に城の外に出ていた。他の騎士は元の持ち場に戻ると言っていたので、もしかするとこのヒトがダニエルの言っていた"カーミラ"だろうか?
確かエスコートしてくれた騎士も同じヒトのはずだ。
「お疲れ様です勇者様」
そう言う騎士の声は城で聞いた時より少し柔らかくなっていた。
「ありがと〜っ。てか、あーしを監視する人って騎士さんって事でいーの?」
騎士にどこと言うわけでもなく案内されながらメーシャは質問する。
「はい。…………自己紹介も良いですが、ひとまず目的地に着きましたので中で落ち着いてからにしませんか?」
騎士が言う目的地とは『そうそう、これで良いんだよ』と言いたくなるような、良い感じに使い込まれた風体の暖かみのある3階建ての木造の宿屋だった。
「宿屋? 今日はドタバタで疲れたからマジ助かるし〜」
「ちうちう、ちゅるちちぃちゅちちう」
「……申し訳ありません。本来ならば城の客室にお通しして丁重にもてなすべきではありますが、最低限の兵士や給仕係以外は家や故郷へ帰していますので現在城内にそういった行事ができる者が居ないんです」
戦火から逃れるために疎開するような感じだろうか。
「そういやメイドさんとか執事さんみたいなカンジの人全然見当たらなかったもんね。謝る必要はないよ。さ、入ろっ」
メーシャは笑顔を見せると、騎士の手をとって宿屋の中に入って行った。
* * * * *
「……どうぞ、私の故郷でよく飲まれている疲れによく効くお茶です」
メーシャたちは3階のふたり部屋に通され、テーブルについて部屋を眺めていると、騎士さんがすごく濃い緑色のお茶を用意してくれた。ひとつは普通のマグカップでメーシャ用、もうひとつは深さ5cmくらいの小さいコップでヒデヨシ用だ。
「おぉ〜! 初異世界ご飯…………じゃなくて飲み物! いただきまーすっ」
と、勢いよく飲んだメーシャだったが……。
「〜〜〜〜〜〜っ!?!?」
あまりの苦さに声すら出てこない。今まで口にした全ての苦さを後にする、この世のものとは思えない苦いお茶。良薬は口に苦しとは言うが、ここまで苦いと逆にダメージを受けてしまいそうだ。
「──!?」
……と思ったが、なぜか体の疲労感が和らいでいく。しかも、疲れが緩和されていけばされていくほどお茶の苦さも和らいでいき、飲み終わる頃にはハーブティー系のめちゃくちゃ美味しいお茶に変わっていた。
「うんまっ!」
「気に入られて良かったです。それは樹齢1000年以上の薬草の老木から採れる新芽と、百鬼の森の奥にある棘茶の木のトゲを煎じて
騎士は嬉しそうに語りながら、ようやく重たいブルー
「…………おぉきれ〜!」
メーシャの目を奪ったその髪は、セミロングのその黒髪は柔らかく艶めいていて黒曜石のようだった。
一日中鎧を着ているので日焼けをしておらず、その白い肌が黒い髪をより強調している。
目は金色で猫目、全体的にキリッとした顔立ちで頼りがいのありそうな雰囲気であった。しかし、前髪の隙間から覗く1cmほどの可愛らしいサイズのツノを額に見つけた時、騎士さんが少し恥ずかしそうに隠していたのをメーシャは見逃さなかった。意識を他に取られていたが、エルフっぽい耳だ。
「えっと……私はこの度勇者様のお伴をさせて頂くことになりました、"カーミラ・ルーベリーテ"。王家近衛騎士団長です。戦いにおいては細剣を使い、精霊を召喚して風魔法を使うことができます。軽い傷なら治せます。
あと、バレていると思いますが、私も小さく一本だけながら
カーミラはツノをチラリと見せたかと思うとまた前髪で隠す。
「知ってると思うけど、あーしはいろはメーシャ。ウロボロスの勇者だよ。……見せるのがイヤなら見せなくても大丈夫だよ?」
そんな様子を見たメーシャが優しく声をかけた。
余談だが、ヒデヨシはお茶がたいそう気に入ったらしく、カーミラから今3杯目をもらって飲んでいるところだ。
「……いえ。ただ、見つめられると少し恥ずかしくなるだけです。あぁ……っと、それはそれとして。
私たち姉弟はヒト種の"エルフ"と、モンスター種の"鬼"が交わった
なので、できれば隠密行動は控えていただければと……」
カーミラはマグカップで口元を隠し、チラチラとメーシャの顔色を伺いながら話す。
「……ああ。深刻そうだったから、魔族は怖がられてるみたいな事でも言うのかと思った!」
メーシャは肩透かしをくらってケラケラと笑ってしまう。
「えっ? あ、いや……モンスター種の特徴が出てる分目を引きますが、ちびっ子からツノを触ろうとされたりカッコいいと言われたりするくらいです。むしろ無二の特性を持っていることも多く、実力主義の冒険者ギルドでは一部の魔族が引っ張りだこだとか」
作品によってはハーフエルフが虐げられていたり、魔族は見るだけで恐れられてしまったりみたいなことがあるが、どうやらそんなことは無いらしい。
「あーしも隠れるの得意じゃないからいーよ。この前敵が来たから戦車の下にかくれたんだけど、そこって相手から丸見えだったみたいでさ。気付いたら敵に囲まれてるし、撃たれて仰け反るからなかなか戦車の下から抜け出せないしで大変だったんだから」
もちろんゲームの話である。
「えぇ……。だ、大丈夫だったんですか? そんな状況からどうやって逃げ出せたのか聞いても……?」
カーミラはゲームの事だとつゆ知らず真剣に反応してしまう。
「逃げ出す? ううん、逃げ出さなかったよ」
「で、ではそこから何か打開する策があったとか……?」
「いや、ああなっちゃったらお終いだし。とりまやられるしかないっしょ」
「やられ…………?! しかし! いえ……あれ? 勇者様はその後どうやって……?」
カーミラの頭の中はもうクエスチョンマークでいっぱいだ。
「そりゃもう、一回やられて復活するっしょ? その後、敵の動きはもう分かってるから、まず遠くからスナイパーライフルで減らして、それでできた巡回ルート上の死角で待ち伏せして各個撃破! 時間も巻き戻るし何度でもやり直せるから、慣れればそんな難しくないよ」
「時間が巻き戻る…………やられても復活…………何度でも…………?! ふしゅ〜……」
自身の常識を超えるメーシャの発言に、カーミラはとうとう脳がキャパオーバー。テーブルに倒れ込むようにして意識を失ってしまうのだった。
「あっちょ! やば! カーミラちゃん!?」
「ちう!? ちゅいちうち!!」
『──たっだいま〜! 重力キツかったろ? 近場の精霊にお願いしてエネルギー分けてもらったから、重力適応魔法かけちまおうぜ〜』
と、空気が読めない帰還をはたすデウス。
「それは今じゃない! ってか、重力はもうイイ! それよりカーミラちゃんが──!」
この後ひと騒ぎありつつも、カーミラは無事に目を覚ました。ただの低血圧なので、安静にしていれば問題ないのである。
そして、デウスの自己紹介をはさみつつカーミラが落ち着いてから、メーシャはこれからやるべき事を教えてもらった。
邪神の手下になった存在…………
そこでそのラードロを見つけ、残さず撃破して街の安全を取り戻す。プラス、道中で勇者としてのチカラをカーミラに見せることがメーシャの第一の試練のようだ。
「──では、食事は1階で、トイレは部屋の入り口右、お風呂はトイレの向かい側で、アメニティで足りないものは受付です。あと…………私は隣の部屋にいますからお困りの際は声をかけてください。……また明日」
「うん、ありがと。大丈夫だよカーミラちゃん。また明日ね、おやすみなさい」
「あ、そうですか? では、おやすみなさい」
「ちうっちー」
『ちゃんと歯磨きして寝ろよ。おやすみ』
カーミラと別れた後、メーシャたちは地球から持ってきた食べ物をお腹に入れると、早めにベッドに入り明日に備えて泥のように眠るのであった。