15話 ちうちちゅちちうち(お嬢様と呼ぶ理由)
「──んで、なんでダニエルさんはあーしが勇者だって分かったの?」
メーシャは王の使いであるダニエルに城まで案内されていた。そして、その道中少しヒマなので雑談をはさみつつ気になったことを訊くことにしたのだった。
ちなみにメーシャは雑談中に紆余曲折、たまに意味不明な言葉を喋りつつもなんとかフィオール語をなんとか習得することに成功している。
「それはまず、陛下の夢枕にウロボロス様と名乗る青年があらわれ、今日ウロボロス様から
やはりデウスはメーシャの想像通り夢枕に立って知らせたようだ。
「そうなんだ。……あっでも、それじゃ姿まではわかんなくない?」
「まあ……それはそうですね。実際、この命を受けた時点で勇者様がどのよな姿かの情報が一切ありませんでしたし。…………ええっと、勇者様に失礼なのは承知で、個人的に言っておきたいことがあるのですが」
ダニエルは先ほどまでの少し頼りなさそうな、少し優しそうな顔から一変。覚悟を決めたかのような引き締まった顔つきになる。
「ん? いいけど……」
メーシャはヒデヨシと一瞬顔を見合わせた後
「代々アレッサンドリーテの王族はウロボロス様を信じ、国の象徴ともなっています。定めているわけではありませんが、国民の半数以上も信じる実質的な国教なんです。
ですが、陛下は夢枕に立った青年のことをウロボロス様と信じず、むしろ邪悪な者が騙そうとしていのではとまで考えているんです」
「マジか……」
メーシャはデウスとの出会いの時を思い出していた。最終的には信じる事にはしたが、初対面で個人情報持ってるし、喋り方の威厳はないし、グイグイくるし、一人称は俺様だしで、これは悪魔みたいな存在と思われてもしゃーないかと思わざるを得ない。
「……はい。とは言え、万が一本物のウロボロス様である可能性もありますし、邪悪な存在である場合は何か対策を取らなければならい。何より、
つまり、つい先日騎士になったばかりの私、ダニエル・ルーベリーテです」
「う〜ん……じゃあ、お城に行ってもウロボロスの勇者だと証明するか敵だと分かるまでは、攻撃自体はしないかもだけど、歓迎もされないしむしろ監視付きになる可能性もある……のかな?」
思っていたような楽しい異世界デビューとはいかなさそうだった。しかし、怪しい存在への対応としては妥当だし、ましてやこの国にはドラゴン=ラードロの根城も存在するので、メーシャは怒るどころかちゃんとした国なんだなと少し感心してしまう。
「申し訳ありません。……ただ、本物の勇者様だった場合失礼は許されません。ですので、その監視役は王家近衛騎士団長であるカーミラが担うことになっています。
それにカーミラは今回の話を唯一初めから信じ万が一も覚悟して手を挙げた人物ですし、勇者様に窮屈な思いはさせないはずです」
そう語るダニエルの横顔はどこか誇らしく、口調も力強い。カーミラという人物を信頼しているのだろう。
「お気遣いあんがとね。……で、ダニエルはそのカーミラさんって人に憧れてるの?」
「……はい、自慢の姉なんです。筋力こそ今では私の方が上ですが、魔法や技術はもちろん、近衛騎士団をまとめあげるカリスマ、誰にも負けない不屈の心、忙しくとも市民をきにかける優しさ……姉の全てが私の誇りです。私が騎士を目指したのも姉のようになりたかったからなんです」
ダニエルは語りながら門番に合図を送って城門を開いてもらう。もうすぐだ。
「へぇ〜、最高のお姉さんだね」
「…………着きました。では勇者様、それと
そういうとダニエルはうやうやしく一礼をし、力強く王城の中へ続く扉を開いた。
「まかせて!」
「ちうっち!」
メーシャたちはダニエルと別れ、とうとうアレッサンドリーテ城に足を踏み入れた。
まず目に入ったのは建物内を照らすシャンデリア、ウロボロスっぽいけどよくわからない形の前衛オブジェ、目の前にはまっずぐ伸びる巨大な階段、そこかしこにあしらわれている宝石や金細工、床に張り巡らされている絨毯はしっかりした生地なのにフワフワ、窓は全く見えないレベルまでピカピカ、まさに王様が住んでいるお城という風体だ。
「お待ちしていました」
すると、待機していたらしい4人の騎士がメーシャの前に出て軽く礼をする。ダニエルとは違いこの騎士たちはメーシャのことを『勇者』と呼ばないようだ。ダニエルの話の通り、まだ様子見段階なのだろう。
「王様が呼んでるんだよね?」
「はい。歓迎の謁見の間にご案内します」
騎士たちは光沢のあるブルー
「おねがいできる?」
メーシャは王が信じる龍神ウロボロスの選んだ勇者。なので敬語を使わず、あえて堂々と接した方がいいと判断する。
もし逆に腰を低くしてしまえば、それはウロボロスを見下し侮辱するも同然。しかし、ただ尊大な態度をしては安っぽく見えるので、メーシャはいつもの軽いノリを封印し、背筋を伸ばして指の先まで意識を向け、落ち着いた声を出し、王城にも引けを取らない優雅さを雰囲気をかもしだしていく。
その堂に入った所作や振る舞いは、ただの学校の制服も煌びやかなドレスに見えてきそうなほどだ。
余談だが、メーシャのママはこだわりが強く、コスプレには本物らしさも必要ということで小さい頃からメーシャに演技力やテーブルマナーなど色々教えていた。
つまり、これはその時にやった貴族令嬢役のノウハウがめちゃくちゃに活きた瞬間なのである。
「ちうう……!」
静かにしていたヒデヨシがめーしゃのそんな姿を見て感激してしまう。
ヒデヨシがメーシャをネズミ語で『お嬢様』と呼ぶのは、初めて出会った時のメーシャがまさに貴族令嬢になりきっている時で、そのカッコよさに痺れたからだ。そして、そのメーシャのかっこいい姿を久しぶりに見られるとなると、ヒデヨシももうただのフアン同然。感激してしまうのも致し方なし。
「私がエスコートさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
騎士のひとりがメーシャのその姿を見ると態度を改め、礼儀正しくも柔和で落ち着いた雰囲気になり、うやうやしくひざまずいてスッと手を差し出した。只者ではないと察したのだろうか。
「ええ」
メーシャは短くそう答えて騎士の手を取った。
● ● ●
騎士にエスコートされるままに階段を登り、いくつかの鍵付きの扉を越えて、メーシャたちはようやく人一倍豪華で堅牢な扉の下へ辿り着いた。
「……こちらが謁見の間でございます。ご準備はよろしいでしょうか」
他の騎士が少し離れた所に待機したのを確認して、エスコートしてくれた騎士がメーシャとヒデヨシに確認をとる。
「…………ちう」
ヒデヨシはメーシャとアイコンタクトをとり、騎士に問題ないと伝えた。
「では──」
騎士が扉にノックをして中に合図を送ると……。
『──入るが良い』
少しの間を置いて威圧感のある低い声がそう答えた。そして、間も無く中から扉を開かれ、謁見の間とそこに鎮座するアレッサンドリーテ王がその姿が明らかになる。
「……よくぞ参った、ウロボロスの勇者と名乗る者よ。我こそ"ピエール・ド・アレッサンドリーテ"……この国の王だ────」