14話 王様からの使い
「え!? マジか! もしかして
ハイテンションのメーシャは衛兵のみなさんに早口でまくし立ててしまったのだった。日本語で…………そう、日本語で。
「な、何を言っているんだこいつは?」
と、耳とお目々がが素敵にシャープしているエルフのお兄さん。
「さあ……? 古代言語か何かか?」
こう言うのはコーヒーワタアメみたいなふわっふわのお髭をたくわえ、チラ見えする筋肉が格闘漫画に出てきそうな美しさであるドワーフのおじさん。
「ニンゲンかと思ったけど雰囲気も少し違うし、もしかして擬態化系モンスター種のヒトか……?」
そして最後に声を発したのはアリ型
「……ちうち! ちゅーちう!」
「え? ……あ、そっか! テンション爆アゲでフィオール語喋るの忘れてたわ!」
ヒデヨシに耳うちされてようやく自分の発した言語が日本語だと気付く。やはり頭がまわっていない。
「…………ヒトの言葉も分かるみたいだな? 話すことはできるか? 名前は?」
メーシャが自分たちの言語を理解していそうなのを察して、ドワーフのおじさんが代表して
「えと……自己紹介をうながされてるっぽい? あ〜……確かチャラいお兄さんが自己紹介してたっけ。それを使えばいけるはず……。こ、こほん! 『へい、お嬢ちゃん! オレちゃんはメーシャ! こんなところでどうしたの? 困ってるなら手を貸そっか』……これでそうだ?」
メーシャはめちゃくちゃチャラい口調で自己紹介してしまった。しかも衛兵のおじさんをお嬢ちゃん呼びまでして。
そう、メーシャは言語をラーニングしたとはいえまだ脳に定着させきれておらず、しかもニュアンスの違いを理解するほどサンプルを得られていなかったのだ。
「お、お嬢ちゃん……!?」
ドワーフのおじさんは目を丸くして固まってしまった。少し恥ずかしくなったのか、心なしか頬も赤く染まっている。
「フフフ……隊長をお嬢ちゃん呼びとはキモが座っているな。……それで少しは話せるようだが、なぜ手をかざしたり走りまったのかは喋られるか? それこそ困っているなら手を貸すが」
すっかり柔和な顔つきになったエルフのお兄さんがメーシャに要件を尋ねる。
「次は何か必要か……っぽいカンジかな?」
平時のメーシャは勢い任せなところはあるがポンコツではない。ただ、頭の疲労でぼーっとしてしまっているせいで、認識能力と思考能力がいちじるしく低下している。ゆえに、こんな答えになってしまったようだ。
「えっと……『リンゴなら150
イイわけはなかった。メーシャは別にリンゴが欲しいとは微塵も思っておらず、そもそも目的を訊かれているので意味不明としか言いようがない。
ちなみに"アレス"というのはこの国の通貨であり、1アレス1セントくらいの価値がある。そしてこの言葉は果物屋の気の良いおばちゃんから手に入れたモノだ。
「……リンゴ? 果物を売っているのか? ……ああ、えっと……街を移動しつつ宣伝していたのか? でも、店の名前を聞いたという報告はなかったはずだし……」
誤解を招いてしまったようで、エルフのの兄さんはブツブツ言いながら首を傾げている。
「あ、間違えちゃったっぽいな。必要…………ああ、もしかしてあーしの方か! じゃあ、言語習得のためって言わないとなんだ。でも、どうやって伝えよ……頭が回んない」
メーシャは頭を動かそうとしたが、なんだかぼーっとしてしまって考えがまとまらない。
「ちゅ、ちうちうちう! ちゅういち」
それを見かねたヒデヨシが思い付いたアイデアをメーシャに話した。
「回復? ……ああ、傷とかもなおせるけど? あ、そっか! 頭にチカラを使って疲労を奪っちゃえばイイんだ! でもそんな上手くいけるかな? いや、ダメならその時考えよっ。……それにブドウ糖チョコとかも持ってきてるし、これで回復できるかも!?」
ひらめきを得たメーシャは見られているのも気にせず、チカラを使って急いで脳の疲労を奪い去ってしまう。そして、その流れでチョコも一緒にほおばり、これでやれることはやり切った。あとは効果が出てきてくれるか待つのみ……。
「チョコレート? ……さっきまで言葉がおかしかったし、疲労していたということか? …………それで、話すことはできるか? もしダメそうなら、身分証明できるモノさえ提示してくれれば後日でもいいけど」
察しがいいヒューセクトのお姉さん。気を遣ってくれているようだ。
「き、キター!!」
静寂を包んでいた裏路地にメーシャの叫び声が響き渡る。もちろん、衛兵の皆さんは心底驚いてしまったのは言うまでもない。
「……ちう?」
「うん! 回復してるよヒデヨシ! これなら今までの言語を使って応用もできそうだし!」
作戦は大成功。昼寝から起きた時みたいなスッキリ感が身体全体に行き渡っている。脳みそもプルンプルンで、回遊しているマグロみたいにフル稼働できそうだ。
回復したメーシャはげんきいっぱいに走り出したくなる気持ちを抑えて、今までの質問に答えることにした。
「ええ、こほん! 『わたしは、いろはメーシャ! 不審者っていうのはわたしのことで間違いないと思う!』それと……『わたしがなぜそんなことをしたか、それは話すようにするためです。わたしは、他のところから今日きたのでヒトの言葉が話せない。だから、魔法を使って言語学習していたよ!』……これでどうだろ?」
脳の回復はしたが、睡眠をとったわけではないので定着までいっていない。奪った言語も単純で短い文ばかりで、動詞の変化の法則も完璧とは程遠かった。それにもかかわらず、メーシャはつたない部分がありつつも文法を考えて意味が通じるレベルで喋ることができた。
「言語習得のために魔法……か。そう言えば、自分もモンスター言語を録音して覚えたことあるな…………」
いつの間にか動くようになったドワーフのおじさんが懐かしそうに微笑んだ。
「そう言うことなら、市民への実害も無いし、今日のところは注意だけで開放でも良さそうでは?」
エルフのお兄さんがドワーフのおじさんに進言する。
「そうだな。…………メーシャさん、今回のことは悪意あってのことでは無いと判断し、これで質問を終えさせて頂きます。ですが、こういった騒ぎは市民を怖がらせる事になりますので、万が一のことも考慮し我々も強く出ざるを得ません。なので今後はこういった事は控えてください。それと、困ったことがあればいつでもおっしゃって下さい。出来る限り協力させて頂きます」
緊張が解かれたドワーフのおじさんは、親しみ深い声色の丁寧な口調になってメーシャに微笑みかけた。本来はこちらが素の状態なんだろうか。
「おお! 『わかりました。ありがとうございます』だし!」
「メーシャさん、我々は持ち場に戻るけど隊長の言った通りいつでも来てくれて良いからね。街の困りごとを解決するのが我々衛兵の仕事だから」
ヒューセクトのお姉さんが気さくに喋った。表情は少し分かりにくいが、笑顔であるのが伝わってくる。
「はーい!」
「ちうー!」
メーシャとヒデヨシがお姉さんの笑顔につられて笑顔で返事をする。
「では、これで……」
エルフのお兄さんが深々と頭を下げると他のふたりも頭を下げ、最後に手を振りながら衛兵のみなさんは笑顔で去っていった。
「……なんとかなった。実際に喋るとなるとなかなか難しいな。でも、めちゃイイ経験になったし、言葉のサンプルも手に入ったし、これで発音とかニュアンスとかもうちょい上手くできるようになりそ!」
「
「うんっ」
メーシャたちがホッとしたのも束の間。
「おーい! あなたが
騎士の青年がこちらに向かって走ってきた。雰囲気からして敵対していたり不審者だと認識していたりといった様子はなく、なんならメーシャの事を『勇者様』と呼んでいるではないか。
「勇者様か…………イイ響きだ。って、あーしのことか! てか何で知ってんだ? デウスが夢枕にも立ったのかな?」
「いや〜探しましたよ。噂にはなっているのに、なかなか見つけられなくて正直焦りました」
騎士の青年は燻し銀の色をした重装鎧をまとっていて、少し和風な顔立ちであったが、やはり異世界ということなのか兜から10cmほどのツノが2本飛び出していた。いわゆる鬼っぽい雰囲気である。
「……『何で探していた?』」
メーシャは首を傾げる。
「あれ、お聞きになっていないですか? 陛下が勇者様をお呼びですよ。……私は"ダニエル・ルーベリーテ"、アレッサンドリーテ城までご案内するために参りました」
騎士の青年ダニエルはまさかの王様の使いらしい。つまり、王様もメーシャの事を知っているのだろうか。
「ヒデヨシ聞いた?! お城に連れてってくれるって! どんなカンジなんだろ〜!」
「ちーう〜!」
お城と聞いたふたりは嬉しくてもうウッキウキ。早く行きたくてウズウズだ。
「ふむ、どうやらすぐにお連れしても良さそうですね?」
ダニエルが優しそうに笑いながらふたりに確認する。
余談だが、ダニエルも初めてアレッサンドリーテ城に行くとなった時に、メーシャたちと同じようにはしゃいでしまった過去があり、その時の自分を重ねて懐かしんでいたのだ。
そして、そんなはしゃいでるメーシャたちの答えはもちろん。
「はい、お願いします!!」
「ちい、ちゅあちゃちい!!」
今すぐ謁見するに決まっているのだった。