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第24話 引き金を引いたのは

 それは呪われし者の烙印だった。

 精霊に好かれ、大きな魔力を手に入れる代わりに人々からは忌み嫌われる文字。
 災厄を呼び、人々を不幸に突き落とすとされる、呪われし者、精霊憑きの証。

「何で、それが、そこに……?」

 氷。

 カルトの左肩にくっきりと刻まれたその文字に、リプカは身体を震わせる。

 彼女とて精霊憑きだ。
 だから精霊憑きに対しての嫌悪感は全く無い。

 しかしそれでも信じられなかったのだ。

 今まで一緒に仕事をして、普通に生活してきた彼の肩に、自分と同じ烙印があるなんて。

「さあ、何でかな。何でかなんて分からないよ。分からないからオレは荒れた。みんなから距離を置き、危険地区へ行って無駄に魔物を殺しまくった。どうしたら良いのかなんて分からなくって、もしかしたら魔法を使いまくる事によって、体から呪われた魔力を全部出し切ってしまえば、この文字も消えるんじゃないかって、そう思って魔物を殺しまくったんだ。まあ、全部無駄な行動だったけどな」

 ああ、そうか。
 彼が豹変してしまった原因はこれだったのか。
 呪われた文字が突然肩に現れたから、彼は混乱した。
 危険地区へ出掛けて、荒れ狂ったように魔物を殺していたのも、全てはこの文字のせいだったのだ。

「やっぱりお前も同じ反応をするんだな。他のみんなもそうだった。この文字を見て驚き、震え、そして二の句が告げないでいた」
「だから……だから、みんなを殺したの? その文字を前にして怯えるみんなの反応に、拒絶されてしまったと、そう感じたから?」
「感じたわけじゃない、実際に拒絶されたから殺したんだ」
「拒絶されたからって……でも何も殺す事なんて……」
「じゃあ、何だよ! オレが殺されれば良かったって言うのかよ!」
「っ!」

 そういうわけじゃない。
 そういうわけじゃないけれど……。

 しかしそれでも気の利いた言葉が出て来ず、言葉を詰まらせてしまえば、カルトは呆れたように鼻を鳴らしてから、ポツポツと自身に起きた出来事を語った。

「数日前、突然オレの肩に氷の文字が浮かんだ。絶望したよ。災厄を呼ぶと言われ、オレ自身も忌み嫌っていた文字が、他でもない自分の肩に現われたんだから。これがバレたらオレは友達からも家族からも迫害され、最悪殺されてしまう。どうしようかと途方に暮れた結果、オレは危険な魔物を討伐に向かった。驚いたよ、あれだけ危険だ何だのと言われていた魔物が、簡単に殺せるようになっていたんだから。むしろあの大型の魔物の方から、オレを見て逃げて行くんだから。この魔物達同様、きっとみんなもオレの傍からいなくなってしまうんだなって、そう思ったよ」
「……」
「そんな時だった。闇の精霊憑きが現れて、オレに声を掛けてくれたのは」
「や、闇の精霊憑き!?」

 その人物に、リプカは驚きの声を上げる。

 八人いると言われている災厄の精霊憑き。
 まさかこんな近くに、自分やカルトの他にも精霊憑きがいるだなんて。
 
 しかしそんなリプカの反応になど構う事なく、カルトは更に回想を続けた。

「そいつはもともと国の人間から嫌われていたみたいでさ、迫害を受けて来たらしいんだ。けど、ある日突然闇の精霊の力を手に入れて、こう考えたそうだ。せっかく大きな力を手に入れたんだ。だったら自分を迫害する者達を消し、自分にとって住みやすい国を作ろうってな」
「住みやすい国……?」
「ああ。そのためにそいつは、世界を旅して他の精霊憑きを捜していた。精霊憑きはみんなに嫌われる。だったら精霊憑き同士で手を組んで、自分達に住みやすい国を作らないかって、彼に誘われたんだ」
「その、住みやすい国を作るためには、みんなやこの街を殺さなきゃならなかったの?」

 その住みやすい国なら他所で勝手に作ってくれ、とまでは言えないが、それでもギルドの仲間達やこの街は関係ないハズだ。
 言っては悪いが、その闇の精霊憑きとともにこの街を去り、知らぬ地で住みやすい国を作る事だって可能だったハズだ。
 みんながここで死ぬ必要なんてなかったハズなのだ。

 それなのに何故、カルトはみんなを殺してしまったのか。
 やっぱり拒絶された事に怒りを抑えられなかったのだろうか。

「そうだね、リプカの言う通りだ。オレには彼の手を取り、何も言わずにこの地を去る選択肢だってあった。けれどもオレは敢えてみんなに手を掛け、街を破壊する行動にも手を貸した」
「何で……っ!?」

 じゃあ何でそんな事をしたの?

 しかしそう問おうとするリプカの言葉は、最後までは続かなかった。

 冷たい輝きを放つ、氷の瞳。
 それが、真っ直ぐにリプカを射抜いていたからである。

「何で? ははっ、よく言うよ。なあ、リプカ。オレもさ、お前に聞きたい事があるんだよ」
「な、何……?」
「オレが仲間を襲って、街のみんなを殺そうとしたのって、一体誰のせいだと思う?」
「え、誰って……?」

 気のせいだろうか。周囲が冷たい空気に覆われているのは。

 そのひんやりとした空気が気のせいか否かは知らないが、それでもカルトの纏う空気が変わったのは確かであった。

「分からないなら教えてあげるよ。彼に誘われた時、オレは一度断ったんだ。オレはこの街もみんなの事も好きだった。だからこのままここにいたいと思った。この烙印だって隠し通せば良い。隠し通す事が出来れば、オレは変わらずここに居続ける事が出来る。そう思った。でも、オレのその決意を変えてしまうヤツがいたんだ。誰だと思う?」
「何……?」
「彼はオレに言ったんだ。隠し通すのは無理、いずれはバレてしまう。そしてその烙印がバレた時、周囲の人間達はどうすると思う? どんなに親しい人間だって態度を変える。温かかった瞳が急に冷酷なモノへと変わり、味方は一人としていなくなり、全員が敵へと回る。居場所は奪われ、最悪信頼する者の手で殺されてしまうって。そしてこうも言われたよ。この話が嘘だと思うのなら、一番信頼している人間に聞いてみろ。もしもこのギルドに精霊憑きがいたらどうする? って」
「っ!?」

 そこでリプカはようやく気付く。
 カルトが精霊憑きについて触れて来た、本当の意味を。

「なあ、あの時のオレの気持ちが分かる? リプカならきっと受け入れてくれる、肩の文字なんて関係ない、友達なんだ、精霊に憑かれているかどうかなんて関係ない、バカな事聞かないでって。そう言ってくれると思ったんだ」

 あの時は、自分の肩の文字がバレてしまったのではないかと慌てた。
 カルトがリプカを精霊憑きでないかと疑い、その探りを入れて来たと思ったから混乱し、あからさまに拒絶の意志を見せてその場から逃げ出した。

 けれども真実は違った。
 カルトはリプカに疑いを掛けていたわけではない。
 カルト自身が精霊憑きとなってしまったから、不安を取り除くためにリプカに尋ねて来たのだ。

 今まで信頼し合っていた仲間が態度を変えてしまう。
 それが嘘であると信じたかったら、リプカに探りを入れたのだ。

 もし、このギルドに精霊憑きがいたらどうする、と……。

「でも、実際は違った。お前は嫌悪感を隠そうともせず、受け入れられないと言ってオレを否定して拒絶したんだ」
「そ、それは……っ!」

 違う、誤解だ。カルトを否定したつもりなんて全く無い。

 そう、伝えたかった。

 でもその言葉はもう彼には届かない。
 唯一彼に届くハズだったそのチャンスに、彼女は彼を突き放す解答をしてしまったのだから。

「オレを否定したリプカが立ち去った後、彼が来たよ。ホラ見ろって。精霊憑きとなったオレを受け入れてくれる場所はここじゃないんだって。その後、何も知らずに帰って来たカルディアに、オレはこの烙印を見せた。ははっ、カルディアはもっと酷かったなあ。悲鳴を上げて、オレに罵詈雑言を浴びせたんだ。あんたなんかもう仲間じゃない、災厄が来る前に早く街から出て行ってって」
「それで、カルディアを……?」
「頭が真っ白になったんだ。リプカからもカルディアからも見捨てられた。頭が真っ白になって、絶望に襲われて、最終的には怒りと憎しみが込み上げて来て。それで気が付いたらカルディアの首を絞め上げていた。このままだとカルディアは死んじゃうんだろうなとは思ったけど、助けようとは思わなかったよ。だってここでカルディアを助けちゃったら、死ぬのはオレになるんだから。カルディアはオレを見捨てたんだ。だったら死ぬのはオレじゃなくってカルディアなんじゃないかって思ったから、オレはそのままカルディアを殺したんだ」
「そんな……」
「でもね、オレはこうも思うんだ。もしもあの時、リプカがオレの望む答えを出してくれていたら、オレはカルディアを殺さなかったんじゃないかって。だってリプカは精霊憑きのオレを受け入れてくれたんだから。例え他のみんなが敵に回ったとしても、オレにはリプカがいる、リプカだけはオレを受け入れてくれる、オレは一人じゃないって、そう思えたハズなんだよ」
「それ、じゃあ……」

 絶望に目の前が暗くなる。
 心臓がドクドクと嫌な音を立て、喉からはヒュウヒュウと変な息がでる。

 だってそうだろう。
 カルトの話が本当であれば、今のこの状況を生み出したのは他でもない……。

 ふと、カルトが顔を上げる。
 そこにいつもの笑顔などあるわけがない。
 そこにあるのは憎しみの表情。
 軽蔑の光を宿す、冷たい瞳。

「迷うオレの背中を押して、仲間を殺し、街を破壊する原因を作ったのはお前だよ、リプカ」
「っ!」

 面と向かって突き付けられた事実に、リプカは言葉を失う。

 確かにあの時、彼女はそう答えた。
 もちろん、彼女に彼を拒絶したつもりはない。
 そう口にしたのは、ただ自分の身を守るためだっただけの事。
 けれども彼にとってはそう聞こえてしまったのだろう。
 突然浮かんだ氷の文字。
 その不安に襲われていた彼にとって、彼女の保身の言葉は鋭い刃となって彼の心に突き刺さってしまったのだ。

「そんな、じゃああの時私が……」

 自分の事など後回しにし、彼の心境を先に考えていれば。
 恐怖に打ち勝ち、笑顔で「やだなあ、そんな人、このギルドにいるわけないでしょ。もしいたとしても、そんなの関係ないよ」とでも答えていれば。

 仲間は殺されなかったかもしれない。
 友達も死ななかったかもしれない。
 街は滅茶苦茶にされなかったかもしれない。
 カルトが過ちを犯す事などなかったかもしれない。

 ガクリと、力なくその場に膝を付く。

 そこにリプカ個人の理由など関係ない。
 みんなが死んでしまったのも、街が破壊されてしまったのも、カルトがその過ちに手を染めてしまったのも、全ては自分のせい。

「私が答えを間違えたから、この街は災厄に遭ったんだ……」

 今更後悔しても遅い。
 だって事件は起こってしまったんだから。
 街は死に、仲間もカルトも、手の届かないところへ行ってしまったのだから。

「落ち込む必要はないよ、リプカ」

 彼女から戦意が失せたのを見計らって、カルトが声を掛ける。
 その声は優しく、まるでいつもの彼の様。

「リプカの答えは当然の答えなんだ。あの時、オレがサイドやカルディアに質問したとしても、アイツらもきっとお前と同じ事を言っていたんだろうから。だから落ち込む必要はないよ。お前は悪くない。誰に聞いたって、結果は同じだったんだから」
「……」
「オレもね、本当はみんなの事、殺したくなかったよ。だってみんなの事、本当に大好きだったんだから。だからみんなに一回ずつチャンスをあげたんだ。この烙印を見せてオレが望む答えを出してくれたら助けてあげようって。だけど、誰も望む答えはくれなかった。ローニャもグランもサイドもオレを否定した。他の友達のところにも行ったし、恩師にも会った。もちろん、家族にもこの烙印を見せたよ。だけどみんな同じ反応だった。だからみんな殺したんだ。オレが好きだった人達は、もうみんないなくなってしまったんだから」

 カツカツと靴音を立てながら、ゆっくりリプカへと近寄る。

 手に握るのは、氷の刃。
 以前、それで彼女を突き刺そうとした、烙印から得た力。

「そう、お前だけじゃないんだ。だからそんなに気にしなくて良い。お前はもう何も考えず、そこで大人しくしていれば良い。そうすれば痛みは一瞬だけで、みんなのところに逝けるからね」

 項垂れたまま動かない彼女の首筋を狙って、カルトは氷の刃を振り上げる。

 これで最後。これで殺したいヤツは全員。後は誰が死のうが関係ない。アイツらとともに、住みやすい国を作りに行こう。

「それ以上、その子に近付かないで」
「!」

 しかし、いつもより大きく鳴る入り口の鐘の音に、カルトの腕がピタリと止まる。

 小さく舌を打ちながらも振り向けば、そこには銃口をこちらへと向けた、リプカの幼馴染の姿があった。

しおり