作戦開始
僕とレン君が作戦会議をした数日後。
僕たち二人はおばあちゃんちにいた。
あの後連絡を取って、友達を連れて遊びに行ってもいいか確認すると、二人は快諾してくれたのだ。
祖父も祖母も僕が初めて連れてきた友達を歓迎してくれた。
さあ、作戦開始だ!
リビングに通されて、祖母が入れてくれたお茶を一口飲んでからレン君がさっそく仕掛けた。
「はる君のおじいちゃんおばあちゃん、今日は遊びに来させてくれてありがとう!」
レン君は子供っぽく元気な声でそう言った。
これにはもちろん悪霊を油断させるという意図がある。
作戦会議で決めたことだ。
僕がいつもしているように、レン君も今日はわざとらしいほどに子供っぽく振る舞うということになっている。
ニコニコしながらも、レン君の目は真っ直ぐに祖母の目を見つめている。
奥に潜む悪霊をじっと見ているかのようだ。
祖父がニッコリと笑って答えた。
「こちらこそ、遊びに来てくれてありがとうね」
なんでだろう。
祖父の表情は間違いなく笑顔なのだが、なんていうか……この前来たよりもやつれているように思えた。
少し考えて、僕は思い至った。
祖父は僕がちゃんとあのお手玉を処分できたか心配しているのだ。
安心してじいじ。
これからきっと安全に、この世から塵一片も残さず、完全に抹消してみせるから……。
レン君は祖父に向かって無邪気に言った。
「この前、はる君におじいちゃんから貰ったっていうお手玉を見せてもらったんだよ!」
それを聞いた瞬間、祖父は呻き声を上げながら胸に手を当てた。
これは……どういうことだ?
僕は
「大丈夫!?」
と祖父に駆け寄りながら考えた。
流れ的に考えて、レン君の質問の内容の中に祖父を苦しめる何かしらの要素があったということは言うまでもない。
そしてその要素というのはやはりお手玉だろう。
ああ、そういうことか。
レン君がお手玉を僕に見せてもらったということは、少なくともその時点では僕はまだお手玉を処分できていないということになり、それが祖父の不安を煽ってしまったのだろう。
安心してじいじ。
必ず、必ず処分してみせるから……!
祖父は駆け寄ってきた僕に対して微笑みながら大丈夫大丈夫と繰り返した。
僕はこっそりレン君とアイコンタクトを取った。
するとレン君は小さく頷いて、祖母の方の様子を確認した。
どうやら祖母に不審な点はなかったようだ。
レン君は異常なほど高い声で
「問題なし」
と言った。
それは祖父母には聞こえなかったようだ。
よし、いけるぞ。
これで上手く連携を取りながら情報収集ができる。
テストする意味でも僕は祖父から顔を背けながら
「オッケー」
と甲高い声で返した。
それも祖父母には聞こえていなかったようだ。
完璧である。
そうして僕たちは情報収集を始めた。
不自然じゃない会話の流れで情報を引き出すには時間がかかったが、なかなかいい成果を上げられたと思う。
得られた情報については後日まとめることにして、帰り際に起こった事件について話そう。
そろそろ潮時かと思った僕は甲高い声で
「引き上げる?」
とレン君に訊いた。
声が聞こえてなくとも口を動かしていることがバレたら祖父母も不審に思うだろうから、僕たちは高い声を出す時、口元を見られないように注意することにしていた。
しかし長時間の作戦の疲労のせいか、僕は油断していた。
祖父に口元を見られてしまったようだ。
それに声の高さが足りていなかったのか、祖父は
「引き上げる?」
と僕の言葉を繰り返した。
マズい!
バレてしまった。
緊急事態だ。
僕とレン君は互いに顔を見合わせた。
僕が答えに窮していると、レン君は咄嗟にテーブルを指で叩き始めた。
祖母がそれに気づいてレン君に訊いた。
「あら、なんだかリズミカルね。もしかして今流行っている曲か何かなの?」
レン君は笑顔で答える。
「うん! 学校で流行ってる曲なんだよ!」
違う。
これはモールス信号だ。
レン君は
「テッタイ、テッタイ」
と繰り返している。
僕は大げさな素振りで時計を見た。
「あ! もうこんな時間だ! 帰らないとお母さんに怒られちゃう」
「本当だ!」
レン君もわざとらしく返事する。
そんな感じで逃げるようにおばあちゃんちを去った後、僕たちは近所の公園のブランコに座っていた。
今から作戦によって得られた情報を整理するところだ。