一ダースの絵
城でペンを持たされると、エミーナは溺れてもがく男の絵と海中へ沈んで行く男の絵を描いた。
「この男は、私?」
彼女は大きく頷く。そして、かつて人魚だった自分の姿を描いた。
「これは、人魚だね?」
彼女は頷く。自分の描く絵は、王子さまにうまく伝わっているようだ。次に人魚が自分の体の上に仰向けにした王子さまを乗せて背泳ぎする絵を描いた。あの時はホタテ貝の貝殻で王子さまの身体を傷付けないようにするために、ホタテブラを外したのだ。恥ずかしいなんて言ってる場合じゃなかった。
そして、浜辺に横たわる王子さまのおなかを押す人魚の姿を描いた。王子さまは口から水を吐き出している。エミーナはそれをわかりやすく表現するために、クジラが潮を噴くときのように誇張して描いた。
「そうか、私は人魚に命を救われたのか!」
王子さまは、自分はまず人魚によって命を救われていたという事実をこの時初めて知ったのだ。エミーナは嬉しそうな笑顔で頷く。だが王子さまには、自分の目の前にいる娘がその人魚だという事まではわからない。
そこで彼女はさらに描く。老いた人魚が若い人魚に瓶を手渡す絵、人魚が瓶から何かを飲む絵、人魚の下半身が二股に裂ける絵。
下半身が二つに裂けたときの痛みは、気絶しそうなほどの痛みだった。その痛みはまだ残っている。でもそれは王子さまに再び会うための痛みだから耐えられた。
そして彼女は、人間の娘の姿になった元人魚の絵を描いた。
「そうか、その人魚は何か不思議な薬を飲んで、人間の姿になったんだね!」
エミーナは嬉しそうに頷く。そして、浜辺を目指し泳ぐ元人魚の絵を描く。あの時は一刻も早く王子さまに会いたくて、夢中で泳いだのだ。脚の痛みも忘れて。
人類最速の泳ぎ「ドルフィンクロール」で、王子さまに会いに来たのだ。すなわち左右の腕で交互に水を掻き、腰を上下させ、両膝を同時に屈伸させて……。
それから彼女が描いたのは、浜辺にいる元人魚と人間の男の絵。
「この男は私だね?」
エミーナは真剣にコクコクと頷く。最後に王子さまが元人魚をお姫さま抱っこして城を目指す絵を描き上げた。