『人魚姫』の別の物語
王子さまは叶わぬ恋に苦しんでいた。海難事故に遭って気を取り戻した時に側にいた若い女性が、自分の命の恩人だと思っていたからだ。だから王子さまは彼女に感謝し恋したのだが、残念なことに彼女は修道女だったのだ。神に仕える修道女は、誰とも結婚できない。例え相手が王子さまであろうとも。
だから王子さまがどんなに彼女と結婚したくても、その恋は実らない。それゆえ王子さまは苦しんでいた。
一方、人魚姫エミーナ・ド・ロマーヒは王子さまと出会った翌日、姉君たちと父王に恋の相談をした。二日めに物知りの海亀のおじいさんにも相談した。海の魔女の存在と所在を教えてもらって訪ねて行き、心を決めた。夜のうちに家族に別れの挨拶をし、三日めの朝には海の仲間たちにも別れの挨拶をして、再び魔女の許に行き、声と引き換えに魔法の薬を手に入れたのだ。
そして王子さまに再会するために陸を目指し、ついに元人魚姫エミーナは、浜辺で王子さまと再会を果たしたのである。それは運命の夜の出会いから三日後のことだった。
王子さまと再会した彼女は砂の上に絵を描き、身振り手振りも交えて当時の状況、つまり船が難破したことを説明した。
王子さまはこの口の利けない娘があの海難事故の目撃者で、何か大事なことを伝えようとしているのだと理解する。
とにかく、砂に描くよりもペンで紙に描くほうがわかりやすい。とりあえずこの娘を城に連れて帰ろう。何か服を着せてやりたい。身に着けている物といえば、胸のふくらみを覆うホタテ貝の貝殻と下半身を覆う海藻だけ。まともな服を着ていないこんな半裸のままでは気の毒だ。
ところがこの娘は歩こうとするとひどく脚が痛むらしい。可愛らしい顔が苦痛に歪むのを見ていられない王子さまは、彼女をお姫さま抱っこすると城に連れて帰り、そのまま城に住まわせることにした。
言葉を話せず、足も不自由なこの娘をたった一人で城外に戻しても、恐ろしい将来が待っているだけだろう。悪い人間に連れて行かれ、ひどい目に遭わされ、私利私欲を満たすためだけに死ぬまで利用され続けるだろう。この脚では逃げ出すこともできず、声を出して助けを求めたり被害を訴えることもできないのだから。私が守ってやらなければ――。