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愁傷 そして…….6


(オレが、…——呼んだ?)

 ニュアンスとして、そうとしか思えない言葉の投げ合いに、とまどいをおぼえたセレグレーシュである。

 どう考え合わせてもそうとしか解釈できなくて……。
 驚くのと同時、事態をもてあました彼は自身の記憶を探った。

 審査官としてあいさつしたのが、はじめではなかったのか? と。
 意識して考えてみると、不思議とその女人(ひと)の名を——
 その闇人の真名(まな)を知っているような気もした。

 説得を試みている青年に《プルー》と呼ばれている者の《()()》…――その眷属において、個々の本質を表現する響き(~顕す音~)を……

〔法印——つくらないの?〕

 そばで生まれた声に目をおとす。

 そこには、ひょんなひょうしから捜しているものと類似して見えるようになった稜威祇(いつぎ)の少年がいる。

 近隣でゆらぐ躍動的な光源にくらまされて、いささか複雑そうにしているようにも思えるその少年の表情は細部まで見てとれない。

 ただ、家にいた時、いつもにこにこしていた彼が笑っていないのはわかった。

〔…彼女をこっちに呼んだの(は)、オレ?〕

 稜威祇の少年(その子)なら知っているかと思ってたずねてみたが、少し待ってみても、その答えは返されなかった。

〔あきれられたのかな……、オレ〕

 投げやりにこぼすと、女稜威祇(いつぎ)の方を見ていた少年が、(なな)め目線にセレグレーシュを一瞥した。

 その時セレグレーシュは、あるともなしの息づかい……うんざりとあきれたようでありながら、意味深長にも思える溜息を聞いた気がした。

〔布陣を配置する余力がないなら無理はするな。いまはまだ、どうとでもなる〕

 精神的なよゆうを感じさせる言葉だけなら年上と話しているような錯覚をおぼえるが、セレグレーシュのそばにいるのは、自分より年若にみえる中途半端な背丈の少年だ。
 その頭のてっぺんは彼の肩先ほどの高さにしかならないのに、その(のど)(つむ)ぎだす響きは彼が知ってる人のものとよく似ている。

 勘違いなんじゃないかと思い直しても、もしかしたらと……。期待し、不明瞭な(確かともいえない)現状にとまどいをおぼえてしまうほどに。

〔君さ…、オレをつけてきたの?〕

〔追う気はなかった〕

〔(ここにいるのが)――偶然(ぐうぜん)だっていうのか?〕

〔いや。つけたよ。遅れはとったけれど〕

〔なんで?〕

〔関わるつもりは、なかったのだが……〕

 稜威祇(いつぎ)の少年は、もの思わしげにそう告げたところで、ぴたと口を閉ざした。
 それ以上、聞くなという態度・姿勢にも見えたが、セレグレーシュは退かなかった。

〔じゃぁ、なんで…。…ここにいるんだよ?〕

〔われは変わったものに興味がある。君をこのようなことで(うしな)うのは惜しいと考えただけだ〕

〔それだけなのか?〕

〔他に理由があるとでも?〕

〔……。ないのか?〕

 稜威祇(いつぎ)の少年は、セレグレーシュの問いに答えぬまま瞳を伏せた。そして、ごく自然な動作で女稜威祇(いつぎ)の方にむきなおる。
 その(ひと)が彼らをにらんでいた。

 🌐🌐🌐

〔プルー…。彼女は、ここに来て、光を受けとめて、喜んでいたじゃないか。あんなに楽しそうにしていたのに……〕

 アントイーヴが、どうしてわからないんだろうと端正な顔をゆがめている。

〔あんなめにあって……そんなはずないわ。そんなのウソ。残された者の詭弁(きべん)よ。あなただって…。あなたがあんなことしなければ……。そうよ。あなたもいけないのよ! …メルが、メルがとめたのに……〕

〔そうだよ。君が怒るなら失敗したぼくにだろう。権利があることを認めるよ。違えるくらいなら、こっちにぶつけな! 簡単にやられる気はないけどね〕

 女稜威祇(いつぎ)は高ぶった心を冷ますように、すっと空気を吸いこんだ。一度、息をとめると、それを気怠げにはきだす。
 その細い肩からは不必要な力がぬけおちていた。

〔いいえ、違うわ〕

〔どう違うんだい?〕

〔たぶん、メルは…。(メルは)あなたを助けたかっただけだもの。(喫茶店で)花畑の絵を見つけたばかりの頃は楽しそうに話していたのに、急に怯えるようになった……。〝あなたはやめない。無茶して怪我したら、どうしよう。どうして話しちゃったんだろう。怪我したら自分のせいだ〟って…――メルは……あの場所に行ったら、どうなるか、わかっていて……。それでも、行ったのかもしれないわ。奔放(ほんぽう)な子だったけれど、闇を怖がったもの……〕

 女稜威祇(いつぎ)は懐かしい記憶を胸中に視線をおとした。

(違うって……。(それ)が恐いわけじゃないって――暗闇は恐くないって…。強がっていたけれど…――)と。
 思案しながら、見るともなくそのへんの地面を見すえている。

〔夜中にひとりで出かけてゆくなんて、ありえないことよ。それなのに行った! ほうっておけばよかったのに、どうして行ったのか……〕

 ひとり言のように話した彼女は、もたげた視線の焦点をアントイーヴに据えた。

〔あなたは考えたりしなかった? どうしてかって……。きっと、生きたかったから…。そうだと思いたくなかったから、そうではないと…。そうはならないと…。そうよ、きっと、そう! 信じたくなかったから……。メルには、きっと、こうなる未来が見えていたのよ!〕

 うったえる彼女の口調が激しさを増してゆく。

 いっぽう。
 アントイーヴは、重ねられていく相手の言葉の意味、信憑性(しんぴょうせい)をさぐりあぐねて、しばし、口を閉ざした。

(…――闇はただそこにあるだけで優しいものだと、メルは言っていた……。メルが暗闇を怖がっていたようには思えないけどな……)

 彼は彼で、なっとくがいかない不可解な事情を胸中に思案する。
 闇人が示す能には個体差がある。
 けっして一辺倒ではない。
 いわれてみれば、なんの能力も具えていないように思えた少女……あの闇人は、ほんとうになんの特性も具えていなかったのか?

 いまになって()きだした不明要素。
 正否を確認したくとも、肝心の少女はここにはないので叶うものではなかったが……。

〔――あんな白昼夢、信じたくなかったからよっ! そんなことにはならない…もっと、やさしい……違う結果になるんだって…。きっと、そうなのに……あなたがしたことで、どうして、あの子が犠牲にならなければならないの? メルが望んでしたことでも理不尽だわ。だから、わたし、あなたが嫌いなの…。不吉だから、やたらに、出没しないでちょうだい!〕

〔ぼくにも(ゆず)れないことはある。君がしようとしていることは、メルの意思に反する〕

〔あなたに、あの子のなにがわかるというの〕

〔わかるとは言わないよ。でも、君は……。自分の憂さをはらそうとしているだけじゃないのか? メルは関係ない〕

〔関係ないですって!〕

 女稜威祇(いつぎ)の感情の乱れをうけて、まわりでうごめいていた炎が大きく乱れた。
 めらめらと拡大して、勢いを増している。

〔プルー。メルは、なんども言っていたじゃないか。お礼を言いたいんだって。感謝しているんだって。ぼくには…。彼と君を頼むって……言ったんだ。メルは…〕

〔なによ…。だから、なんだっていうの? あなただって、その子を避けていたじゃない! メルが(さと)しても、ごまかして出会おうとしなかった! あまり大事にするから、嫉妬していたんでしょうっ〕

 それと指摘されたことで、説きふせたい思いに高くなりがちだったアントイーヴの声のトーンがおちた。

 ひとり言めいたつぶやきになる。

〔みんな(つら)くなるだけだから、悲しみには負けるなって…。負けてほしくない。自分は大丈夫だからって……〕


 ——…プルーデンス。…彼に悲しみを…——


 アントイーヴの言葉をきっかけに、ふっ…と、その女稜威祇(いつぎ)の――プルーデンスの脳裏をかすめたなつかしい響きがあって……
 その瞬間、彼女が忘れていた場面が色鮮やかによみがえった。




 ▽▽ 注釈と余談💦 ▽▽

 ふたり(アントイーヴとプルーデンス)が話している過去の顛末(てんまつ)は、魔神騒動がひと段落ついた後に――(……魔人と魔神→人型の妖威とほぼ同義・同列として両方使っております。まぎらわしいでしょうか?)

 この次でも過去の事象に微妙に触れますが、それとはまた機会をあらため《魂呼び子編》のうちに、しばらく各自の盲点と不明部分を残しながらも、最低限、経過がかいま見えるていどには明かしてまいります。
(少し間を置きますが、帰省後、そっちの法印攻略の機会も設けます/一時的なものにすぎませんが13章《マドルスルー》の後になります←その結果や解明の程度がどうあれ。ここ【神鎮め1・魂呼び子】最終の《追憶》まで持ち越すことはいたしません/こまごまとした消化不良部をずるずる引きずるのは、webでは~内容によっては~不利なのかも知れませんが……難しいです。この余談も気に障ってしまったら申し訳ないです)。

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