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「せっかくだから、ちゃんと名前を決めようよ」

「いいよ、面倒だし」

「じゃあ僕が考える。そうだな…、"ハル"っていうのはどう?」

「ハルか。どういう意味?」

「正確な意味は知らないけど、今読んでいる本に出てきたんだ。短いし、いいかなって」

「そうだね。じゃあ使わせてもらうよ」

 これからの俺のヴァーチャルネームは"ハル"になった。馨仁のヴァーチャルネームは、もちろん"ネイサン"。

彼が、ネイサン・ニシタニの話題を出さない日はないくらい、のめり込むようになったのは、『喧騒のディスパレーション』と出会ってから。

 元々の性格は大人しくて、交友関係も広くなかった。
ネイサン・ニシタニは、馨仁の(かせ)を外した。

「ネイサン・ニシタニは天才だ。彼の作品はどれも素晴らしい」と評し、ネット上で仲間を見つけて、読書会やネイサン・ニシタニの非公式オンラインサロンにも入会した。

俺はそれを否定しないし、馨仁の人生がよりいい方向へ向いているなら、越したことはない。

だけど、本音を言えば、俺はネイサン・ニシタニが羨ましい。

だって、君をこんな風にも魅了させてしまうんだもの。
馨仁の心に、俺が入る余地はない。呼んでもきっと届かない。

 俺は、女性を好きになったことがない。
運命の人と遭遇すれば好きになるかも。けど今のところはない。

馨仁は、俺の胸の(うち)に気づいていない。彼は女性を好きになれる人だから。

分かり合えないって、言いたい訳じゃない。彼は優しくて、素敵な人だ。

俺は友達のままでいいと思っている。友達であれば、ある程度の距離を確保できる。

なんの違和感を与えることはない。
そして俺はネイサン・ニシタニの力を借りて、馨仁に近づこうとしている。

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