第二十七話「捕らわれしジャックと救世主」
その後、ジャックはアランから学院長室に呼び出された。
ソファに腰掛ける二人。
しばらく会話はなく、時間だけが過ぎていった。
ジャックは沈んだ表情をして俯いていた。
理由はともあれ、相手を気絶させるまで殴り続けたのだ。
やはり退学といった重い処分を下されるのだろうか。
すると、アランが口を開いた。
「事情は聞いておる。じゃが、なぜ君がセドリックを殴ったのかね?」
アランが不思議に思うのも無理はない。
本来であれば、ミシェルがセドリックを殴っていたはずだった。
「あの男は、くだらないプライドのために、シエラさんを追い詰めました。股を開けだの、今日にも殺せるだの。あんなに怯えるシエラさんを、僕は初めて見ました。それで気づいた時には……」
「つまり、シエラのために殴ったということじゃな」
アランは腑に落ちた様子だった。
そして、思わぬことを尋ねてくる。
「彼女のことが好きなのかね?」
「は、はあ!?」
「おや、違うのかね。ワシにはそうとしか思えんのじゃが」
「な、な、何を仰っているのですか!?」
「好きでもなければ、あのセドリックを殴る勇気なんぞ湧いてくるわけがなかろう」
「そ、それは……」
ジャックは顔を赤らめ、モジモジしていた。
シエラへの想いは、彼自身が誰よりも分かっている。
だが、それを他人から指摘されると、どうしても恥ずかしくなってしまう。
恋というものは難しい。
いや、ジャックが素直でないだけだろうか。
「そ、そんなことより、僕の処分はどうなるのでしょうか」
「安心しなさい。処分なんぞするつもりはない」
「え?」
予想外の答えに、ジャックはキョトンとした。
あれだけのことをしたのに処分されないとは。
一体どういうことなのだろうか。
「君はシエラを守るためにセドリックを殴った。むしろ、その勇姿を称えたいくらいじゃ。さすがはクレアの息子といったところじゃのう」
アランは微笑んでいた。
クレアの息子というのもあって、ひいきされているのだろうか。
ジャックはひとまず安堵した。
とその時、学院長室の扉が勢いよく開けられた。
ジャックは大きな音にハッとした。
その方を見てみると、衛兵たちがずかずかと入ってきた。
「な、なんだ!?」
一体何事だろうか。
アランはソファから立ち上がり、衛兵たちの方へと向かう。
「なんじゃね、君たちは。ここは関係者以外、立ち入り禁止じゃぞ」
「ジジイに用はねぇ。引っ込んでろ!」
衛兵の一人がアランを思い切り突き飛ばした。
「だはっ……!」
「が、学院長!」
倒れ込むアランに、ジャックは慌てて駆け寄った。
すると、衛兵たちがジャックを取り囲んだ。
「ジャック・ハリソンだな。セドリック様に危害を加えた罪で、貴様を連行する」
さすがは宮廷都市。
こういう情報が伝わるのは速いものだ。
だが、感心している場合ではない。
このまま大人しく捕まりでもすれば、無事に帰ってくることはできないだろう。
最悪、処刑されることも考えられる。
(クソッ! ここはエンファーを使ってでも……!)
ジャックは杖を構えた。
意識を集中させ、魔力を練り上げていく。
ディメオがあるので、どれだけ魔力を消費しようと屁でもない。
衛兵たちには悪いが、首を吹き飛ばさせてもらう。
そして、エンファーを発動しようとした。
「……あれ?」
ジャックは異変を感じた。
なんとエンファーが発動しなかったのだ。
以前、謎の女の声から教わった通りにやった。
発動方法は間違えていないはずだ。
では一体なぜ発動しなかったのだろうか。
焦るジャックを見て、衛兵たちは嘲笑っていた。
「無駄だ。もう遅い」
衛兵はそう言うと、ジャックの足元を顎で指し示した。
ジャックは目を向けてみた。
すると、そこには魔法陣が展開されていた。
「結界……」
そう、この魔法陣は結界である。
つまり、魔術を発動できないのだ。
もはや為す術がない。
「残念だったな。これで貴様もおしまいだ」
「くっ……」
ジャックは歯を食いしばった。
こういう危機的な状況になると、ディメオが赤く光って助けてくれるものだが。
ディメオはいつも通りのエメラルドグリーンに輝いていた。
やはり結界の中では無力だった。
そういえば、セドリックも戦う際に魔法陣を展開していた。
宮廷の者がよく使う技なのだろうか。
「さぁ、神妙に縛に就け!」
衛兵たちは一瞬にして、ジャックを取り押さえた。
これにジャックが抵抗することはなかった。
ジャックは宮廷の地下室に監禁された。
埃っぽい小さな部屋で、足元に張られた結界がぼんやりと光を放っている。
椅子に縛られ、身動きが取れない。
そんな中、ジャックは衛兵たちから強烈な仕打ちを受けていた。
「おらぁ!!」
これでもかというほど殴られる。
ジャックの顔は腫れ上がり、血まみれになっていた。
「王族に手を出すとはな。この命知らずめ。まぁ度胸だけは褒めてやろう」
衛兵たちは口元に冷ややかな笑みを浮かべていた。
すると、ジャックが口を開いた。
「王族が……」
「あ?」
「王族がそんなに偉いのか……?」
「フッ、何を言うのかと思えば。当然だろ。殴られすぎて頭がおかしくなっちまったのか?」
「威信だの、名だの、表面上のものに縋ることしか能のない愚かな連中。そんな奴らのせいで、どれだけの人の命が奪われてきたことか」
「……なんだと?」
「王族は帝国のためにあるべき存在じゃなかったのか? 民を幸せにするのが役目じゃなかったのか? これでもまだ王族が偉いと……」
途端に、衛兵たちが剣を引き抜いた。
そして、ジャックの喉元に突き付けた。
「罪人風情が粋がりやがって。この帝国で、王族は絶対だ。死ねと言われたら死ぬ。あの世に逝っても、よく覚えておくことだな」
衛兵はそう言うと、剣を思い切り振り上げた。
いよいよこれまでだと思い、ジャックは目を瞑った。
とその時、
「待て」
と、誰かが部屋に入ってきた。
「誰だ?」
一同はその声の方を向いた。
そこにいたのは、セドリックとよく似た青年だった。
年齢は20歳くらいといったところか。
だが、セドリックよりも賢そうだ。
むしろ、腹黒そうと言った方がいいかもしれない。
「レ、レオン様!?」
衛兵たちはその青年を見るや否や、目を見開いた。
どうやら偉い人物らしい。
すると、青年がジャックに歩み寄ってきた。
「ほう、こいつがセドリックを気絶させるまで殴ったと噂の……」
青年はそう言うと、ジャックの顔を覗き込んだ。
「いい目をしているな。お前ならやってくれるかもしれん」
「……あなたは?」
「レオン・ローレル、帝国の第一王子だ」
第一王子ということは、セドリックの兄ということになる。
どうりで彼と似ているわけだ。
しかし、第一王子ともあろう人が何しに来たのだろうか。
「この男と二人きりで話がしたい。悪いが、お前たちは外してもらえるか」
レオンの言葉に、衛兵たちは顔を見合わせ、困惑している様子だった。
「で、ですが……」
「私の命令が聞けないと言うのか?」
「い、いえ、そんなことは……」
衛兵たちはジャックを一瞥し、小さく舌打ちした。
そして、やむを得ず部屋から出て行った。
「これで邪魔者はいなくなったな」
「えっと、僕と話がしたいというのは?」
ジャックの問いかけに、レオンは無言だった。
なぜかジャックの顔をジーッと見つめている。
一体何を考えているのだろうか。
しばらくすると、レオンが口を開いた。
「お前、ジャック・グレースだろ」
「……っ!」
ジャックは動揺を隠せずにいた。
レオンが口にしたのは、紛れもなくジャックの本名だった。
(なぜだ……なぜ正体がバレた!?)
何はともあれ、まずは『ジャック・グレース』であることを否定しなければならない。
「恐れながら、人違いをされているかと」
ジャックの顔は引きつっていた。
額からは大量の脂汗が流れている。
その様子を見たレオンは鼻で笑うと、話を進める。
「そうかい……。昔、王室親衛隊長にサム・グレースって奴がいてな。お前がそいつとよく似ているうえに、『ジャック』って名前だと聞いたからよ。てっきり、ジャック・グレースかと思ったんだがな。まぁ違うってなら仕方ない。今から話すことは、私の独り言だと思って聞いてくれ」
レオンは真面目な顔をした。
そして、独り言とやらを語り始める。