第二十八話「託された想い」
レオンがまず語ったのは、サムについてだった。
「サム・グレース、今はイリザで領主をやっている貴族だ。この宮廷でも名が通っていてな。父上もずいぶんと信頼されている。だが、奴は私の大切な人を殺した」
「大切な人?」
「ああ」
レオンは険しい顔をしていた。
よく見ると、その体はわなわなと震えている。
どうやらサムを恨んでいるようだ。
「私には幼い頃、魔術を教えてくれる女性の先生がいた。彼女は天才魔術師として有名で、宮廷でも一目置かれている存在だった。先生の授業は厳しかったが、私が行き詰った時には優しく微笑んで励ましてくれた。私はそんな先生を心から尊敬し、憧れていた。いつか私も天才魔術師となり、その姿を先生に見せることを夢見ていた。だがそんなある日、先生がサム・グレースに嫁ぐこととなった」
「……え?」
まさかの展開に、ジャックは理解が追いつかずにいた。
レオンの先生がサムに嫁いだとなると、その正体は限られる。
「先生が宮廷から去った後、私はしばらく喪失感に襲われ、食事もろくに喉を通らなかった。だが、いつまでも落ち込んでいたところで先生が戻ってくるわけでもない。私は一人で魔術の訓練に取り組むことにした。いつか先生と会える日までに、天才魔術師となってみせる。その想いだけが私を奮い立たせた。そうこうしているうちに4年が経ち、奇跡が起こった」
「奇跡?」
「先生が何の知らせもなく、いきなり宮廷に戻ってきたんだ。夢でも見ているような気分だった。私はすぐに先生の所へ会いに行こうとした。だが、側近の連中に止められた。聞けば、先生は帝国軍が進めている極秘の研究に関わっているらしく、関係者でないと会えないとのことだっだ」
ジャックはこの話に聞き覚えがあった。
サムに嫁ぎ、帝国軍の研究に関わっていた人物。
それはもはや一人しかいない。
「つかぬことを伺いますが、その先生の名前は?」
「クレア・ダンストリッジだ。奴に嫁いでからは、クレア・グレースとなったがな」
やはり、レオンの先生というのはクレアだった。
偶然というものが凄いのか、はたまた世間が狭すぎるのか。
すると、ジャックの顔色がみるみるうちに青ざめていった。
「……クレアという人は、サム・グレースに殺されたんですよね?」
「ああ」
「どうして……。だって、自分の奥さんでしょ!?」
「なぜお前がそこまで興奮しているのだ? お前はジャック・グレースではないのだろ? だったら、先生が奴に殺されようと、お前には関係ないはずだ」
「そ、それは……」
レオンの指摘に、ジャックは何も返すことができなかった。
実の母親が父親に殺されたのだ。
当然、詳しく聞き出したい。
だが、ここで正体がバレるわけにもいかない。
ジャックは頭の中で葛藤していた。
その様子を見たレオンは、肩をすくめて溜め息をついた。
「まぁいい。お前に一つ教えてやろう。明日、この宮廷にサム・グレースが来ることになっている」
「なんですって!?」
「何やら跡継ぎの件だとかで、父上に相談しに来るそうだ。そこで、お前に頼みがある」
「頼み?」
「……サム・グレースを殺してほしい」
「なっ……!」
ジャックは驚きのあまり、絶句した。
人を殺せだなんて、無茶な頼みにもほどがある。
その殺す相手が実の父親ともなれば尚更だ。
「本来であれば、私の手で奴を殺したいところなのだが。そんなことをすれば、ことになってしまう」
「だからといって、なぜ僕に……」
「お前の目だ」
「目?」
「ああ。お前の目を見て、お前にしか頼めないと思った」
「な、何を仰って……」
「お前は生きるためなら、たとえ相手が人であろうと殺すことを厭わない目をしている。私にはそれが分かる。だからこそ、お前に奴を殺してほしいのだ。もちろん、奴を殺した後の身の安全は保証する」
レオンは真剣な眼差しでジャックを見つめていた。
たしかにジャックもサムを恨んでいる。
魔力がないだけで、ずっと疫病神として扱われてきた。
サムは一度たりとも、ジャックを息子として見てくれたことはなかった。
さらに、クレアはサムに殺されたのだ。
このまま何もせずに、追われる身として生きていくだけでいいのだろうか。
ジャックは思い悩んだ。
「まぁ、今ここで決めろと言われても難しいだろうな」
レオンはそう言うと、ジャックの後ろに回った。
そして、椅子の縄を解き始めた。
どうやら解放してくれるそうだ。
すると、レオンがジャックの杖に気づき、
「ディメオか、懐かしいな」
と、感慨深そうに言った。
ディメオはクレアの魔石だ。
となると、よく目にしていたのだろう。
少しすると、レオンが縄を解き終えた。
「どうするかはお前次第だ。時間はないが、よく考えておいてくれ。ジャック・グレース」
レオンはそのまま部屋から立ち去った。
結局、正体はバレていたらしい。
だが、レオンにそれを咎める気はなさそうだ。
なんとか命までは取られずに済んだジャック。
彼は学生寮への帰路についた。
ジャックが学生寮に着く頃には、夜になっていた。
眩暈がし、フラフラしながら薄暗い廊下を歩く。
やはり、あれだけの仕打ちを受けたのが堪えているようだ。
気づけば、部屋の前に着いていた。
ジャックは扉を開けた。
そこにはミシェルの他に、シエラ、ハンナ、アテコがいた。
彼らはジャックを見るや否や、目を見開いた。
途端に、シエラがジャックに駆け寄った。
そして、彼に思い切り抱きついた。
「シ、シエラさん!?」
ジャックは顔を赤らめて戸惑った。
「……うっ……ぐすっ……よ、よかった……」
シエラは静かに泣いていた。
ジャックが無事に帰ってきたことに安心したのだろうか。
すると、ミシェルが口を開いた。
「みんな、ジャックのことが心配でずっと待っていたんだぜ?」
「そうだったのですか……」
ジャックはなんだか申し訳ない気持ちになった。
「心配したんだから……バカ……」
シエラの声は弱弱しかった。
ジャックは彼女の背中をポンポンと叩いた。
とその時、ジャックの力が一気に抜け、膝から崩れ落ちた。
「ジャ、ジャック!?」
シエラは慌ててジャックを抱きかかえた。
「おい、ジャック!」
ミシェルも駆け寄ってきた。
ハンナとアテコも後に続いた。
ジャックの意識はみるみるうちに薄れていく。
「ジャック! しっかりして! ジャック!」
シエラは必死に呼びかけた。
ぼんやりとする視界に、彼女の泣き顔が映った。
(あぁ……いい匂い……)
シエラからは甘い香りがした。
そして、ジャックの意識は途切れた。