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第二十六話「紅に染まる拳」

 あれから一週間が経った。
 ジャックたちは、1年2組の教室でキャサリンによる授業を受けていた。
 母親の死の真相を知ったシエラ。
 数日は元気がなかったが、今ではすっかり元通りだ。
 相変わらず気持ちの切り替えが早い。
 一方のジャックは、心ここにあらずの状態だった。
 クレアが帝国軍の研究に関わっていたという事実に思い悩んでいたのだ。

(母上は帝国軍の研究に自ら加担したのか? いや、そんなことあり得るのか? そもそも国王は、母上の先天的魔術がエンファーだってことをどこで知ったんだ? 国王と母上はどういう関係だったんだ? ……クソッ! モヤモヤする!)

 ふと気づくと、ミシェルとアテコがジャックを見ていた。

「どうしたんだ? そんな怖い顔して」
「い、いえ、別に……」
「悩みがあるなら相談に乗るぜ?」
「ありがとうございます。でも今は大丈夫です」
「ふむ。ならば、我が高貴なる者としてご加護を」
「アハハ、お気持ちだけで結構です」
「そう遠慮するでない」
「いや、本当に大丈夫ですから」

 ジャックは全力で断った。
 アテコの言う『ご加護』とは一体何なのだろうか。
 自分のことを神様とでも思っているのだろうか。
 そして、相変わらずどこが高貴なのかがよく分からない。
 謎に包まれた人物である。
 とその時、ふと誰かの視線を感じた。
 その方を見てみると、シエラが心配そうな顔をしていた。
 彼女は明らかにジャックを見ていた。
 ジャックは思わず目をそらす。

(シエラさんから見つめられてる!? もしかして僕のことが好きなのか!?)

 と、一瞬はしゃいだが、すぐに冷静になった。
 そんなわけがない。
 おそらくジャックが思い悩んでいる姿を見て、心配になったのだろう。
 すると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 結局、最後まで身が入らなかった。



 次の授業は錬金術の実験だ。
 ジャックたちは実験室に向けて、廊下を歩く。

「あーあ、錬金術って無駄に体力を使うから苦手なんだよなぁ」
「ミシェルは体力だけが取り柄みたいなものでしょ?」
「ハンナちゃん、それはさすがにひどいぜ……」

 ミシェルはあからさまにしょんぼりした。
 そんな中、ジャックは浮かない顔をしていた。
 クレアの一件が頭から離れずにいたのだ。
 シエラは心配そうな顔でジャックを見ている。
 これまでも、ジャックは様々な困難に遭遇し、その度に思い悩んできた。
 だが、今回の彼は何かが違った。
 シエラはそのことを感じ取っていたのだ。
 とその時、

「貴様らとはよく会うな」

 と、ジャックたちの前からセドリックが現れた。
 まだ怪我が治っていないらしく、体の至る所に包帯を巻いている。
 そして、相変わらず三人の女子生徒を引き連れている。
 その場に険悪な空気が流れる。
 すると、ミシェルが溜め息をついた。

「はぁ、またあんたらかよ……。今度は何の用だ?」
「安心しろ。貴様のような腑抜けに用はない」
「……なんだとてめえ!?」

 ミシェルの目つきが鋭くなった。
 そんな彼に構うことなく、セドリックは話を進める。

「そこの女、たしかシエラとかいったか? 先週はよくも俺のことを下衆呼ばわりしてくれたな」

 まさか未だにそんなことを根に持っていたとは。
 ことごとく器の小さい人間である。

「どうやら貴様は俺の身分を理解していないようだ」
「……私をどうするつもりなわけ?」
「そうだな、いっそ股でも開いてもらうか。ハハハハ!」

 と、愉快そうに笑うセドリック。
 シエラは恐怖とおぞましさを感じ、身をすくめた。
 この男を下衆と言わずして何と言うのだろうか。

「こ、こいつ……!」

 ミシェルは怒りに声を震わせた。

「最低ね」

 ハンナはゴミを見るような目をして吐き捨てた。
 一方のセドリックは不敵な笑みを浮かべていた。

「まぁ貴様のような女一人のために、俺がわざわざ手を下す必要もあるまい」
「……どういう意味よ」
「忘れたのか? 俺は帝国の第二王子なんだぜ? 父上に頼めば、貴様を今日にも殺すことだってできる」

 シエラは震えていた。
 彼女の母親は実際に殺されているのだ。
 セドリックの言葉は、脅しでは済まされなかった。

「てめえ!! いい加減にしろ!!」

 ミシェルは我慢の限界だった。
 怒鳴り声を響かせると、セドリックに向かって手を振り上げた。

「ぐはっ……!」

 セドリックは顔面を殴られ、尻もちをついた。
 だが、彼を殴ったのはミシェルではなかった。

「ジャ、ジャック!?」

 なんとセドリックを殴ったのはジャックだったのだ。
 一同はひどく動揺した。

「いってぇ……。貴様、何をしやがる!?」

 セドリックの問いかけに、ジャックは何も答えない。
 そのままマウントポジションを取ると、一発、また一発。
 ジャックは無言でセドリックの顔面を殴り続けた。
 セドリックの鼻血が辺りに飛び散る。

「や、や、やめ……やめてくれえぇぇぇぇ!!」

 セドリックが悲痛の叫びを上げた。
 それでもジャックは殴り続けた。
 彼の表情は常軌を逸していた。
 次第に、周囲がどよめき始める。
 とその時、

「おい! お前、何をしている!?」

 と、キャサリンが大声を上げ、慌てて駆けつけた。
 彼女はすぐさまジャックを止めに入った。
 そこでジャックは我に返った。
 セドリックは気絶していた。

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