第二十四話「正義の末路」
ジャックたちは魔術を乱射した。
だが、ダグラスはそれらを全て槍で切り裂いていく。
やはり強すぎる。
そして、凄まじい勢いで向かってきた。
「おらあぁ!!」
気づけば、アテコの足がざっくりと斬られていた。
辺りに血が飛び散った。
「わ、我の足がァァァァ!!」
アテコは絶叫した。
もはや誰も太刀打ちできない。
すると、ダグラスの槍の矛先がジャックに向いた。
(まずい! 殺される!)
ジャックは慌てて魔術を発動しようとした。
とその時、ディメオが赤く光り始めた。
(よし、エンファーだ……!)
助かったと思い、一瞬だけ安堵した。
だが、ダグラスの槍は既に目の前まで迫っていた。
彼の動きが速すぎたのだ。
避けられないと悟った。
(あぁ、ここで死ぬのか……)
ジャックは冷静に覚悟した。
なぜか足掻こうという気持ちにはならなかった。
人間、死ぬ時はこういうものなのだろうか。
すると次の瞬間!
「風神の怒りよ、天に轟け!
ロアルジェット!」
と、シエラが軍用魔術を放った。
猛烈な爆風がダグラスを襲い、彼はたちまち吹き飛ばされた。
「がはっ……!」
そして、大木に叩きつけられた。
同時に、木の葉が激しく揺れる音がした。
「はぁ、はぁ、間に合った」
シエラは息を切らしつつも、安堵の表情を浮かべていた。
あと一歩遅れていたら、ジャックの命はなかったことだろう。
まさに間一髪だった。
(助かった……のか?)
怒涛の展開に、ジャックは理解が追いつかずにいた。
「痛い! 痛いのである!」
「もう、我慢して」
その声の方を向いてみると、ハンナがアテコに治癒魔術を施していた。
少しずつであるが、アテコの足は治りつつあった。
ジャックはその様子をボーっと眺めていた。
すると、シエラが声をかけてきた。
「大丈夫だった?」
「え、ええ、おかげさまで。助けてもらってありがとうございます」
「今度、何か奢ってよね!」
シエラはニコッと微笑んだ。
これにジャックは思わずドキッとした。
別に何かを奢らされるのが怖かったのではない。
なんというか、シエラに異性としての魅力を感じたというか。
(あれ? 僕まさかシエラさんに……)
気づけば、ジャックは顔を赤らめていた。
その様子を見たシエラは、不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「あ、いや、その、ちょっと熱くなっちゃって……」
「ここむしろ涼しいくらいだと思うんだけど」
シエラは首を傾げた。
その後、ジャックたちはダグラスの元へと歩み寄った。
ダグラスはその場に座り込み、沈んだ顔をして俯いていた。
そして、
「強くなったな、シエラ」
と、一言。
ダグラスとは思えないほど弱弱しかった。
「ダグラスさん、なぜこんな真似を……」
ジャックの問いかけに、ダグラスは無言だった。
何かを思いふけているようだ。
あのダグラスがこんな無謀なことをしでかすだなんて。
おそらく深い事情があるのだろう。
しばらくすると、ダグラスは重々しく口を開いた。
「リエ村に帝国軍が送り込まれたって話、聞いたことあるか?」
これを聞いて、ジャックはハッとした。
たしかミシェルが言っていた。
昔、リエ村が飢饉に見舞われた際、村長が納税義務をなくしたことで、国王が何万もの帝国軍をリエ村に送り込んだ。
そして、村は一夜にして壊滅したと。
ふとミシェルを見ると、彼は険しい顔をしていた。
昔のことを思い出し、憤っているようにも見える。
そんな中、ダグラスは話を進める。
「今から12年前だ。当時、帝国軍の一員だった俺も、国王の命を受けてリエ村に送り込まれた。とにかく村人を殺せとだけ言われてな。そして、俺はリエ村に着いて絶句した。村人は皆、痩せに痩せ細って、今にも倒れそうだった。俺は殺すのをためらった。だが、命令は命令だ。やるしかなかった。結局、俺は村人を次々と殺した。……研究段階だった魔術を使ってな」
「……研究段階だった魔術?」
「ああ。当時の帝国軍は更なる力を求めて、新たな軍用魔術を研究していた。リエ村はその実験場として利用されたんだ」
「それって……」
「つまり、はなから税なんてどうでもよかったってことだ。国王も帝国軍も、リエ村を実験場とするための口実が欲しかった。俺がこのことを知ったのは、戦いから一ヶ月くらい経った後だ」
これを聞いた途端、ミシェルがダグラスに飛びかかろうとした。
「ふざけるなァァァァ! そんなくだらねぇ理由で! 父さんも、母さんも……!」
「ミ、ミシェルさん! 落ち着いてください!」
ジャックはすぐさまミシェルの腕を後ろから掴んだ。
ミシェルの目からは、怒りの涙が溢れている。
彼の言葉から察するに、両親がリエ村での戦いで亡くなってしまったのだろう。
だが、何も知らないダグラスはひどく戸惑っていた。
「な、なんなんだこいつは!?」
「彼はリエ村出身で、戦いの時も現場にいたんです」
「……そういうことか」
ダグラスは腑に落ちた様子だった。
「離せぇ! もしかしたら、もしかしたらこいつが父さんや母さんの仇かもしれないんだ!」
ミシェルは尋常じゃないほど興奮していた。
すると、ダグラスが声を張り上げた。
「俺もやりたくてやったんじゃない! あの時はああするしかなかったんだ!」
ダグラスの怒鳴り声が響き渡った。
途端に、その場が静まり返った。
ミシェルは一気に力が抜け、泣き崩れた。
「俺はあの戦いからすぐに帝国軍を辞めた。そして、リエ村の人たちの無念を晴らすべく、王族を始末することにしたんだ。正直、俺も迷った。この一線を越えたら、もう戻ってくることはできない。だがそんな時に、イリザで坊主たちと出会った。気づけば、この宮廷都市アルフォナにいた。こうなったらやるしかない。それが俺の運命であり、使命だ」
そこで初めて、ダグラスがセドリックを痛めつけた理由が分かった。
旧友の娘であるシエラまでをも殺そうとしていたのだ。
よほどの覚悟だったのだろう。
だが、ジャックは一つだけ気になることがあった。
「ところで、帝国軍が研究していた魔術とは一体何なのですか?」
「一撃で相手の首を吹き飛ばす魔術、エンファーだ」
「……なんですって?」
ジャックは思わず耳を疑った。
エンファーは、ジャックと亡き母親であるクレアの先天的魔術。
他の者には決して使えないはずだ。
一体どういうことなのだろうか。
ジャックはダグラスを問い詰めようとした。
とその時、
「う、うぅ……うらあぁ!!」
と、セドリックが息を吹き返した。
そして、手にしていた魔剣でダグラスの胴体を突き刺した。
「がはっ……!」
ダグラスの腹からじわじわと血が滲んでいく。
完全に致命傷だ。
もはや治癒魔術ではどうにもならないだろう。
「ダ、ダグラス!」
シエラが叫んだ。
すると、セドリックがダグラスから魔剣を引き抜いた。
血が一気に噴き出す。
ダグラスは地面に伏せるようにして倒れた。
「馬鹿な男だ。己の正義を貫こうとする奴は、自らの身を滅ぼすのが落ちなんだよ」
セドリックは不敵な笑みを浮かべていた。
一瞬の出来事に、一同は呆然とした。
ふと気づくと、ダグラスがジャックに何かを訴えようとしていた。
「フ、フラ……」
ダグラスは血を吐いており、なかなか聞き取ることができない。
ジャックは急いでそばに寄り、耳を近づけた。
「エ、エンファーを研究していた責任者は……フランク……」
「……え?」
その名を聞いて、ジャックは動揺した。
フランクが責任者とはどういうことなのだろうか。
ジャックは詳しく聞き出そうとした。
だが、間に合わなかった。
ダグラスの力はすっかり抜けており、目を閉じていた。
「ダグラスさん……?」
ジャックの呼びかけに、ダグラスの反応はなかった。
とその時、後方から誰かが走ってきた。
「お前たち、探したぞ!」
その声に振り返ると、そこにはキャサリンがいた。
彼女は安堵の表情を浮かべている。
ジャックたちやセドリックが帰ってこないのを心配していたのだろう。
「こんな所で何を……」
すると、キャサリンは絶句した。
返り血を浴びたセドリックの傍らには、一人の男の死体。
おまけにセドリックが手にしている魔剣には、べっとりと血が付いている。
驚くのも無理はない。
こうして、班別魔物調査は終わりを迎えた。