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第二十三話「美少女の手料理」

 突如として現れたバルムリケアナコンダ。

「ペネトレイト!」

 ジャックはペネトレイトを放った。
 鋭利な金属片がバルムリケアナコンダを目掛けて飛んでいく。
 すると、それは奴の右目に突き刺さった。
 首を振り回し、うろたえている。
 これにシエラはすかさず杖を構える。

「無慈悲なる氷精よ!
 刃となりて、魂の理を貫かん!
 ヘイルブレード!」

 鋭利な氷柱がとてつもない勢いで放たれ、奴の胴体を貫いていた。
 その頃、三人の女子生徒はセドリックに肩を貸していた。

「セドリック様! しっかりなさってください!」

 そして、逃げるようにその場を後にした。

「深淵の闇に眠る無限の力よ!
 我が手に鞭を紡ぎ出し、その波動を煌めかせ!
 ウィップブレーカー!」

 ハンナは空中で鞭を作り出し、バルムリケアナコンダに向けてしならせた。
 だが、それは惜しくも外れてしまった。
 すると、奴はハンナに牙をむいて突進してきた。

「危ない!」
「キャッ!」

 ミシェルは咄嗟にハンナを庇い、間一髪で救った。

「怪我は!?」
「え、ええ、大丈夫よ。ありがとう」
「な? 必ず俺が守ってみせるって言ったろ?」

 ミシェルはドヤ顔をしていた。
 相変わらずの痛い発言に、ハンナは苦笑した。
 余計なことさえ言わなければ、カッコよかったのだが。
 ちょうどその時、アテコが奮闘していた。

「我の高貴なる力を示さん! アテコスパイラル!」

 彼は魔力を使って、奴の動きを封じ込めた。
 なんと自作の魔術のようだ。
 これにはジャックも呆気にとられる。

「ジャックよ! 我の魔力が持つ間にとどめを刺すのだ!」
「は、はい!」

 アテコの呼びかけで我に返り、ジャックはすぐさま杖を構える。

「天空を貫き、地を揺るがす雷霆よ!
 雷神の司法を現出し、雷華の嵐を永劫に刻み付けん!
 無慈悲なる稲妻の翼を翻し、我が前に立ち塞がる全てを殲滅せよ!
 サンダーディストラクション!」

 たちまち辺り一面が猛烈な光に覆われた。
 そして、

 ドガァァァァァァン!!

 と、とてつもない轟音や爆風が襲いかかってくる。
 バルムリケアナコンダは断末魔の叫びを上げた。
 気づけば、奴は焼け焦げ、所々に肉片が散らばっていた。
 これを見て、ミシェルは複雑な表情をしていた。

「で、殺したはいいけどどうするんだ?」
「これでは調査できませんね……」

 今回はあくまで班別魔物調査なのだ。
 やむを得なかったとはいえ、殺してしまっては成績にならない。
 すると、シエラが思わぬ提案をしてきた。

「ねえ、もったいないし料理にしてみない?」
「え? 本気で言ってるんですか?」
「もちろん。生態は調査できなかったにしても、魔物料理を作ったとなれば、それなりの評価はしてもらえるはずよ」
「な、なるほど……」

 さすがは特待生だ。
 考えることが斬新である。

「我も食べなければならないのか……?」
「当たり前でしょ。同じ班なんだから」
「えぇ……」

 アテコはあからさまに嫌そうな顔をした。
 たしかに魔物料理は、彼のような上級貴族が食べるものではない。
 だが、今はそんな我儘も言っていられない。

「まぁ文句は言ってられねぇよな」
「そうね。私も協力するわ」

 ミシェルとハンナは前向きだった。

「じゃあ、そうと決まれば作っていきましょ!」

 こうして、ジャックたちは魔物料理を食べることとなった。



 その頃、セドリックと三人の女子生徒は森の中を彷徨っていた。

「クソッ! ここは一体どこなんだ!?」

 どこを見ても、視界に入るのは木のみ。
 帰り道を完全に見失ってしまった。

「セドリック様、これからどうしましょう……」
「適当に動いたところで埒が明かねぇ。助けが来るまでの間、ここで大人しくしておこう」
「セドリック様がそう仰るのなら」

 とその時、彼らに一人の大柄な男が近づいてきた。

「やっと見つけた。こんな所にいたとはな」
「あら、いいところで助けが来てくれましたわ!」

 一人の女子生徒が歓喜して、その男に駆け寄った。
 すると次の瞬間!
 男が女子生徒のみぞおちを思い切り殴った。

「ぐぅぇえ……!」

 女子生徒は悶絶し、膝から崩れ落ちた。
 残りの二人の女子生徒は驚きのあまり、悲鳴を上げた。

「な、なんだ貴様は!」

 セドリックは咄嗟に身構えた。
 この男は一体何者なのだろうか。



 一方、ジャックたちはというと。

「はい、お待たせ!」

 シエラとハンナが料理を持ってきた。
 目の前に置かれたのは、バルムリケアナコンダの丸焼き。
 それとよく分からない雑草のスープ。
 一同はまず、バルムリケアナコンダの丸焼きを手にした。
 紫色をしており、あまり食欲がそそられない。
 とはいえ、大事なのは味だ。
 勇気を振り絞って口にしてみる。

「お、美味しいです……!」
「美味いなこれ!」
「うむ。高貴なる味だ」

 普通の肉よりは少し固いが、味付けが絶妙だった。
 これにはミシェルも感激していた。

「これハンナちゃんが作ったのか?」
「ううん、これはシエラが作ったやつで、私が作ったのはこっち……」

 ハンナが指さしていたのは、よく分からない雑草のスープだった。
 なんだか自信なさげである。
 すると、ミシェルはそのスープを手に取った。

「ハンナちゃんの手料理かぁ!」

 そして、嬉しそうに口に運んだ。

「うっ……!」

 だが、ミシェルの顔色はみるみるうちに青ざめていった。
 飲み込むのに必死な様子である。
 しばらくすると、ごくりと喉を鳴らした。

「う、うま、美味いよ……」

 その言葉とは裏腹に、ミシェルは今にも泣きそうな顔をしていた。

「無理しなくてもいいわよ」

 ハンナは苦笑した。
 どうやら彼女は料理が苦手なようだ。

「はぁ、私もうお嫁に行けないのかしら……」
「そ、そんなわけねぇだろ!」
「だって私、シエラみたいに料理できないし……」
「料理ができないくらいどうってことねぇって! それにほら、シエラちゃんと違って胸に栄養が行ってるしよ」
「ミ、ミシェルさん!」

 ジャックは咄嗟に止めに入った。
 たった今、ミシェルはとんでもない地雷を踏んでしまった。
 当のミシェルも何かを察知したようで、身震いしていた。
 そして、恐る恐るシエラの方を見る。

「ミーシェールー、覚悟はいいかしら?」

 シエラは鬼の形相で杖を構えていた。

(あ、この人死んだな)

 その場にいる誰もがそう思った。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話を!」
「問答無用!」

 シエラは容赦なく魔術を放った。

「ギャアァァァァァァ!!」

 途端に、ミシェルの断末魔の叫びが森中に響き渡った。



 その後、ミシェルはジャックに治癒魔術を施してもらった。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
「今のはミシェルさんが悪いですよ」
「反省してる……」

 ミシェルはしょんぼりしていた。
 シエラはむすっとしており、明らかに不機嫌そうである。
 なんだか気まずい空気が流れる。
 そんな中、ハンナがシエラに話しかけた。

「それにしても、シエラって本当に料理が上手よね。普段から作ってたりするの?」
「うん、お父さんは料理できないから」
「お父さんはって……。お母さんは?」
「お母さんは12年前に死んじゃったの」
「……っ! ごめんなさい……」
「気にしなくていいわ」

 焦るハンナに、シエラは優しく微笑んだ。

(シエラさんのお母さん、亡くなってたんだ……)

 考えてみれば、シエラの母親を見たことがなかった。
 まさかそういうことだったとは。
 すると、シエラが話を進める。

「お父さんとお母さんは帝国軍の魔導士だったの。そこで出会って結婚したらしいわ」

 これを聞いて、ジャックは腑に落ちた。
 魔導士とは、魔術を研究する者のことだ。
 帝国軍とはいえ、現場ではないので体力は必要とされない。
 つまり、基礎体力があるのかすら怪しいフランクでも、魔導士としてならば帝国軍になれるのだ。

「でも、お母さんが仕事中に死んじゃって。お父さんからは不慮の事故だったと聞いてる。それが原因なのか分からないけど、お父さんはすぐに帝国軍を辞めてしまったわ」

 シエラはどこか寂しげだった。
 それからしばらく沈黙が続いた。

(12年前……)

 ジャックの頭にふとその数字がよぎった。
 実は彼の母親であるクレアも、12年前に亡くなった。
 とはいえ、理由は分からない。
 グレース家では、クレアの名を口にする者は誰一人としていなかったのだ。
 まるで触れてはならない存在のように。

「さてと、暗い話はここまでにして。そろそろ行きましょうか」

 シエラはそう言うと、すっと立ち上がった。
 気持ちの切り替えが早い。
 ジャックたちもシエラの後に続いた。



 しばらく森の中を歩くジャック一行。
 だが、なかなか帰り道が見当たらない。

「なあ、俺たち迷子になっちまったのか?」

 ミシェルは不安げな顔をしていた。
 既に日が暮れ始めており、ただでさえ薄暗い森がさらに暗くなっていく。

「はぁ、はぁ、我はもう疲れてしまった……。少し休ませてはもらえぬか」
「休んでたら、もっと暗くなって危なくなるだけですよ」
「そ、そんなぁ……」

 アテコはひどくげんなりした。
 しかし困ったものである。
 こんな森の中では助けを呼ぼうにも呼べない。
 それに、夜になれば魔物の動きが活発になる可能性もある。

(まずいな……。こんな所で死んで骸骨になるだなんて冗談じゃないぞ……)

 とその時、

「キャッ!」

 と、ハンナが悲鳴を上げた。
 思わずその方を見ると、彼女は呆然と立ち尽くしていた。

「どうしたんだ!?」

 ミシェルは慌てて駆け寄った。
 すると、彼は「あっ!」と声を上げ、絶句した。
 そこには、あの三人の女子生徒が転がっていた。
 どうやら気を失っているようだ。

「い、一体何が……」

 ジャックは険しい顔で彼女たちを見つめる。

「フランクから聞いてはいたが、坊主もアルフォナ魔術学院に入ったんだな」

 その声の方を向いてみると、赤髪の頭で大柄の男が立っていた。
 目つきが鋭く、眉間にはしわが寄っている。
 そして何より筋肉が凄い。
 ジャックはその男を見るや否や、目を見開いた。

「あ、あなたは……!」

 そう、その男はダグラスだったのだ。

「ダグラス、あなた何をしているのよ……」

 シエラは動揺していた。
 ダグラスの傍らには、ぐったりとしたセドリックがいた。
 戦っていたのか、魔剣を手にしたままだ。
 体中が傷だらけで、鼻や口から血を流している。
 腫れ上がった顔は見るからに痛々しい。
 すると、ダグラスは溜め息をついた。

「バレてしまった以上は仕方ない」
「……ダグラスさん?」
「悪いが、お前たちにはここで死んでもらう」

 ダグラスはそう言うと、空中に大きな金属製の槍を作り出した。

(クソッ! 軍用魔術か!)

 ダグラスは帝国軍にいたと聞いた。
 おそらくフランクとは違い、現場だったのだろう。
 戦うとなると、恐ろしい強敵である。
 とその時、

「行くぞ!」

 と、ダグラスが槍を振り回しながら突進してきた。

しおり