第二十話「魔術狙撃と語られる真実」
突如として実施されることとなった魔術狙撃。
それも魔導具なしという条件付きだ。
(僕の魔力だけで撃ち抜けだなんて……。嘘だろ……)
ジャックの顔色はみるみるうちに青ざめていく。
「では、始め!」
そんな中、ついに魔術狙撃が始まった。
クラスメイトたちは一人ずつ並んで、順番にこなしていく。
ミシェル、ハンナ、アテコも難なく終えた。
やはり学院に入れるだけあって優秀である。
「次! シエラ・オースティン!」
そして、シエラの番になった。
彼女は深呼吸をすると、ジーッと的を見つめた。
(そういえば、シエラさんは特待生なんだっけか。おそらく凄い実力なんだろうな……)
ジャックは固唾を呑む。
「無慈悲なる氷精よ!
刃となりて、魂の理を貫かん!
ヘイルブレード!」
シエラは右手を突き出し、大きな声で詠唱をした。
すると次の瞬間!
鋭利な氷柱がとてつもない勢いで放たれ、ドスッ!という鈍い音がした。
「あっ……!」
人形を見てみると、心臓の所にぽっかりと穴が開いていた。
「ほう、軍用魔術か」
キャサリンは感心しているようだった。
そう、シエラが放ったのは『ヘイルブレード』という軍用魔術である。
軍用魔術とは、その名の通り、帝国軍で使われる魔術のことだ。
当然、一般人が習得できるような魔術ではない。
クラスメイトたちはどよめき始める。
「小さい頃に父から教わったことがありまして」
「お父様は軍人をされているのか?」
「もうやめてしまいましたけど、昔は帝国軍にいました」
「なるほどな。しかし、それだけの高等魔術を小さい頃に教わっただけで習得してしまうとは。さすがは特待生といったところだ」
「「「と、特待生!?」」」
クラスメイトたちは口を揃えて驚いた。
考えてみれば、シエラが特待生であることを知っていたのはジャックだけである。
他の者が驚くのも無理はない。
それだけ特待生というのは凄いものなのだ。
すると、クラスメイトたちがシエラに詰めかけた。
「シエラさんって特待生だったの!?」
「俺にも軍用魔術を教えてくれよ!」
「特待生ってどうやったらなれるの!?」
シエラは一躍人気者となった。
だが、当の本人は対応に困っている様子である。
「え、えぇっと……」
「ほら、そんなに一気に聞かないの。シエラが困っているでしょ?」
その様子を見かねたハンナが助け舟を出した。
(特待生も特待生なりに苦労があるんだな……)
ジャックは難しい顔をして、ボーっと眺めていた。
とその時、
「次! ジャック・ハリソン!」
と、キャサリンの声が響き渡った。
ついにジャックの番が訪れたのだ。
途端に、彼はとてつもない不安に襲われる。
(ど、どうしよう……。やっぱりディメオなしじゃ……)
ジャックはあからさまにおどおどしていた。
シエラの次ということもあり、余計にプレッシャーを感じる。
すると、キャサリンの顔が険しくなった。
「何をグズグズしているんだ。早くしろ」
「は、はい……」
ジャックの膝はガクガクと震えていた。
このまま魔術を放ったところで、人形を撃ち抜くなど無理な話だ。
場合によっては、魔力を失って気絶することも考えられる。
とはいえ、今更どうにかなる話でもない。
(えぇい! もうどうにでもなれ!)
ジャックはやけになり、右手を無理やり突き出した。
そして、無謀にも魔術を乱射しようとした。
「うぉおおおお!!」
すると次の瞬間!
『待ちなさい』
「……っ!」
途端に、ジャックは我に返った。
(こ、この声は……!)
その声は、ダグラスの船で聞いた謎の女の声だったのだ。
なぜ今になって再び聞こえてきたのだろうか。
何より、この声は一体何なのだろうか。
ジャックが戸惑っていると、女の声は続いた。
『ゆっくりと目を瞑って』
(……え?)
『いいから目を』
ジャックはやむを得ず目を瞑った。
『そうよ。そうしたら今度は右手に意識を集中させなさい。他のことは何も考えないで』
そして、言われるがままに右手に意識を集中させていく。
なんだか右手が熱くなってきた。
魔力が練り上げられていくのが伝わってくる。
だが、ジャックの体がふらつき始めた。
(まずい! このままだと魔力が……)
とその時、
『今よ、放ちなさい』
と、女の声。
ジャックはハッとし、思わず目を開けた。
すると次の瞬間!
ズドオォォォォォン!!
と、何かの魔術が放たれた。
「うおあっ!」
それは凄まじい威力だった。
そして気づいた時には、人形の首が吹き飛ばされていた。
これにクラスメイトたちは呆然としていた。
誰もがジャックを見ている。
視線が痛い。
「お前、その魔術は……」
キャサリンは目を丸くしていた。
すると、聞き覚えのある声がした。
「エンファーじゃな」
その声の方を向いてみると、そこにはアランが立っていた。
相変わらず朗らかに笑っている。
学院長ともあろう人が何しに来たのだろうか。
「が、学院長!?」
キャサリンは驚きを隠せずにいた。
そんな彼女に構うことなく、アランは話を進める。
「新入生の実力がどれほどのものなのか見に来たんじゃが、まさかエンファーを使える者がおるとはのう」
「あのぉ、学院長。エンファーとは一体……」
「なるほど。知らずに使っておったのじゃな」
ジャックの問いかけに、アランは真面目な顔をした。
そこで会話が途切れた。
その間、アランはジャックを見つめながら何かを考えていた。
しばらくすると、アランが口を開いた。
「ここで話すのもなんじゃ、場所を移そう。ついてきなさい」
アランはそう言うと、どこかに向かって歩き始めた。
ジャックは戸惑いつつも、その後を追う。
クラスメイトたちは顔を見合わせ、動揺していた。
(どこに連れて行かれるんだろう……)
ジャックは不安げな顔をしていた。
校舎内の長い廊下を歩く二人。
会話はなく、足音だけが響く。
(き、気まずい……)
ジャックは何か話そうかと考えたが、話題がまるでなかった。
そんなこんなしているうちに、アランが立ち止まった。
「ここじゃ」
そこには、豪華な扉があった。
その上のプレートには『学院長室』と書かれている。
アランは扉を開けると、ジャックを中へと案内した。
見るからに高そうなソファが二つ並んでいる。
アランはどっしりと腰を下ろした。
「ここに座っておくれ」
「は、はい」
ジャックは言われるがままに座った。
「さて、まずは何から話そうかのう」
アランはそう言うと、難しい顔をした。
どうやら話が長くなりそうだ。
「学院長、エンファーについて伺ってもよろしいでしょうか」
そう、ジャックがまず知りたかったのはエンファーについてである。
キャサリンやアランの反応からして、訳ありの魔術なのだろう。
もしかすると、あの謎の女の声と何か関係があるのかもしれない。
すると、アランは重々しく口を開いた。
「エンファーとは攻撃魔術の一つじゃ。空気中に衝撃波を発生させて、相手の首を吹き飛ばす。恐ろしい魔術じゃよ」
「首、ですか……」
アランの話を聞いて、ジャックはふとあることを思い出した。
それは、ディメオが独りでに魔術を発動した時のこと。
イリザの館では、デミオンの首がなくなっていた。
そして模擬戦では、セドリックの首から血が流れていた。
考えてみれば、二人とも首に被害を受けていた。
これらはエンファーによるものだったということなのだろうか。
アランは話を進める。
「じゃが、誰でも使えるというわけではない。エンファーは先天的魔術なのじゃ」
「……先天的魔術?」
「先天的魔術とは、生まれつき備わっている魔術。つまり、どれだけ魔力があったり、詠唱を覚えたりしたところで、他の者には決して使えぬ魔術なのじゃよ。まぁ大抵の場合が親からの遺伝だったりするのじゃがな」
「それが僕に使えたということは……」
「そうじゃ。エンファーは君の先天的魔術ということじゃ」
ジャックは驚きを隠せずにいた。
自分にそんな才能があるだなんて夢にも思わなかった。
とはいえ、まだ腑に落ちないことがある。
「ですが、僕は自らの意志でエンファーを発動したことがありません」
「……どういうことかね?」
「今まで僕が危なくなると、この魔石が独りでにエンファーを発動していたのです。今日だって、謎の女の声の言う通りにしたら発動したわけですし……」
「ほう、それは不思議な話じゃのう」
アランは顔をしかめて考え込んだ。
さすがの彼でも、こればかりは見当もつかないようである。
(やはり全てを知っているのは父上だけなのか……)
そんなことを考えていると、アランがあることを尋ねてきた。
「ちなみに、その魔石の名は何というのかね?」
「ディメオといいます」
「ディメオ……」
その名を聞くや否や、アランの顔が険しくなった。
どうやらディメオについて何か知っているようだ。
ジャックは詳しく聞き出すことにした。
「ディメオについて何かご存じなのですか?」
「実は昔、君の他にもエンファーを先天的魔術とする生徒がおってのう。彼女の使っていた魔石が『ディメオ』という名じゃった」
「……っ!」
「性格は厳しめじゃったが、とにかく優秀じゃった。今でもワシにとって自慢の生徒じゃよ」
「ちょっと待ってください。先天的魔術は親からの遺伝とかじゃない限り、使えない魔術なんですよね? なのにその人もエンファーを使えるってことは……」
「前にも言ったが、君はワシの知り合いとよく似ておってのう。じゃが、ようやく合点がいった」
「まさかその人の名前って……」
「クレア・ダンストリッジ。たしかイリザの領主に嫁いだとか聞いたのう」
その名を聞いて、ジャックは言葉を失った。
クレア・ダンストリッジは、ジャックの亡き母親である。