第九話 おっさん処遇を決める
子供たちは、カリンに任せて、子供たちに連れられるようにして現れた大人たちに話を聞くことにした。
「まーさん様?」
おどおどした男性が一歩前に出て、おっさんに話しかける。
前に出てきた男性は、服装は薄汚れているが、清潔には気を使っている印象がある。一緒に来ている者たちも、似たような格好をしている。おっさんは、気にした様子も見せないで、男性に手を差し出す。
「あぁ”まーさん”でいいよ。それで、村は”勇者を名乗る蛮族”にやられたのか?」
男性は、おっさんが差し出した手を握った。
「・・・。はい。村民の半分以上が・・・。特に、子供が狙われて・・・。女は捕らえられて・・・」
悔しそうな表情を見せながらも、当時の様子を話し始めた。
後ろに着いて来ている者たちも、男性と似たような表情をしている。俯いて当時の様子を思い出してしまっているのだろう。自分たちを守るはずの勇者や騎士が刃を向けた。それだけではなく、盗賊や野盗のようなふるまいを当たり前のように行った。
「そうか、それで、子供を先に逃がして・・・」
男性が握った拳から、赤い液体が地面を濡らしている。
バステトが、男性の足元でスキルを発動して、男性の手をいやす。心の傷は治せないが、拳から流れていた液体は止まった。
驚いた男性は、おっさんの顔を見てから、しっかりと頷いて答えた。
「はい」
男性だけではない。後ろに控えていた者たちも、同じようにおっさんの顔を見ていた。
「それで、この辺りの代表は、貴殿でいいのですか?」
おっさんは、治った手を見ている男性に話しかける。
「村長や代表は、あの者たちに殺されるか、逆らった罪で捕らえられています」
男性は、治った手を強く握って、おっさんの質問に答える。
くやしそうではあるが、しっかりと前を向いている。
何かが変わるかもしれないと肌で感じているのだろう。
「わかった。まだ、捕らえられている状況なのか?」
おっさんも、生きているとは思っていない。
一線を踏み越えた者たちは、簡単に次のラインを越えてしまう。
ブローカーをしていた時に、同じように一線を越えた者たちを見てきた。
一般的な解釈で、”悪”だと言われるような者たちでも、自分の中で”越えてはならない一線”を持っている。同じ詐欺でも騙してよい相手と騙してはならない人を区別している。同じ詐欺で犯罪ではあるが、”矜持”という言葉を使って、きれいごとのように言っているが、”越えてはならない”ラインを持っている。
持っていない者は、動物と同じだ。
この世界に召喚された幼い心を持った者たちは、どうやら”動物”のカテゴリーに区分されてしまっている。
今、帝国にいる勇者たちは、倫理観を持った世界で教育を受けていた。
殺人は犯罪だ、考えても実行にうつしてはならないことだと教わっている。しかし、きっかけは分からないが、”殺人”という越えてはならないラインを越えてしまっている。そして、本人たちは周りの状況からそれが悪いことだと思っていない。
「・・・。わかりません」
男性は、体の奥底に押し込めていた思いと一緒に絞りだした声を、おっさんにぶつける。
考えないようにしていた。そして、忘れることができない情景。自らが生き残ってしまったことへの思い。
全てを抱え込んで、それでも日々を生きようとしている者たちと一緒に足掻いてきた。父を母を、子供を殺された者たちの思いを抱えていた。自らも、村長であった父を目の前で殺された。そして、母は騎士たちに凌辱されて殺された。勇者は、楽しそうに村の若者に剣を持たせ戦いを強制した。全てを見て、自分の”生”を諦めていた。隠れていた子供を逃がすために・・・。勇者が面白半分にはなった火が村に広がらなければ、自分も殺されていた。
状況が変わって、死ねなかった。
男性は死ぬよりも、生きることを選んだのだが、限界に近づいていた。
おっさんの言葉で、自分が限界に来ていたと悟った男性は、両ひざを地面について、おっさんに懇願する。
「エミリーエ!」
おっさんは、大人たちの気持ちを汲み取って、意味がないと思っているが、気持ちの整理が必要になるだろうと考えている。
「はい。はい」
治療をおこなっていたエミリーエは、おっさんに呼ばれて治療に一区切りを付けてから、おっさんに近づいた。
「話は聞いていたよな。頼めるか?」
話は聞いていた。
エミリーエは、おっさんの顔を見て何を求めているのかわかってしまった。
「わかりました。眷属の召喚をお許しください」
自分だけの力では、おっさんが求める内容にならないと悟って、眷属を召喚することを求めた。
「方法は任せる。派手にやれ!勇者には手出し無用だ。オイゲンも手伝ってくれ」
エミリーエにも、オイゲンを付ける意味は理解ができる。
眷属だけでも、かなり派手なことになるのだが、サラマンダーのオイゲンが一緒なら、王都は壊滅的なダメージをうけることになる。
「はっ!」「主様。オイゲンを連れて行くというのは・・・」
エミリーエは、”派手”の解釈をまちがえていたことに思い至った。
しかし、おっさんが求めるような”派手”を行えば、敵対勢力としてラインリッヒ公国の名前が上がることは簡単に想像がついてしまう。それでも、エミリーエとオイゲンは、おっさんの近くにいる者たちを見ている。
虐げられた者たちの思いが少しだけでも軽くなることを、おっさんが求めていると考えた。
「エミリーエ。俺は、派手にやれと言ったよな?」
もう一度、おっさんはエミリーエに伝える。
「はっ。御心のままに・・・」「(にぃ)」
オイゲンも眷属を召喚する。
エミリーエの眷属には、魔物と呼ばれる者は少ない。精霊に近い者や妖精族だ。そしてスキルを使った幻惑を得意としている。バフやデバフを使いこなす者も多い。合わせて、攻撃性のスキルも使うので、おっさんが言っている”派手”という言葉にはちょうどいい者たちだ。
オイゲンは、派手にやるのは自分を含めて破壊工作だと考えた。
そこで、本来ならドワーフのゲラルトが得意とする。城壁破壊を行おうと考えた。それも派手に行うのなら、ワイバーンなどのブレスを得意とする者や高威力のスキルを単発で使える者を呼び出すことにした。一撃離脱を行い。城壁の破壊を目的とした攻撃を行う。
「アンレーネ!」
「はい!眷属を潜入させればいいですか?」
「そうだな。アンレーネには、残って面倒を見てほしい。頼めるか?」
おっさんの言葉は、”頼む”となっているが、アンレーネは命令だと受け取った。
心地よい命令だ。必要とされていることがわかる。至上の言葉に感じられる。
アンレーネは、眷属を召喚して、エミリーエとオイゲンが破壊する城壁とは違う方角から、王都に潜入を行い。
連れ去られた村の者たちを探す。殺害した勇者以外の連中を探し出す役割を担うことになった。
おっさんからの指示を受けた3名は、すぐに行動に移った。
命令がくだされた以上、即座に動くのは当然のことだと考えた。
「まーさん様?」
「あぁ気にしなくていい。それよりも、子供たちを連れて行きたいが何か、問題はあるか?」
「いえ・・・。まーさん様。お願いがあるのですが・・・」
「皆と話をしてから、決めてくれ、この場所は安全だ。俺は、少しだけ森の奥に用事があるから、席を外すが戻ってくる。それまでに話をまとめてくれていればいい」
「・・・。ありがとうございます」
「ゲラルト!アンレーネ!」
「おぉ」「はい」
「任せていいか?バステトさんが、周りを安全にはしてくれているけど、完璧かわからない。眷属を召喚していいから、安全を第一に行動してくれ」
”に!”
「はっ」「かしこまりました。食材を持ち込んでも大丈夫ですか?」
「アンレーネに任せる」
「ありがとうございます」
「カリン」
「ん?」
「森の奥に行くけど、一緒に来るか?」
「うん!」
「バステトさんと
おっさんは、一連の指示を出してから、目的としていた森の奥に分け入る準備を進める。