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そんな中、時代に逆行するように、デイヴィット・ディックは本名で活動していた。理由は、ただ覚えてもらいたいから。
有名なピアニストの一人としてカテゴライズされるのではなく、自分は確かに存在していたのだという、足跡を残したかった。
信頼を置く関係者との取材で、デイヴィットは語った。
「神も信じていないし、死後の世界もないと思っている。ただ、私が思うに、人間は二度死ぬ。天寿を全うしたとき。そして、誰の記憶からも忘れ去られたとき」
彼は表に出て活動するタイプではなかった。
しかし、住所や居場所を特定し、執拗に追いかけ回すファンや、度重なる誹謗中傷に疲弊し、現在は他の国へ移住したのではないかと噂が流れている。
他にも、デイヴィットは外側で産まれたが、不法入場し滞在していた。実は、ゴーストライターがいたのではないか。父親がデイヴィットの資産を着服し、絶縁状態になっている、など。
憶測や冗談が、拡散されるごとに歪んでいった。
「ねぇ、サムは、最初に何かを創った人が偉いって思う?それとも、創設者に代わってそれを広めたり、活用して金を稼ぐ人が偉いと思う?」
「えっと。僕からすれば、両方偉いと思うけど…」
「もう、はっきりしてよ。どっちかと言えば?」
「ご、ごめん。どっちか決めるなら、創った人かな」
「よかった。私も同じ意見だよ」
「うん。けど、どうしてそんなこと訊くの?」
「いくら勉強が出来る人でも、ゼロから何かを生み出せるとは限らない。デイヴィットが有名になったのは、彼の実力じゃないっていう人がいるの。楽曲提供した歌手が、有名だったから。そのおかげだって」
「なるほど…」