天艶の推理
授業を受けた感想を一言で表すと、『新鮮』だった。
こんなに大人数で勉強したのは今までにない経験だったし、起こることの大半が初めてのことでなんだか楽しかった。
特に数学の先生が居眠りしている生徒に
「寝やがったなこの野郎! 食らえ!」
と言ってチョークを投げつけて起こしていたのは衝撃だった。
ちなみに先生の投げたチョークが頭頂部に直撃して飛び起きた生徒は狐酔酒だ。
でもこの先生の行動は一般的なものではないということを後で天艶が教えてくれた。
「チョークを投げる先生も投げない先生もいたね。学校の先生ってチョーク投げたりするんだ。知らなかった」
僕がそう言うと、天艶は不思議そうな顔をした。
「普通投げないですよ」
「え、そうなの?」
「はい。あの先生が特別なだけです」
「なんだ。あれが平均的な学校の先生の行動ってわけじゃないんだね」
「今の時代ああいった行動は体罰とされていますからね。あの先生は外れ値です」
「外れ値なのか。ふーん」
「なんだか学校の先生がどういう存在なのか知らないというような言動ですね」
そう言って天艶が顔を覗き込んできた時は内心少し焦った。
天艶は意外と鋭いところがあるのかもしれない。
単に僕が無警戒に振る舞っているってのもあるけど。
授業が終わって休み時間になる度に佐々木君が話しかけてくる。
私は普段クラスメイトの人と話すことなんてほとんどないし、正直ちゃんと話せているのか自信がない。
それに佐々木君は昨日転入してきたばかりだ。
当然休み時間になれば机を取り囲むようにクラスの人が集まってくる。
同時に転入してきた小野寺君の方にも人が流れているので、クラスメイト全員が集まってくるというわけではないが、それでも結構来る。
そんな状態で話すのは大変だ。
というか今更ながらなんで二人ともこのクラスに割り振られたんだろう。
普通転校生が二人いるってなったらそれぞれ違うクラスに入れられるんじゃないのだろうか。
よく知らないけど。
ま、いっか。
それは一旦置いておくとして。
話を戻すと、隣の席だからなのか佐々木君が結構話しかけてくるのだ。
誤解のないように言っておくと、私が特別多く話しかけられているというわけではない。
佐々木君は話しかけてくるクラスの人に対応しながら、ちょくちょく私にも話しかけているだけだ。
しかし、さっきも言ったけど私は普段クラスメイトとお喋りするようなことが全然ない。
今日だけで一か月分くらい会話した気がする。
ところで、今私がどこにいるのかというと教室である。
昼休み。
生徒の多くは食堂なり教室なり中庭なり、それぞれ好きなところでご飯を食べる。
私は教室で食事することは少ない。
普段は校舎裏の桜の木の下で一人、パンの耳をかじっている。
そんな私がどうして教室でパンの耳をかじることになったのかというと、小野寺君が誘ってきたからだ。
昼休みになると狐酔酒君たちが佐々木君の元にやってきた。
「佐々木ー。食堂行くぞーって弁当なのか。あ、よく見たら小野寺も弁当じゃん。マジか」
「狐酔酒たちはいつも食堂で食べてるの?」
佐々木君が訊いた。
「んーまぁ食堂だったり購買でパン買って食ったりしてるけど。そっか弁当か。んじゃオレダッシュで購買行ってくるわ。ついでにげんげんのも買ってきてやるよ。いつものでいい?」
「ああ。頼む」
「おっけー。行ってくるわ」
そう言って狐酔酒君は走り出した。
「こら! 廊下は走」
「すんませーん!」
通りかかった先生が注意しようとしたのに対して食い気味に謝りながら走っていった。
それを見届けた後、私はしれっと席を立とうとしたのだが、そこで小野寺君が
「ん? ほたる殿も一緒に食べないでゴザルか?」
と言ったのだ。
「ご一緒してもいいんですか?」
「もちろんでゴザルよ」
「俺も構わん。飛鳥も別に気にしないだろう」
「一緒に食べよう」
「……わかりました。あ、そういえば」
私は小野寺君のスマホのことを思い出して本人に直接訊いてみることにした。
「昨日私のせいで壊れてしまった小野寺君のスマホの件なんですけど」
「別にほたる殿のせいで壊れたってわけじゃないでゴザルが。まぁそれについてはさっき恭介殿が説明した通りでゴザルよ」
「え? 私と佐々木君がその話をしている時、小野寺君は自分の席にいましたよね? 私たちの話が聞こえていたんですか?」
「拙者はちょっと耳が良いんでゴザルよ」
「……そうですか」
あの席から私たちの会話が聞こえるものだろうか。
そもそもあの時、小野寺君はクラスの人たちから和服姿であることに興味を持たれて、あれこれ訊かれていた気がするけど。
んー。
ま、いっか。
「スマホのことなら昨日修理したから気にしなくていいでゴザルよ」
「今持ってますか?」
「ん? 持ってるでゴザルよ」
「見せてもらってもいいですか?」
「別に構わんでゴザルが」
そう言って小野寺君はポケットからスマホを取り出してみせた。
見た目は特に問題ないように見える。
「ほれ。ちゃんと直ってるでゴザろう?」
「電源を入れてもらえますか?」
小野寺君の顔がほんの少しだけひきつったように見えた。
佐々木君の方を見てみると、私と同じく小野寺君の顔を確かめるようにじっと見ていた。
多分気がついたんだ。
私の見立てが間違っていなければ、二人の付き合いはかなり長いはず。
私でも気づくようなことに佐々木君が気づかないってことは無いんだろう。
冬狼崎君はあんまり分かっていないようだけど。
小野寺君は電源を入れようとしなかった。
「……やっぱり。私のために修理できたなんて嘘をついてるんですよね? そのスマホ、見た目を取り繕っただけで実は壊れているんじゃないですか?」
多分小野寺君は狐酔酒君あたりから私の家が貧乏だということを聞いて私に気を遣ってくれているんだ。
「壊れてないでゴザルよ」
あくまでしらばっくれるつもりのようだ。
小野寺君は優しさで嘘をついてくれている。
でもその優しさに甘えるわけにはいかない。
それは私の主義に反するからだ。
しっかり弁償させてもらおう。
そのためには小野寺君の優しい嘘を暴かないといけない。
なんだか少し気が引けるけど、追い詰めさせてもらう。
「じゃあなんで電源を入れようとしないんですか?」
「いや~。いやらしい画像を待ち受けにしてるでゴザルからな~。恥ずかしいでゴザルよ~」
ぐぬぅ。
これは上手い。
一発で形勢が逆転した。
こう言われてしまっては無理に電源を入れさせるわけにはいかない。
本人が嫌がっていることをさせるわけにはいかないし、なによりここでしつこく電源を入れさせようとすると、私がいやらしい画像を見たがっているというような図になりかねないからだ。
それはまずい。
乙女的にまずい。
私と小野寺君が心理戦を繰り広げているところに狐酔酒君が戻ってきた。
「え、なになに。やらしい画像がなんだって?」
ニヤニヤしながら言ってきた。
「拙者の待ち受け画面の話でゴザルよ」
「ほぅ。それは興味深いね~。あとで見せて」
「うむ」
小野寺君と狐酔酒君は固く握手を交わした。
それを仏頂面で眺めていた冬狼崎君が思い出したように財布から小銭を取り出して狐酔酒君に渡した。
「買ってきてもらってすまんな。ありがとう」
「いいってことよ。オレのがげんげんより足はえーからな。ほれ、いつもの」
狐酔酒君はカレーパンを冬狼崎君に渡した。
「ってかげんげんも小野寺もいつまで突っ立ってんだよ。立ったまま食うつもりか?」
ということで佐々木君と私の机をくっつけて、そこに佐々木君の前の席の机を向かい合うようにくっつけた。
小野寺君はそれに座って、あとの二人は近いところから適当に椅子を持ってきて座った。
みんなでご飯を食べ始めようとしたところで狐酔酒君が気づいた。
「あれ? 小野寺と佐々木の弁当、中身一緒じゃん」
「む? 本当だな」
「本当ですね」
「……あ」
佐々木君は固まってしまった。
やばい。
油断してた。
浮かれていたのかもしれない。
こんなところからボロが出るなんて。
さて、どうしよう。
困ったぞ。
この状況じゃ多分変に誤魔化すのは逆効果になる。
かといって馬鹿正直に話していいのだろうか。
僕が悩んでいるのを見かねたのか、けいが口を開いた。
「拙者たち一緒に住んでるんでゴザルよ」
けいは何の躊躇もなく馬鹿正直にそう言ってのけた。
小野寺君の発言により今度は私たちが固まってしまった。
こちらが何かを言う前に小野寺君は釘を刺すように
「先に言っておくでゴザルが、言いふらすようなことは止めてもらいたいでゴザル。拙者たちの状況はあまり一般的なものではないでゴザろうからな。変な噂が立つのは面倒でゴザル」
と加えた。
「お、おう。わかった。任せろ。こう見えてオレは結構口が堅いんだ」
佐々木君が訝しげに狐酔酒君を見た。
狐酔酒君は慌てて冬狼崎君に助けを求めるような視線を投げかけた。
「ほ、ほんとだって! な、げんげん?」
「ああ。信じられないかもしれないが、飛鳥は意外と口が堅い。小野寺たちが嫌がっているのに言いふらすような真似はしないと思う。信じてやってくれ」
「そっか」
佐々木君の目は少しだけ冷ややかに見えた。
警戒しているようだ。
何か触れられたくないような事情があるのだと察した。
「私には言いふらすような相手がいないので安心してください」
「それリアクションに困るな」
佐々木君は苦笑いして
「なんかごめんね。隠し事みたいで僕たちとしてもあんまりいい気はしないんだけど」
と謝った。
「別にいいさ。何か事情があるのだろう。話したくないことを無理に話す必要はない」
「ありがとう」
佐々木君は少しだけ警戒を解いたように見えた。
狐酔酒君も
「まぁ昨日会ったばっかの人間に洗いざらい自分のことを話すような奴の方が少ないんじゃね? あんま気にすんな」
と声を掛けた。
「そう言ってもらえるとありがたいでゴザルよ」
「おう。そんじゃ、いい加減飯にするか」
「そうですね」
私はこの二人の正体が分かった。
私の推理によると、こんな感じだ。
佐々木君と小野寺君は何らかの理由で今まで世間から隔絶された生活を送っていた。
言動から世間に疎いことが感じ取れるのが根拠だ。
ついでに言うと、多分山で暮らしていたのだろうと思う。
これは完全に私の直感だけど、山育ちって感じがする。
この辺の人に感じる、海育ちっぽさがないのだ。
少なくとも海育ちではないはず。
それと、小野寺君は多分かなり切れ者だ。
さっきもスマホの件の追及をさらりと躱されてしまった。
しかし、覚えているだろうか。
小野寺君は昨日、自己紹介で自分のことを頭は悪いが運動は得意だと言っていた。
私が思うに、小野寺君が自分のことを頭が悪いなどと言ったのは、謙虚さからくるものなどではないはずだ。
あれは優秀な自覚がある人間があえて自分を低く見せようとしているように感じた。
それにさっきの会話で確信したことがある。
小野寺君は嘘が上手だ。
さっきは私が小野寺君の嘘を、スマホは修理することができたから弁償してもらう必要が無くなったという嘘を見破ったように見えたかもしれないが、それは少し違う。
小野寺君は本気で私を欺こうとはしていなかった。
話していてそう感じたのだ。
小野寺君が本当に隠したいことだと思っていなかったから気づくことができたのだと思う。
これは私の勝手な想像だけど、多分小野寺君は嘘をつくのが上手なのに人を騙すことが嫌いなんだろう。
だからあえて相手に嘘を見抜くための材料を残している。
舐めプってやつだ。
では、なぜ小野寺君は嘘をつくのが上手なのか。
それは嘘をつかないといけないような環境で育ったからではないだろうか、と私は思う。
なぜなら小野寺君の嘘にはちゃんとした目的があってそれを達成するだけの練度があるからだ。
普通に生活していても嘘をつかなければいけないような場面は度々あるが、そんなものじゃあんなに上手に嘘がつけるようにはならないだろう。
日常的に嘘をつかなければ、相手を騙し欺かなければならないような環境。
例えば保護者による虐待などだろうか。
……こんなことを考えるのはなんだか失礼な気がする。
あんまり考えないようにしよう。
まぁ小野寺君の幼少期のことについては一旦置いておくとして。
話を戻そう。
さっきのスマホの話の場合では私にお金を出させないという目的のために嘘をついた。
結果としては私に見破られたような形になったが、私がもう少しボケーっとした人間だったり、小野寺君が舐めプをせず本気で嘘をついていれば私は気づくことができなかっただろう。
そして佐々木君と一緒に住んでいるということを、おそらく知られたくないことのはずなのに嘘をつかず正直に話したのにも理由があるんだと思う。
私は二つの可能性があると考えている。
一つはさっき言った小野寺君は嘘をつくのが上手なのに人を騙すことが嫌いだから、というもの。
これは分かりやすいと思う。
スマホの件の嘘は私のためのものだったが、一緒に住んでることを隠すのは自分のための嘘ということになる。
要するに小野寺君は人のための嘘ならつくが、自分のための嘘はつかないというスタンスであるとするものだ。
もう一つの可能性は小野寺君は保険をかけているというもの。
こっちが理由の場合、小野寺君は信頼関係を重要視しているということになる。
嘘つきなのに信頼関係を築くことが大切だと考えているということになるのだ。
普段はわざとバレる嘘をつくことで、自分は嘘が下手な人間であると周りに思わせる。
そして大事なことは隠さない。
それによって、小野寺けいは嘘がつけない人間なんだなと勘違いさせて相手に安心感を与えるのが目的なんだと思う。
それはきっといざという時のための保険になるのだ。
そうして相手と信頼関係を築くことにより、本当に絶対バレない嘘をつかなければいけない時に騙しやすくなるのだろう。
私はこのどちらかが理由だと思う。
結局どちらなのかということについては現状分からないが、私は後者の可能性の方が高いと考える。
この考えが当たっていたとしたら、小野寺君は用心深い、普段から保険をかけながら行動するような人間であると推測できる。
言ってしまえば小野寺君は人間不信なのだろう。
信頼関係を嘘をつくための手段として用いるのなんて本当の意味で誰のことも信用していない人間であるという証拠だ。
さて、今までの私の話を総合して見えてくる佐々木君と小野寺君の正体。
二人は一体何者なのか。
私が出した結論は……
二人は忍者だ!
間違いない!
今の私の話の中では途中推理が飛躍したり、無理があったりしたかもしれない。
しかし過程はともかく、結論には自信がある。
二人は忍者だ!
簡単なことだ。
山育ちなのは忍者の里で育ったってことだし、嘘が上手なのも忍者だから。
人間不信なのは……まぁなんかよくわかんないけど、多分忍者ってそういうものなんだろう。
なにより小野寺君は隠しきれていない。
忍者であるという確固たる証拠……
ゴザル口調!
これは間違いなく忍者だ!
出ちゃってる。
出ちゃってるよ小野寺君。
アイデンティティが溢れ出ちゃってるよ!
きっと二人は同じ里の出身なのだろう。
現代社会を勉強しに里から出てきたに違いない。
本物の忍者。
私はテンション爆上がりである。
私が心の中で本物の忍者に会えたと感動していると
「……ん? えーっと。天艶……?」
狐酔酒君が私の方を見て首を傾げた。
まぁ私の方っていうよりも私の手元をって言った方が正確だけど。
私の手にはバイト先のパン屋さんでもらったパンの耳が握られている。
つまり私にとってはいつもの昼食であり何の違和感もないことなのだが、他の四人は神妙な面持ちで私の手元を見ている。
言いたいことは分かってる。
こうなってしまうから、いつも私は人目につかない場所で一人で食べているのだ。
気を遣わせてしまうくらいなら断ればよかった。
「気にしないでください。私にとってはこれが普通なので」
四人は無言で頷いた。
なんとなく気まずくなってしまった。
みんな食べ終わる頃、忍者佐々木君が
「ちょっと量が多くて食べきれなかった。天艶、もし嫌じゃなかったら食べてくれない?」
と言って弁当箱を渡してきた。
これがどういう意味なのかは分かってる。
私的にはここで断るのは佐々木君に対して失礼なことだと思う。
遠慮なく頂くことにした。
「ありがとうございます」
正直とてもおいしかった。
忍者ってすごいんだなと私は思った。