第2話 縁切れ
俺とクロノスは名もない田舎村の出身だった。
もうかれこれ十年以上の付き合いになる。夢を追いかけた馬鹿な少年ふたりが結成したパーティは今や「英雄の集い」や「人類の希望」といった大層な注目を浴びている。
踏破したダンジョンは数知れず。
先日は誰一人として最高層まで到達できていなかった「古の塔」を登り詰めた。異様な速度で成長を続ける期待の星。それが俺達だった。最初は俺とクロノス、徐々に仲間を増やし――現在に至る。
「待って欲しい。確かに俺は燃費が悪い、それは認める。けど、これからどんどん敵は強大になる。アタッカーとしての機能を切るのは早計ではないか? 貢献できることがあるはずだ」
「……あのな、ロウ。俺達は、もう餓鬼のお遊びじゃないんだ」
クロノスはため息をこぼしながら、呆れたように言った。
「古の塔のボス。コカトリスを討伐できたのはロウの力が大きい。お前抜きでは厳しかっただろう、しかしさっきも告げたが魔石がなければお前の火力は塵芥。そこら辺の剣士の方がマシなレベルだ」
「……屑魔石があれば、最低限は動ける。迷惑にならないくらいにな」
「いい加減察してくれよ。薄気味悪いんだって、お前は」
俺の特異体質は謎に包まれている。高位な医者も匙を投げた。
「足手纏いには二つの意味を込めた」
クロノスは人差し指と中指を立てる。
「まずは不安要素が否めない。魔石不足による火力減衰、安定しない戦い方」
そこまで言うと、クロノスは中指を折り曲げる。
言いたい放題ながら、俺は沈黙を保ち、耳を傾ける。
「あとは、知名度だ。俺達の名はもはや国中に広がっている――今後、凱旋も多くなるだろう。そんな時、魔石を喰らう男がパーティーメンバーなんて畏怖されるに違いない。化け物だ、ってな?」
「魔石を喰らうと、普通は多大な苦痛を経て、最悪死に至る」
その台詞を呟いたのは俺でもクロノスでもなかった。
横目で見やれば目深に帽子をかぶった少女。魔女の――エリス・フィールド。
彼女の性格は我儘であり傲慢。とにかく高圧的な女であった。
「キモいのよ、アンタ。敵である魔物が内包している魔石を喰う? そしてパワーアップって、あたしからすればアンタは魔物そのもの。化け物がパーティーに所属してると輝きが穢れるの、わかる?」
「……気味が悪いのは分かる。だが、俺は人間だ」
魔石とは魔物の命そのものである。溜め込んだエネルギーは人間世界に恩恵を与えていた。
しかし、そのエネルギーは人間の身体とは相容れない存在。興味本位で食した者は皆類に漏れず悲惨な末路を辿っている。俺達が生まれた田舎村でも魔石の取り扱い方は丁寧に教えていた。……だというのに。
俺は魔石を喰らい、その内包されたエネルギーを先天的に扱うことができた。
「ロウ、お前の代わりは既に見つけている」
「……そいつは俺以上の火力を出せるのか?」
「ああ、その目論見でパーティーに招待しているからな。将来性もある。……俺達は英雄であり勇者、止まるわけにはいかないんだ。先へ先へ進む。すまないが、ロウ。そこにお前は必要ない」
俺の意見が入り込む隙間は用意されていなかった。思わず笑いそうになる。
なんだよそれ。こんなことが許されていいのか、あっていいのか?
村を飛び出して、ゴブリンに殺されかけて、安宿で肩身を寄せ合って眠って。泥まみれな日々を送ってきたクロノス。他の仲間だってそうだ、命を預け合ってきた関係なんだぞ。……これが。これが。
仲間への態度なのか? いや、元仲間、だろうが。
とはいえ、嫌でも理解した。わかった、わかったさ。
こいつらにとって既に俺は必要のない存在。切り捨てるべき相手なのだ。クロノス曰く、後釜も見つかっている。ピーキーな俺とは違い、安定した火力を出せるやり手なのだろう。
――もう俺は出て行くだけ、か。
「…………そうか、わかった。出て行くよ」
「やった、清々するわ! アンタみたいな化け物はこのパーティーに相応しくない」
「かははっ、魔石喰らいなぞ禁忌だ。はやく出て行ってくれよッ」
盾役のビスク・グランツが大声で笑いこけていた。
「忌み嫌われた行為、魔石喰らい。所詮アンタは人間の面をした魔物よ、さっさと出て行って。初期メンバーだからってあれこれアタシに命令してきてうざいったらありゃしない!!」
「……ロウ、手切れ金を渡す。使ってくれ」
「いるかよ、んなの」
クロノスの申し出を俺は二つ返事でばっさり断った。
情けなぞ無用。その金を受け取るのはプライドが許せない。
「強かったり弱かったり、安定しない癖に粋がってキモかったし」
「はっ、コカトリス戦でびーびー泣いてた女がよく言うよ」
「なっ!? 泣いてないわよ! 死ね! 死んじゃえ!」
意趣返しでエリスの恥態を口にすると、餓鬼の如き罵倒。
俺はそれを背に受けながら部屋の扉を開けた。――あとは自室に戻って荷物をまとめて出て行くだけ。
俺なりに努力してきたつもりだ。俺なりに支えてきたつもりだ。何より。
俺の、この特異な身体を認めてくれたと思っていた。
(……こんな奴らを仲間と思っていたのか、俺は)