バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

暗闇

 塾の帰り、外は土砂降りの雨が降っていた。

ザー、という、雨水が地面に打ちつける音に嫌悪感すら感じる。

そして、水無瀬は大変な事に気づいてしまった。

傘、折り畳み傘しか持ってきてない____

折りたたみでも普段は普通の傘と変わりはない。しかし。

この貧弱な折り畳み傘が、叩きつける大量の雨水と強風に耐えられるとは思えない。

ないものはないし、四次元ポケットも持っていないので仕方なく小さな折り畳み傘を開いた。


凹みに溜まった雨水を踏まないように俯いて歩いていたら、ある大きな水たまりに一つの影が写っていた。

大きな水溜まりの中でしゃがみ込んだ人影は、自分と同じ制服を着ていた。

もしかして、知り合いかもしれない

そう思って、彼を見た水無瀬と、彼が振り向いたのは同時だった。

知らない顔だった。何となく、記憶の奥深くまで探したら見たことのありそうな気もしたが、

今思い出すべきではない、と勘づいた。

胸には、水無瀬と同じ青いネクタイをしていたからきっと同級生なのだろう。

あれ、と首を傾げても、彼は目を離さなかった。

沈黙の中、雨の中で二人きりというシチュエーションは、よくある別れ話で会話が途切れてしまい、気まずくなったカップルのうちの一人になってしまったような気持ちになる。

「傘、ないの?」

彼は、小さく頷いた。

長めの前髪の先から、雫がぽろりと落ちていく。

ゆっくり近づいて、自分の折り畳み傘の中に入れてあげた。

特にこれといった理由はなかった。いつもだったらこんなことはしないはずだが、勝手に体が動いていた。

彼は、ゆっくり顔を向けて、何かを言った。その声は、震えていた。

残念ながら、雨音にかき消されて何を言っているのかまでは聞き取れなかった。

「家、くる?」

「⋯」

今までで、こんな非常識なことを言ったことはなかった。

もしかしたら彼は、家出の最中だったり、或いは一人の時間が欲しかったのかもしれない。

考えれば無限に出てくる可能性を一切無視した質問に、彼が返事をすることはなかった。

「名前、なに?」

測れば随分と長い沈黙を破ったのも、水無瀬の声だった。

彼は、音海と名乗った。今度は、雨の中でもはっきりと響いていた。

一緒に立ち上がると、傘に溜まった雫が一気に落ちてきて、咄嗟に自分の方に向ける。

そして、案の定ずぶ濡れになってしまった。音海は、何やってるの、とも、馬鹿じゃないの、とも言葉には出さなかったものの、

そう言っているように見えた。

「じゃあ、行こうか」

紛らわすためにそう言っても、なかなか音海が動かないので、二人はしばらく前に進めなかった。

しおり