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第59話 初代魔王の記憶③

「大ちゃ~ん……会いたかったよぉ」

勇者は、前世では極度の人見知りの影響により、基本的には毒舌でそっけない中二病キャラだったが、一度心を許した相手にはとことんデレる。

その最上級の相手が俺である。
普段は理性が働き人前では抑え込んでいたが、今回はこんなシチュエーションである。
今回は長年異世界で孤独と戦っていたのだろう。慢しろと言って出来るものではない。

今は羽交い絞めの状態だからまだいいが、このまま俺が勇者を解放したら確実に振り返って抱きついて来る。
それは俺自身もこっちに転移してからずっと願っていたことではあるのだが、よりよって魔族と人間、その中でもそれぞれの最高戦力同士である。

それが戦っていたと思ったら急に仲睦まじげに抱き合い始めたら、どんな混乱を招くか想像もできない。一旦は我慢するべきだ。
俺は勇者を羽交い絞めにした状態で小声で話し掛ける。

「てぃ、てぃあら…落ち着いて聞いてくれ」

「大ちゃん、話して前みたいに頭を撫でて欲しい…」

やべえ鼻血が出るくらい愛くるしい。俺の理性が崩壊しそうだが歯を食いしばり耐える。

「まずは落ち着いて話を聞いて欲しい。わかったら小さく頷いてくれ」

素直に勇者は小さく頷く。

「ティアラは今勇者で、俺は魔王。2人の立場は分かるな?」

コクリ

「そんな2人が出会ってすぐ仲良くなったりしたら、魔族や人間からしたら裏切り者としてみられ、更には元々通じ合っていた俺達が、画策して人間と魔族を戦わせて漁夫の利を狙ってるんじゃないか、と勘ぐられるかもしれないよな?」

…コクリ

「…だから今日は一旦我慢して別れて、1週間後の夜、ここで待ち合わせしないか?」

「……今日じゃ…ダメなの…?」

後ろからなので顔はよくわからないけど、声の感じから必死に泣くのを堪えているのが伝わってくる。
是非とも甘やかしてやりたいが、ここで仲間達からの信頼を失っては互いの為にならないので絶対に我慢だ。

「焦って互いに仲間達に見つかってしまえばもう一生会えなくなるかもしれない。ここは念には念を入れたいんだ…」

「……わかった」

元々天然なところもあったが地頭は俺よりも断然良い。
衝動に身を任せた短絡的な自己満足よりも、長い目で見た場合の幸せを瞬時に理解してくれたようだ。

「…大ちゃん、私はこの後はどうすれば良い…?」

「この体勢のまま、雄叫びとともに俺の股間を踵で蹴り上げてくれ…」

「……私はどんな大ちゃんでも受け入れる覚悟はあるんだけど、大ちゃんの尊厳はそれで保たれるの?」

絶対この勇者は何か盛大な勘違いをしている。
別に俺が新たな特殊な趣味に目覚めた訳ではない。このまま自然に撤退する為の策である。

「そ、尊厳がどうこうの話ではなくて、ここを互いに無事に切り抜けるためだぞ!?」

「…私に無理にそんな言い訳は必要ない。今まではどちらかというと受け身だったけど、そういうことならば私も頑張ってみる……」

人形みたいな見た目の無表情な金髪美少女がとんでもない発言をしている。
現在我々の見た目の問題で、俺の方が見た目が見た目幼いのでまだセーフだが、前世の俺だったら完璧に通報案件だ。

「いつまでもこの体制でいるのは不味い。一思いにやってくれ」

…コクリ


「…魔王よ、いつまでうら若き乙女を羽交い絞めにしているつもりだ…?」

前世でもそうだったが、勇者の声は非常に美しく辺りに響き渡る。
当然周囲で魔王と勇者の戦いを固唾を飲んで見守っていた魔族と人間の耳にも届いている。

「こ の ど 変 態 が ぁ ぁ あ あ !」

この勇者演技派過ぎるだろ。魔族を文字取り紙切れのように扱う様な剛の者だ。
当然それの後ろ蹴りとなればとんでもない威力である。
想像の数倍やばい。

ドゴォォォンッ

「「「「「……………」」」」」

周囲の観戦者は魔族も人間も圧倒的に男性が多く、この悪魔の所業を目の当たりにして全員が目をつぶり内股の状態で自らの股間を押さえている。

「た、助け…て……」

そうして俺は意識を手放した。





はっ

目が覚めると俺は、ナイトフォールにある魔族の医療施設のベッドの上で寝かされていた。

「………そうだ!!」

念の為に色々無事かどうか確認したが、痛みは残るものの一応無事なようだ。
とんでもなく酷い目にあった。

しかし、前世での最大の心残りだった婚約者とこんな形で再会するとは…。
互いの立場を考えると複雑な想いはあるものの、まずは再会を素直に喜びたい。
1週間後の改めての再会が今から非常に待ち遠しい。

しかしこうなってくると、これからの身の置き方が非常に悩ましい。

今までは気の良い魔族達と共に戦争の勝利を全力で望んできたが、てぃあらが人間側にいる以上今までと同じように攻撃はできない。

しかも、今まで魔族の正義を疑っていなかったし今でもその想いは変わらないが、てぃあらが人間側に付き、その戦力として戦っているということはそれなりの意味があるはずだ。

昼間の様子からして、てぃあらも前世での記憶がしっかりと残っているはずだ。
魔族側に生を受けた俺自身もそうだが、人間側に転生したからといって無条件に人間側の味方となり魔族を迫害するとは考えられない。
正義感の強いてぃあらだからこそ、そこは断言できる。

魔族にも人間にも、それぞれの正義がありその為に、互いに争いを続けている。

果たしてこの戦いは必要なのだろうか?

当事者同士であれば互いに譲れないかもしれないが、当事者ではあるが前世の記憶を残している魔王と勇者だからこそ、解決策を見出せるのではないだろうか。

戦争の切っ掛けはよくわからないしご先祖様達には申し訳ないけど、先人達の争いを未来に残したくない。
そうなるとこれ以上少しでも犠牲を出したくない。

俺はそれから勇者との再会までの一週間自分の立場を利用して、なんだかんだ理由を作り魔王軍全軍の出撃を留まらせた。
この間、それまで頻発していた人間からの挑発もパタッと止まっていたので何かしらの形でてぃあらが対処してくれているのだろう。

早く会いたい。

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