第60話 初代魔王の記憶④
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「おい、話の腰を折って申し訳ないがちょっといいか?」
「ぬ?ここからが良い所だというのに…どうしたというのだ?」
「ひょっとして、魔族が脳筋集団になったのはお前のせいじゃないのか?」
目を逸らし音のしない掠れた口笛を吹いている。
誤魔化し方が完全に日本人のそれだ。
「お前のせいで俺が来るまで魔族はソイプロテインが主食になって固形物を全くと言って良いほど口にしてなかったぞ?」
「……………」
「挙句、研究開発も全く進んでいないから、大昔のどろっどろのバリウムみたいなプロテインのままだったし。さっきの話だと、お前がプロテインを持ち込んだということはそれまで普通に食事してたってことだよな?」
コクリ
「この話が終わったらお前1カ月間ソイプロテインだけで生活な?」
俺の通り過ぎた絶望を貴様も喰らいやがれ。
………コクリ
「は、話しに戻るぞ?」
「おう」
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勇者との再会までの一週間は本当に長かった。
なんならそれまでのブラッドレイブンで過ごした約20年よりも長く感じたといっても過言ではない。
会いたい気持ちを必死に抑えつつ、かつ血の気の多い魔族の兵士達を何とか理由を作って出撃を見送らせた。
痛いのは好きではないので、普段はどんなに強く頼まれても断っている体術での1対1の模擬戦も、勇者から蹴り上げられた股間の痛みに耐えながら全て受け入れた。
お陰で身体中が痛い。
それでもこっちの世界で過ごすティアラとの未来を想像すれば全然我慢が苦痛ではなかった。
それまでブラッドレイブンでの生みの親はいるが前世の記憶も残っている俺は、自分ではあまり意識していなかったが、ずっと孤独を感じながら必死に生きていたのだろう。
ティアラと再会した瞬間、それまで白黒だった世界が急に色付いた。
〇
-再会から一週間後、夜(ナイトフォール西部)
ティアラと再会してから、日本人としての感覚が急速に蘇り、最早今の彼女に必要かどうかは甚だ疑問ではあるが夜に女性を一人待たせる訳にはいかないとの思いに至り、日が沈み辺りが暗闇に包まれすぐ待ち合わせの場所に向かう。
「………………」
既にいた。
前世の癖で、ティアラに対し一人で出歩いたら危ないじゃないか、と思ったけどそんじゃそこらの魔族じゃ相手にならないくらい強いので危なくもないし、何よりもこんな感動の再会に自ら水を差すような真似は野暮だろう。
・・・・・
ひとしきりティアラからの熱烈なスキンシップが終わり、いよいよこれからのことを話し合う。
「お互い魔族と人間としての再会だけど、この世界で、今度こそティアラと添い遂げたい。これから想像もできないくらいの試練が待っていると思うんだが絶対にお前を守り続けるから、ずっと俺と一緒にいてくれないか?」
「…一つだけ言わせて欲しい。前世では大ちゃんは恥ずかしがって私にプロポーズをしていない。お揃いの指輪を買ってくれただけ。よって大ちゃんからのプロポーズは初めてとなる」
それはごめんて。
そういえば前世では散々その指摘をティアラから受けていたけど、その度に誤魔化していた記憶が蘇る。
前世であんな不本意な形で分かれてしまった俺達が、何の因果か別の世界でこうして再会できたんだ。今回は俺のプライドだ羞恥心だなんてものはどうでも良い。
俺の全てを掛けてでも今度こそティアラを大切にしよう。
「ティアラ…結婚して下さい」
「…初めて生まれ変わって良かったと思った。前世では絶対に言ってくれなかったことをこうして言ってくれた」
こうして俺たちは互いの気持ちがこの世界でも変わらぬことを確認し合い、これからのことに思考を向ける。
「お互いの気持ちは確認できたけど、立場的にそんな簡単な話ではないな…」
…コクリ
「ちなみに、魔族側では、数千年前に突然人間が攻め込んできて一方的な虐殺をされた、と伝わってるんだけど、人間側も同じ様なものか?」
「……魔族は血も涙もない悪魔そのもの。数千年前突然夜中に魔物の群れを解き放ち、自分たちの欲望に身を任せ女と子供を優先的にふざけ半分に虐殺を始めた、と伝わっている」
魔族側より大幅に酷かった。泣きそう。
どうりで魔族と人間の温度感に違和感を感じた訳だ。
魔族は自分達を守る為に戦っている感じだが、人間側はその中に確実に憎しみが含まれていた。
「恐らく、今から全ての歴史を紐解いて、互いの誤解を解消した上で和解するのは不可能だろうな…」
…コクリ
「今まで本当の理由も分からなくなるくらいの長い間、戦争を続けてきた魔族と人間が、明日からいきなり手を取り合って仲良くなろう、はちょっと無理がある」
「今日も人間側は、王様を中心に魔族を殲滅する作戦を話している。生まれた時から戦争が生活の一部になっていてそれになんの疑問も持てない。かくいう私自身も、大ちゃんに再会するまで魔族側のことなど考えたことすらなかったので同罪だが…」
「もうこの状態では、いくら魔王と勇者という立場であっても全魔族、全人類を説得するのは不可能だ。逆に裏切り者認定されて2人とも追われる身となる可能性すらある。むしろその可能性の方が高いかも…」
「そ、それはそれで望むところ…愛し合う二人は互いの立場から周囲の理解を得られぬばかりか追われる身に…それはそれで非常にロマンティック……」
妄想癖は前世の頃から何も変わっていないようなので相手にしないことにする。
俺は平穏な生活を望むんだ。
畑仕事でもしながらのんびり暮らしたい。
「い、いや、それは現実的ではないので一旦忘れてくれ」
「…では、どうすればいい?」
その後俺は、魔族と人間の戦争を終わらせる作戦を丁寧にティアラに伝えていった。
〇
前線で睨み合いを続ける魔族と人間、俺は悠然と魔族の最前線に立ち叫ぶ。
ザワザワガヤガヤザワザワガヤガヤ
「我は魔王なり!勇者よ出てこい!!それとも怖気づいて逃げ出したか小便臭い小娘め!!!」
デテコイユウシャー
オトコノコカンヲケリアゲルナンテゴクアクヒドウダコノアクマメー
ニゲルナヒキヨウモノー
「懲りずにまた姿を現したか魔王め!再び貴様のシンボルを蹴り上げてやる!!今度こそ使い物にならなくしてやるわ!!!」
ゆ、ユウシャサマガンバレー
ソレハサスガニヒドイデスー
え?ちょっと?打ち合わせの時より表現が過激になってるけど演出だよね?
人間側も少し引いてるし。
「今日は勇者が卑怯な真似が出来ぬよう、先祖代々伝わる『相撲』で勝負だ!」
ザワザワ…オイスモウッテナンダ
ガヤガヤ…オ、オレハシッテイルゾ
「『相撲』であれば我ら人間の得意とするところ。負けたとしても言い訳するんじゃないぞ!!」
ザワザワ…ス、スモウッテナンダ
ガヤガヤ…ユ、ユウシャサマガンバッテクダサイ
魔族側も人間側も話について来れていないが、まぁ今回初めて言ったから知らなくて当然である。
それをさも当然のように強引に話を進めて双方疑問を挟ませない。
こういうのは勢いが大切だ。
「では静粛に勝負だ…勇者よ……」
「覚悟は良いな魔王よ…」
魔族、人間両陣営が静寂に包まれる。
魔王と勇者、互いに中腰の姿勢で視線を交わせ……
「「はっけよい………」」
トンッ
「「残ったぁぁぁぁ!!!」」
人間と魔族、双方の歴史に残るかもしれない一戦かが幕を開けた。