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「あら、あなたも親がいないの?私もなんだ」
「そうなの?」
「うん。いないのも同然って感じ」
「…えっと、家にはいるけど、面倒見てくれないってってこと?」
「家にもいなし、面倒も見てない。私はあの人たちなんていなくても、やっていけてるけどね」
「そうなんだね。あ、ごめん、本当に行かなくちゃ。あ、お金は…」
「いいよ。次会った時で」
「そう、ありがとう」
「うん。またね、サム」
「じゃあね、ベル」
偽名で呼び合う二人が、別れを惜しむ。透日はカウンターチェアから降り、自分の席へ戻っていく。
客が増え、思うように進めないでいると、先にハルが透日の姿を見つけた。
「あー先輩!もー、遅いですよー。何してたんですか?俺を置いてどっか行かないでください!」
「遅くなってごめん。けど、すごいんだよ。さっき偶然ベルと会ったんだ。あ、ベルはこの前言った女の子のことで…」
「ベル?誰ですかそれー」
「だから、この前会った…」
「もーどこにも行っちゃダメですよ。みんな勝手にいなくなるんだから」
「みんな?誰のこと言ってるの?」
「それより、もう一杯だけ飲みません?これで最後にするから!」
ハルがパチンと両手を合わせる。
「…まぁ、ハルがいいならそれでいいよ」
噛み合わない会話に、これ以上何も言わないことにした。
「ありがとうございます!」
結局、透日たちは閉店間近まで留まることになった。
—こうなるなら、ベルも誘って一緒に飲めばよかった
透日は今にも弾けそうに熟した心を、氷が溶け切った水で薄めた。