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バーテンダー曰く、おしゃべりが好きだから、わざわざ出向いて接客しているのだと言う。
透日がカウンターに着く。
「いらっしゃいませ。ギムレットになさいますか?ウィスキーやワインも取り揃えておりますよ」
「あ、いや…。僕はー」
「オーロラを、二つね。私につけておいて」
ふわっとした甘い風が、透日の言葉を遮る。
「え?」
「かしこまりました」
透日の返事を待たず、バーテンダーがカクテルを準備する。
「あの…」
横を向くと、黒いワンピースに黒いパンプスの女性が、脚を組み座ってた。
「こんばんは。私のこと、覚えてる?」
「あ、君は…もしかして」
思わず目を見開く。透日が会いたいと願っていたあの彼女だと、すぐに分かった。
「また会えて嬉しい」
女性は両手を合わせ頬に添える。
「僕も…。ま、まさか、こんな所で出会えるなんて…」
「ありがとう。あなたもピアノが好きって言ってたから、もしかしたらって思っていたの」
「そうだったんだ、偶然ですね。あ、僕たちさっき来たところなんですよ」
「本当に?それなら、私にもやっと運が回ってきたってことね」
「お待たせしました」
バーテンダーがグラスを差し出す。
「ありがとう。さ、あなたの分よ?」
「え、あの…。あ、ありがとうございます…」
「ねぇ、敬語止めない?私たち、もっと仲良くなりたいの」
「そ、そうだね…。そうしよう」
「私はベル。あなたは?」
「と…サムって言います…。あの…よろしく」
「こちらこそ」
露華の唇がグラスに触れる。紅く官能的な魅力。ヴァーチャルだと理解していても、鼓動は収まらない。