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透日は繰り返しデイヴィットの曲を聴いていた。三分経ったとは思えず、何度も再生ボタンを押す。もっと早くに知っていれば。そう思っていても時間は戻らない。
彼の初期作品は、耳に残りやすい王道のメロディが多く、後期になるにつれて複雑で不穏な作風へと変わっていった。
デイビットはピアノ以外にも、映画音楽やポップシンガーへ楽曲提供をしていた。
長くない創作人生の間で、精力的に活動してきたことが分かる。
「水族館、着きましたよ!」
ハルの声に気づき、透日は音楽を止める。
水族館と言っても、水槽はなく規模も小さかった。
しかし、中に入ると視界だけでなく、音や温度が全身を包み、海中に潜ったような感覚にさせた。
それだけではなく、再現された魚たちが回遊し、一緒に泳いでいるような臨場感を楽しむことができた。
よく見ると模様や皮の質感も、個体ごとに異なっている。
透日と茉璃は魔法のような出来事に、何が起こっても驚かなくなっていた。
「生物の起源は海から始まったとされており、未だ解明されていない謎が多く存在しています—」
ガイド音声を聴きながら進んで行く。
内側に海がなくても、技術によって疑似体験ができる。だから、内側にいる人たちは、"海"とは何かを認識できる。
とは言え、それは自分自身の体験と同等とは言えない。研究者や有識者たちの肩の上に立っているに過ぎない。
そして、海水は潮の味がするという事実は、魚を観察する目的の水族館に必要ないため、それは省かれる。
海は美しくて、広大でそして恐いということを、透日たちは灯台へ出かけた時経験した。しかしまだ、海水が塩辛いことを知らない。
程なくして、茉璃が立ち止まる。
「ハルお兄ちゃん、なんだか暗くなってきた?」
「あぁ、深海に入ったからだね。ここからは、今までと違う不思議な魚が見れるよ」