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「露華、戻ってたの」

「さっきね。けど、すぐ潜るから。何か用?」

“潜る”とは、クレイドルを使って仮想空間に入ることを指している。

「別に用って訳じゃないけど…。たまには外出て、散歩でも行ってみたらいいのにって思って…」

 それを訊いた露華はハンナを睨みつけ、言い放った。
「アンタだって。私と大して変わらない生活してるじゃない」
残りのファジーネーブルを一気に飲み干す。そして乱雑にコップを置き、すぐに彼女のそばを離れて行った。

ハンナは、その後ろ姿にため息をつくことしか出来なかった。

 露華は革製のリクライニング型チェアに、ずっしりと身を沈めた。腕を定位置に置けば、一番楽な姿勢になるよう角度が調整される。

次に専用のヘッドホンを装着し、肘掛けの内側にある、開始ボタンを押した。すると、(おもむろ)に椅子の下から遮光用の薄い幕が出現し、繭のように露華を包み込んだ。

 妹のハンナとは、母親が違うため全く似ていない。

内側の世界では、無痛分娩、代理出産は当たり前。さらに、人口胎盤まで実用化されてきている。

露華の実の母親もまた、彼女を産んでいない。大金を(はた)いて代わりに産んでくれる人を探した。
子供は欲しいけど、痛いのは論外だしリスクも負いたくない。

一番恐れていることは、ご自慢の若さと美しさが保たれなくなることだろう。

母から直接訊いた訳ではないが、露華の中で見当はついている。

 倫理観は時代によって変化するものだ。何が悪くて、何が間違っているかを決めるのは当時の人間次第。

仮に、シンギュラリティを突破したAIが、倫理的な良し悪しを平等に判断することが出来たとしても、その根本的な基準を教えるのは、やはり人間なのである。

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