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透日はホースと毛がそり返えってしまったデッキブラシを手に取った。
蛇口を捻り水を撒いていると「ねぇ、ちょっといい」と今度は眼鏡の女ではない声が透日を呼んだ。
ブロンドヘアに緑色の瞳。桜坂クレンだ。
監視に来たのではない。透日は直感的にそう思った。
「あなた、シュン•クマルという名前の男知ってる?」
桜坂は水浸しになっている足元を気にせず近づく。
「えっと…、いや、知りません…」
透日は唐突な質問に困惑した。
たとえ出会った人物の中に、シュン•クマルがいたとしても、その名を打ち明けることはしないだろう。
あえてのそういう訊き方をしているのか。
「…本当に?」
腕組みし、透日の前に立った。
デッキブラシを握ぎりしめる。
「はい…すみません。そもそも、なぜ僕にそんなことを?」
「別に君だけに聞いてるわけじゃない。知らないならいい。もし何か気になることがあったら、ここに繋いで」