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 壁越しに男性の怒鳴り声が聞こえた。
体格がよく、力も強い。悪い噂が絶えない人物である。

彼が暴れても都はただ、耐えるだけ。
部屋の片隅で怯えるネズミのように。

それが外側に残された人間たちの末路の一つ。

透日は振り返ることなく自分の部屋へと向かった。
間に入って彼女を庇うほどの勇気はないし、巻き込まれたくないというのが本音だった。

「ほら、お兄ちゃん来た」

ドアを開けると同時に、茉璃の声が聞こえてきた。
間に入って彼女を庇うほどの勇気はないし、何かが変わるとも思えなかった。

「ほんとだ、すごいね茉璃ちゃん」

「でしょ?」

 ハルが家にきて1週間。
茉璃はハルをもう一人の兄のように慕うようになった。

リビングにいくと、布団は既に畳まれていて、透日分の弁当が用意されていた。
茉璃も珍しく早起きをしたようだ。

「ごめん、ハル。起こしちゃって」

「気にしないでください。ところで、何かあったんですか?」

「いや、たいしたことじゃないよ…」

「…そうですか、わかりました。それより先輩、今日も仕事ですか?」

「いや、久々に休むことにしたよ」

断ったがハルが無償で仕事を手伝ってくれたおかげで、どうにか激務の14連勤を乗り切った。

「お兄ちゃん、今日一緒にいれる?」

「うん、久しぶりに遊ぼう」

「やったー!嬉しい!」

茉璃はウサギのように飛び跳ねた。

—茉璃と遊ぶのは本当に久しぶりだ。

出会った時の印象は、感情の起伏が少ない物静かな少女だった。
だから年相応子供らしくはしゃぐ姿を見れて透日は嬉しかった。

「そういうことなら、お二人とも。海に行ってみません?」

「海…?こっちにもあるの?内側にしかないって思っていたけど…」

「少し距離があるけど、たどり着くはずです。見たらきっと感動しますよ。海って、俺らが想像している以上に大きくて果てしないんです」

「海って何?どんな風?」

茉璃が目を輝かせハルを見つめる。

ハルはしゃがみ込み、人差し指を立てて「それは行ってからのお楽しみ!」と微笑む。

「お楽しみー!お楽しみー!」

茉璃はハルの言葉を真似して、嫌になるほど繰り返した。

 念のためにと、透日はミネラルウォーターと乾パンをバッグに詰める。

これらは古傷の男と仕事をしている時見つけた物だった。「これはいい」と当たり前のように持ち出していた。

「あんたも持ってきなよ。気にしなくていい。あいつらにこんなものは必要ない。俺たちを咎めるやつなんて、いやしない」

あって困るようなものではない、と思い受け取った。役に立つ時が来たようだ。

生乾きの服に袖を通した二人は再び、変わらない空の下へ歩き出す。
シロイドが徘徊し、泥まみれになった若者たちが半裸のまま寝そべるいつもの光景

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