15
腰に鈍い痛みを感じながら起き上がる。
「透日くん、いらっしゃる?」
女性の声が聞こえる。
—きっと
「はい、今行きます…」
とりあえずの返事をする。
洗面所へ向かう途中、廊下で寝ていたハルを起こす。
今はまだハルの存在を知られたくない。
近隣住民に変な勘繰りをされても困る。
流石に家に入ってくることはないだろうから、リビングのドアを閉めて隠れるように言う。
チェーンロックをつけたままドアを開け、顔を確認する。
「お待たせしました…」
「あ、透日くん、ごめんなさい…。こんな時間に…。都ですけど」
シミが目立つ初老の女性が立っていた。所々、痣や傷が目立つ。
胸元で両手を摩っりながら、透日の様子を伺うような目線を向ける。
透日はチェーンを外し、再びドアを開けた。
「ああ、都さん。どうされました?」
「あの…水道がね…。出なくなって…。見てもらえる?」
「え、水道ですか?」
都は透日たちより先に住んでいる。外側にいる人間相応の容姿。
骨が浮き出るほど痩せた腕に、頭髪はストレスによって真っ白になってしまった。
「あの…無理かしら?」
「いえ、一回見てみます」
「本当?助かるわ…」
都の部屋も角部屋であるため、ここから正反対にある。同じマンションといえど少し距離が離れている。
都は片足を引きずりながら歩く。若い時に遭った事故が原因で悪くしてしまったらしい。
片目は白内障を患っており、今は仕事に着くことがままならず、貯金を切り崩しながら生活している。
他の住人たちとの交流は一切ない透日だか、都とだけは繋がりがある。
育児放棄された幼い透日を気の毒に思い、世話を焼いてくれた唯一の存在だった。
透日が大人になるにつれ、関わりは薄なりつつあるが都が困っているのなら、無下にすることはできない。
都の部屋へ入る。
透日たちと違い物が溢れかって散乱している。
洗濯物が室内に干してあるが、窓の外にも竿いっぱいにシャツが掛けられている。
テーブルには食べかけの弁当が二つ。
「台所ですか?」
「えぇ、昨日から出が悪くて…」
当然、透日に修理など不可能である。
元栓を捻り閉じられていないことを確認し、水が出るかどうか試してみるふりをする。
一昨日も、その前も同じことを言われ、同じように確かめた。
彼女もまた水道を止められたのだろう。この様子だと、説明しても結局繰り返しだ。
後ろで都が心配そうに透日を見つめる。
「すみません、僕には何も分からないです…」
透日が出せる答えの全てだった。今の透日には何もできない。
「そう…、分かりました。ありがとう。見てくれて」
「大丈夫です。また何かあれば言ってください」
「ええ。どうもありがとう…」
都の部屋を後にすると、すれ違いさまに少年が乱暴にドアを開け入っていった。
その顔に見覚えがある。都の一人息子だ。