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腰に鈍い痛みを感じながら起き上がる。

「透日くん、いらっしゃる?」
女性の声が聞こえる。

—きっと(みやこ)さんだ。出ないとまた来てしまう…

「はい、今行きます…」
とりあえずの返事をする。

洗面所へ向かう途中、廊下で寝ていたハルを起こす。

今はまだハルの存在を知られたくない。
近隣住民に変な勘繰りをされても困る。

流石に家に入ってくることはないだろうから、リビングのドアを閉めて隠れるように言う。

チェーンロックをつけたままドアを開け、顔を確認する。

「お待たせしました…」

「あ、透日くん、ごめんなさい…。こんな時間に…。都ですけど」
シミが目立つ初老の女性が立っていた。所々、痣や傷が目立つ。
胸元で両手を摩っりながら、透日の様子を伺うような目線を向ける。

透日はチェーンを外し、再びドアを開けた。

「ああ、都さん。どうされました?」

「あの…水道がね…。出なくなって…。見てもらえる?」

「え、水道ですか?」

都は透日たちより先に住んでいる。外側にいる人間相応の容姿。

骨が浮き出るほど痩せた腕に、頭髪はストレスによって真っ白になってしまった。

「あの…無理かしら?」

「いえ、一回見てみます」

「本当?助かるわ…」

 都の部屋も角部屋であるため、ここから正反対にある。同じマンションといえど少し距離が離れている。

都は片足を引きずりながら歩く。若い時に遭った事故が原因で悪くしてしまったらしい。

片目は白内障を患っており、今は仕事に着くことがままならず、貯金を切り崩しながら生活している。

他の住人たちとの交流は一切ない透日だか、都とだけは繋がりがある。

育児放棄された幼い透日を気の毒に思い、世話を焼いてくれた唯一の存在だった。

透日が大人になるにつれ、関わりは薄なりつつあるが都が困っているのなら、無下にすることはできない。

 都の部屋へ入る。
透日たちと違い物が溢れかって散乱している。

洗濯物が室内に干してあるが、窓の外にも竿いっぱいにシャツが掛けられている。

テーブルには食べかけの弁当が二つ。

「台所ですか?」

「えぇ、昨日から出が悪くて…」
当然、透日に修理など不可能である。
元栓を捻り閉じられていないことを確認し、水が出るかどうか試してみるふりをする。

一昨日も、その前も同じことを言われ、同じように確かめた。
彼女もまた水道を止められたのだろう。この様子だと、説明しても結局繰り返しだ。

後ろで都が心配そうに透日を見つめる。

「すみません、僕には何も分からないです…」
透日が出せる答えの全てだった。今の透日には何もできない。

「そう…、分かりました。ありがとう。見てくれて」

「大丈夫です。また何かあれば言ってください」

「ええ。どうもありがとう…」

都の部屋を後にすると、すれ違いさまに少年が乱暴にドアを開け入っていった。
その顔に見覚えがある。都の一人息子だ。

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