10
「ほら、見えてきた」。今度は透日が指を差す。
道の両側には3棟ずつ並んだ、5階建てのマンション。窓から赤ん坊の鳴き声や、男女の笑い声などが飛び交っている。
透日は右手前の角部屋を見上げる。
—いつもより遅い帰りになってしまった。きっとお腹を空かせてるんだろうな
茉璃は大体、透日の姿を探すためベランダに出ていることが多い。
時にエントランスまで出てきて待っていたことがあり、危ないから止めるようたった一回だけ、強く叱ったことがある。
すぐに後悔した。泣きじゃくる茉璃にどう伝えればいいか、分からなかった。
「部屋はこっちの棟。最上階だから、階段登るのしんどいかも」
「ま、まだ歩くんですね…」
建てられた時には動いていただろうエレベーターは、もう機能していない。電力の供給も制限させている。時間は朝の7時から20時まで。しかし、安定して送られるわけではなく、日によって変動し、一時停電するきともある。
全ては内側の人間たちの気分次第。
「言い忘れてたけど、妹がいるんだ。最近好奇心が旺盛で。もしかしたら、気に障ることを言うかもしれないけど、ごめん」
「大丈夫ですよ、俺子供好きなんで。それに、急に押しかけてきたのはこっちですから」
気さくで好青年な印象だが、まだハルの本性が見えてこない。
もし茉璃に何かあったらその時は…。
—考えすぎだな
部屋の前に到着し、透日は襟裳と首の間に手を入れ後ろに回す。
失くさないようにと、鍵をガムテープで固定し、肌に直接貼り付けていた。
器用に鍵だけはがしを取り、鍵穴に差す。
それを見ていたハルは、「え、先輩、それ何に使うんですか?」と聞いてきた。
「え、鍵を知らないの?」
「聞いたことはあります!けど初めて実物を見ました!」
「へぇ…。本当、向こうは不思議な世界なんだね。あ、どうぞ入って」
「あ、あざっす!」
ドアを引き、「ただいま、茉璃。帰ったよ」と言う透日の声と同時に、こっちにむかって「お帰り!」と言いながら走ってくる足音がした。