6
今回は特殊だ。テレビに洗濯機、パソコンすらある。
おそらく争奪戦前よりもっと前から、この国で生活し続けてきた人だ。
まだ領地が二つに分かれる前。まだ彼らが国民としての人権が守られていた頃。
「先輩、次何したらいいですか?」
ハルが汗を拭いながら聞く。
「次は家具を外に出そう。床を掃除しなきゃいけないから」
「了解です」
「そういえば、風呂場はまだ見てなかったっけ」
「あー…。風呂場見たんですけど…。あの…水とかないんですかね?とてもじゃないけど…その…」
ハルが言葉を濁す理由は分かる。そこに悪臭の根源があるからだ。
高齢者だけでなく、若くしてアルツハイマーや認知症を罹ってしまう人も少なくない。
たとえ家族がいたとしても介護などしている余裕などなく、置き去りにされ結果孤独死してしまう。
自分で排便の処理ができず、床や壁に汚物が散らばっているのだろう。
会社は必要最低限の道具しか寄越さない。
薄手のビニール手袋を二枚重ねにして、肘で口を押さえてながらドアを開ける。
ハルは既に顔を歪ませている。
便器の蓋は上がりっぱなしになっており、中は空の状態である。
便器もバスタブも本来の白さはなく、全体的に薄茶色になってしまっている。
しかし、そこら中にカビは生えているものの、そこまでひどく汚れてはいない。
バスタブを覗く。
「うっ…」
腐敗臭がした。ここで絶命したのか。底にはまだいくつかの水滴が乾かないでいる。
「先輩…?」
外からハルの声がした。
「バケツを外に出しておいてくれる?雨水で流そう」
「え?雨水で?」
「水道が止められているんだ。しょうがない」
「なんか色々と悲惨ですね…」
「そういうもんだよ。こっの世界はね」
ハルはどうしても無理だと言って外の空気を吸いに出た。透日はバケツに雑巾を潜らせ、濯いでは黒くなる水を交換し、汗だくになりながら作業をした。
この仕事が終われば日給が貰える。アパート代と一日の食費、光熱費がかさむ。明日も仕事がある保証はない。
頼れる親戚もいない。今はひたすら目の前の事に集中するしかない。
懸命な透日の姿を見て、ハルもいつの間にか家具を運び出していた。すると、黒く平たい何かを持ち「あ、これ、ニュースで見たことある!本当にこんなのあったんだ」と埃を拭う。
持っていたのは何十年も前に流行った携帯用ゲーム機だ。ディスプレイにヒビが入っていて、とても動きそうにないが、ハルはお宝を発見したようにはしゃぐ。
「それ何に使うの?」
透日は当然、見たことも触ったこともない。
「ゲーム機らしいですよ。まだゴーグルが開発される前、こうやってゲームを楽しんでいたんですね」
「ゲーム?」