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今回は特殊だ。テレビに洗濯機、パソコンすらある。
おそらく争奪戦前よりもっと前から、この国で生活し続けてきた人だ。

まだ領地が二つに分かれる前。まだ彼らが国民としての人権が守られていた頃。

「先輩、次何したらいいですか?」
ハルが汗を拭いながら聞く。

「次は家具を外に出そう。床を掃除しなきゃいけないから」

「了解です」

「そういえば、風呂場はまだ見てなかったっけ」

「あー…。風呂場見たんですけど…。あの…水とかないんですかね?とてもじゃないけど…その…」

ハルが言葉を濁す理由は分かる。そこに悪臭の根源があるからだ。

高齢者だけでなく、若くしてアルツハイマーや認知症を罹ってしまう人も少なくない。

たとえ家族がいたとしても介護などしている余裕などなく、置き去りにされ結果孤独死してしまう。

自分で排便の処理ができず、床や壁に汚物が散らばっているのだろう。
会社は必要最低限の道具しか寄越さない。

薄手のビニール手袋を二枚重ねにして、肘で口を押さえてながらドアを開ける。
ハルは既に顔を歪ませている。

便器の蓋は上がりっぱなしになっており、中は空の状態である。

便器もバスタブも本来の白さはなく、全体的に薄茶色になってしまっている。

しかし、そこら中にカビは生えているものの、そこまでひどく汚れてはいない。
バスタブを覗く。
「うっ…」
腐敗臭がした。ここで絶命したのか。底にはまだいくつかの水滴が乾かないでいる。

「先輩…?」

外からハルの声がした。

「バケツを外に出しておいてくれる?雨水で流そう」

「え?雨水で?」

「水道が止められているんだ。しょうがない」

「なんか色々と悲惨ですね…」

「そういうもんだよ。こっの世界はね」

ハルはどうしても無理だと言って外の空気を吸いに出た。透日はバケツに雑巾を潜らせ、濯いでは黒くなる水を交換し、汗だくになりながら作業をした。

この仕事が終われば日給が貰える。アパート代と一日の食費、光熱費がかさむ。明日も仕事がある保証はない。

頼れる親戚もいない。今はひたすら目の前の事に集中するしかない。

 懸命な透日の姿を見て、ハルもいつの間にか家具を運び出していた。すると、黒く平たい何かを持ち「あ、これ、ニュースで見たことある!本当にこんなのあったんだ」と埃を拭う。

持っていたのは何十年も前に流行った携帯用ゲーム機だ。ディスプレイにヒビが入っていて、とても動きそうにないが、ハルはお宝を発見したようにはしゃぐ。

「それ何に使うの?」

透日は当然、見たことも触ったこともない。

「ゲーム機らしいですよ。まだゴーグルが開発される前、こうやってゲームを楽しんでいたんですね」

「ゲーム?」

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