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第42話 冒険の準備(後編)

ダークヘルム、軍本部道場-

今俺は魔王軍本部にあるフレイム流格闘術の道場にいる。

取り急ぎ道場を用意したものの、フレイム自身が自分の『型』に関して大いに悩んでいるようで、自信を持って人に教えられるものが出来るまでは弟子を取らないと言っている。

フレイムに今までどうやって戦っていたのか聞いてみると、力一杯殴った、と回答があった。
防御についても尋ねると、歯を食いしばって我慢、と言っている。

「……………」

確認せずに任せてしまった俺の落ち度だ。

俺はフレイムにも詫びを入れ1日だけ時間を貰うことにして、その日は道場を後にした。

その夜、ダークヘルムの宿屋で柔道と合気道の通信講座のポイントをまとめた資料と、バ〇26巻・27巻を用意した。
筋肉を追い求めた格闘家が筋肉を捨て、究極の脱力『消力(シャオリー)』を身に付ける巻を抜粋したものだ。

力を追い求める魔族にとって、力以外の強さ、というものを考える切っ掛けになればいいだろう。


翌日-

再び道場にて、俺はフレイムと対面する。

今日もフレイムと手合わせする予定だが、今回の冒険の為に身に付けた手加減魔法を応用し、俺とフレイムが同じステータスになるように調整した。

これで互いにハンデはない。
テクニックと経験で勝敗が決まる。

といっても通信講座であらゆる格闘技の神髄を身に付けてしまった俺にはまだ歯が立たないだろうがそれでいい。

しばらくの間互いに相手の出方を伺うが、今回も俺は先手を取るつもりはない。

技術を伝えるには後の後の方が伝えやすい。

今まで力任せに戦ってきたフレイムは、やはり待つことが苦手なのか1分も持たずに直線的な動きで俺につかみかかってくる。

俺はそれを足の運びだけで軽く交わすと、フレイムは勢い余って前のめりになり地面に手をつく。

「どうしました? もう終わりですか?」

俺が煽ると、フレイムは悔しそうに立ち上がる。

俺が右手でフレイムの顔を分かり易く殴る仕草を見せると予想通りフレイムは上半身の動きでそれを大袈裟に避ける。

しかし俺の右の拳はフェイントで、隙だらけになった脛をつま先で軽く蹴る。

「ぐっ!?」

フレイムは脛を押さえてうずくまる。
脛は痛いよね。

「もうやめますか?」

「ま、まだまだだ!」

フレイムは懲りずに大振りで殴りかかってきて、俺はそれを軽くいなす。

いなされたフレイムの体勢が崩れたところに足払いをかけると、フレイムは無様に地面に転がる。

このやり取りを何度か繰り返している内にフレイムの動きに精細さがなくなってくる。

そろそろ頃合いかな?

「では、これで最後です。」

用意したコミックの消力(シャオリー)を身を持って体験してもらおう。
力だけが全てではないんだぞ。

無造作に近づいた俺に、チャンスと思ったのかフレイムが俺の顔に向かって拳を振るう。

当たった、とフレイムが歓喜した次の瞬間、俺はシャオリーによって落下途中の落ち葉のようにフレイムの攻撃を回転していなす。

その回転の勢いのまま今度は攻撃に転じ、その流れでフレイムの腹を拳で打つ。

あ、やべぇ。やり過ぎたかも。

とんでもない勢いでフレイムが弾け飛ぶ。

「ぐはっ!」

壁に叩きつけられたフレイムは口から血を吐く。
俺は慌ててフレイムに駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!?」

「お、お師匠様……」

最後に訳の分からない事をいいながらフレイムは意識を手放した。




「お、お師匠様ぁああ!!」ガバッ

一瞬死んだかと思って焦ったがすぐに寝息が聞こえてきたので安心してそのまま放置した。流石四天王。

待っている間、バ〇シリーズを1巻から読み進めていたのでまた強くなってしまった。
紐切りやば過ぎ。

「いいえ、私は佐藤です。貴方のお師匠様ではありません。」

「ま、魔王様!俺は猛烈に感動している!!」

フレイムが凄い熱量で俺の肩を掴んで揺する。
暑苦しいので離して欲しい。

「強さには色々な種類がある!!俺の今までの世界はなんて小さかったんだ…」

そう思ってくれたら本望です。
『柔よく剛を制す』とはいっても、結局は力がモノをいうが、それは互いに達人同士の場合の話だ。

戦術の幅を広げる為にも多くの事を学んでほしい。

そうして俺はフレイムに柔道と合気道の通信講座と、バ〇のコミックを手渡し道場を出た。

そこに格闘技の神髄が詰まっている、と大袈裟に伝えておいたので少しは真剣に見てくれるだろう。

迷宮から帰ってきた時のフレイムの変化が今から非常に楽しみだ。


ナイトクリーク、ドワーフ達の鍛冶場-

いつもだったら外まで響くドワーフの大声や鉄を叩く音が、入口まで近づいても今日は全く聞こえてこない。

誰もいないのかと扉をゆっくり開ける。
鍵は掛かっていない。

「……スミスさーん、いらっしゃいますかー?」

呼びかけながら中に入る。

「「「「「「スヤスヤスヤスヤスヤ」」」」」」

月明かりに照らされた鍛冶場に、つい今まで鍛冶をしていたかのようなスミスとドワーフ達が泥のように眠っている。

そのスミスの傍らに、無骨な逆刃刀が月明かりにキラリと光る。

なんの装飾もない無骨な作りだが、職人の魂が込められたであろうその刀は息を飲む程美しい。

「魔王様、つい先程完成したようだ。」

奥の部屋からガイアが姿を現す。

「魔王様も人が悪いぞ。オリハルコンを用意するなんてな」

ガッハッハとガイアが愉快そうに豪快に笑う。

我が家をDIYで古民家を改築してる際に庭から出てきた石を、たまたま側にいたはちべえがオリハルコンだと教えてくれた。
庭から採掘されるなんてこの世界のオリハルコンは希少価値高くないんだなーと思っていたのだが。

「5日後、と約束した後にオリハルコンなんか出すもんだからスミス達は一睡もしないで死に物狂いで作っておったわ。普通オリハルコンの剣一本作り上げるのに3カ月は必要とされているそうだぞ?」

なんてこった。
流石にそれは申し訳ないことをした。

「まぁ期間が長かろうが短かろうが、どちらにせよこ奴らは寝ずに作業しただろうな。それ程までにオリハルコンを鍛える、というのは職人たちにとって憧れらしい。」

「それは申し訳ない事をしました。今日は皆さんお疲れみたいなので明日朝また取りに伺います。」

流石にスミスさん達が寝ている間に持って帰るのは気が引ける。
お礼も言いたい。

「スミスからは魔王様が見えられたら渡しておいてくれ、と伝言を預かっておる。ついでに魔王様と出会えて我らは本当に幸せだ、ともなw」

「………そうは言われましてもねー」

「恐らく魔王様は礼を言おうとするだろうが、お礼の後に顔を合わせるのは恥ずかしいから絶対に受け取らせてそのまま帰らせて欲しい、とも頼まれておる。」

先手を打たれてしまったが、このまま無視して帰るってのも流石に気が引けるが…。

「あ、そしたらガイアさん。スミスさん達が目を覚まされたらお礼と一緒にこれを渡しておいて下さい。」

樽入りの日本酒をそのまま渡そうと思う。
きっと彼らにとっては一番のご褒美となるだろう。
来年以降はドワーフ達の為にもっと用意しないと足りないな。


何はともあれこれで冒険の準備は整った。
魔神の件は何も解決していないが、なんとなく迷宮に行けばまた魔神が会いにくる気がする。

待ってろ深淵の迷宮!

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