第41話 冒険の準備(前編)
ゾラスと冒険の約束をしたが、互いに一応責任のある立場の為すぐに出れる訳ではない。
互いに、後任への引継ぎや冒険の為の身支度などの準備を終えて、1週間後に出発することにした。
我が家の家庭菜園は農業・畜産担当のゼファにお願いした。
最初は自分も行きたいと不平不満を述べていたが、目的が『深淵の迷宮の踏破』と知ると急に快く引き受けてくれた。
挑戦を求める魔族の中で、さらに好奇心の強いゼファですら行きたがらないクエストとは…不安が頭をよぎるがもう今更だな。
ゼファへの引継ぎが終わると、次はゼファを含めた役割ごとの現状の確認と、俺が不在にしている間の指示に取りかかる。
最長で3カ月の期間不在にする為、俺のせいで改革を遅らせる訳にはいかない。
農業・畜産-
「おぉー!凄いじゃないですか!!もうこのブロッコリー収穫できそうじゃないですか!!」
「……………」テレテレテレ///
流石に家畜は3カ月程度ではただ可愛いだけだが、農作物は収穫できそうなものがチラホラ増えてきている。
嬉しそうにテンションを上げる俺を見てブロリーも嬉しそうに照れている。
異世界の不思議パワーの影響か、枯れ果てた大地も徐々に潤いを取り戻し、ブロッコリー以外も大豆や米の成長も著しい。
どれも筋肉の成長にも必要なモノばかりなので、育てている皆も楽しそうに働いてくれている。
この分なら今育てている野菜は任せていても問題はなさそうなので、余裕が出てきた農作物担当のメンバー達に次なるテーマを提供する。
魔族の根本的な『飢え』の問題を解決する為に、比較的育てやすい『いも類』と、長く保存できる『玉ねぎ』の栽培を始めることにする。
簡単に栽培方法をまとめた資料を渡したら、ゼファ含め全員が興味深そうに確認しながら意見を出し合っていた。
非常に良いチームに育ってきている。ゼファに任せて正解だったな。
俺は激励にブロッコリーを調理した。
調理といっても非常に簡単なモノだが、調理問概念自体無かった魔族と比べればまだまだ一日の長がある。
ふっふっふ、ブロッコリーの本気は『芯』にあるのだよ。
捨てる人も多いが個人的にブロッコリーの一番美味しい部分は芯だと思う。
ブロリーさん、俺のこと拝むのはやめて下さい。
魔族学園高等部-
「アクアスさんまずはこれを…」
例によって白衣姿のアクアスに黒い縁の眼鏡を手渡す。
「まず身に付けて下さい。なんで付けてないのですか?」
「………」スチャ
俺は黒縁メガネと白衣のアクアスと一緒に学園の授業風景を廊下から覗く。
今回の改革から導入した『チーム制度』は、お世辞にも上手くいっているとは言えない。
当然である。
「先生、この場合サポーターはどう対処するべきでしょうか?」
「うむ、いい質問だな。こういう指揮官が倒れた時、頼れるのは自分たちの筋肉だけだ。この場合のサポーターは最前面を陣取りチーム全体を鼓舞するんだ!」
「いやいや、指揮官不在で前に突っ込むのは自殺行為でしょ!?」
「………」
本来教えるべき立場のはずの教員も未経験の為、生徒の質問に答えられないことが多々あるから授業が中々進まない。
ただこればかりは時間と経験を積み重ねていくしかないと考えている。
アクアスには、魔族の戦い方に疎い俺があーだこーだ言ったところで説得力がないので、教師・生徒で意見を出し合って、自分たちなりの『チーム』の型を作って欲しいと伝えてある。
今はその試行錯誤段階である。
おおいにぐちゃぐちゃになって欲しい。それ自体も大きな財産となっていくはずである。
「「「筋肉が正義!!」」」
多分…。
アクアスには黒縁メガネと白衣はワンセットである、という事を念押しして学園を後にした。
ナイトクリーク、ドワーフ達の鍛冶場-
「おぉー魔王様!待っておったぞ!!早くこれを見てくれ!!!」
ドワーフのスミスは俺が心待ちにしてくれていたようで、鍛冶場で俺の姿を確認した瞬間筋トレ機器の試作品を運んできた。
「魔王様、凄いぞこれは!!筋肉トレーニングの革命と言っても過言ではないぞ!!」
ガイアもテンション高めに、ご無沙汰の挨拶も忘れて俺に顔を近づけてくる。
スミスもガイアも至近距離で顔を見合わせるには少しむさ苦しすぎるので自重して欲しい。
「魔王様今まで体験したことのない箇所、足の内側の筋肉痛が半端ないのだ!気持ち良すぎるぞ!!」
黙れこの変態が…喜んでもらえて何よりだ。
「スミスさん始め皆さんお見事です。私の想定以上の出来栄えです。」
実際映像を見せて、口頭で俺が補足説明しただけで、現代日本の下半身強化専用のトレーニング機器を作り上げてしまった。
「いやいや、久し振りに我らの腕を見せるに値する作品に出会えたわい!こちらこそ感謝じゃ!」
スミスの後ろで他のドワーフさん達もうんうんと頷いている。
皆が満足してくれているようで俺も一安心だ。
「そんなスミスさんたちに新たな依頼がございまして…」
そういいながら俺は、魔王便利魔法(悪魔の模倣)によって作りだした某人切りコミック全28巻を魔法道具のアイテムボックスより取り出した。
「このコミックに登場する『逆刃刀』を、俺専用に作っていただきたい。…できますか?」ニヤリ
コミックをパラパラと流し読みしていたスミスは俺の方に視線を送り挑戦的な笑みを浮かべる。
「魔王様よ…その挑発のってやろう」ニヤリ
流石職人気質、話が早い。
「5日後にまた来てくれ。申し訳ないが、それより早くは無理だ。」
「ありがとうございます、それで十分です。これは皆さんでお飲みください。」
ドワーフ達は、俺が手土産に持参した日本酒に歓声を上げながらる〇剣全巻を持って部屋に引っ込んでいった。
俺は渡しそびれたオリハルコンを鍛冶場に残しその場を後にした。
これで俺の武器の問題は解決だ。
---
--
-
オイオキロ……マオウヨ…オキテクレ……
「随分久し振りだな。こちらがどんなに呼び掛けても反応しなかった癖に…」
「それはすまん。私にも色々事情があってだな……」
久し振りに見る魔神はどこか疲れて見える。いつにもまして素直だし気持ち悪い。
「それで久し振りにどうした?まさか俺の顔を見る為とは言わんだろ。」
「あーなんだ、そのーあれだ。いく……のか?」
「何の話だ?俺とお前は言葉を省いて会話が成立するほど親しくないぞ?」
まどろっこしくて少しイラついた俺は辛辣に返す。
それでも尚魔神は話しにくそうに俺の顔を伺いながら沈黙を続ける。
「用がないなら帰るぞ?帰り方わからんけど。」
「『深淵の迷宮』に行くな。」
今度はどストレートに来たが余りにも説明が足りていない。
「何故だ?意味がわからん。」
「理由は…言いたくない。だが行くべきでは、ない。絶対にだ。」
言わない・言えない、ではなく言いたくない…か。
「残念だがそれは出来ないな。俺は俺の平穏な暮らしの為にも絶対に『古の魔神の心臓』を手に入れなければならない。」
「!!!」
俺の言葉に魔神の表情が大きく歪む。
「勝手にしろ馬鹿者!!バーカバーカ!!」
「よし今こそケリを付けるぞ魔神よ」
子供みたいな捨て台詞を吐いた魔神は、俺が拳を握り込む頃には既に目の前から消えていた。
一体何のつもりだあの魔神は…深淵の迷宮に一体何があるというのか。
あんなこと言われたら気になって絶対にいくに決まっているだろうが…