第二十六話 ランチビュッフェ
その日は朝から雲ひとつない快晴。
才吉と煉は森の中を歩いていた。以前歩いた時と違って、今日の気分は晴れやかだった。
森の自然はますます美しさを湛え、その息吹が頬を優しく撫でる。二人の後ろには八重と竹子、そしてたくさんの町の人の姿がある。思い思いの手土産を持ち、誰もが嬉しそうな表情に溢れていた。
商店の主人などは果実酒のボトルを二ダースも背負い、酒場の女将に至っては大きな酒樽をたくさん積んだ荷車を家畜に引かせている。農家のまとめ役の老人も、負けじと米俵を家畜に引かせる。狩人の夫妻は大きな袋一杯に獣の燻製肉を詰め、教会の薬師は背負いカゴ一杯に野菜や山菜を入れてそれを担ぐ。
行き先はもちろん外れ村。この日はディアーナが村長となって初めてのランチビュッフェの日であった。記念すべきこの日に、彼女は狩野町の人々を村に招待したのだ。
やがて木々の間から姿を見せる丸太づくりの家々。村の入口に立つ人物に気付き、竹子がたまらず走り出す。その人物は彼女を優しく抱きとめると、町の人々に声をかけた。
「いらっしゃい、みんな。よく来てくれたわね」
どこかぎこちなさを見せながらも、にこやかに出迎えてくれたのはディアーナであった。
村の中央広場のテーブルにはたくさんの美味しそうな料理が並び、どこからか陽気な音楽が聞こえてくる。準備のため忙しくも楽しげに動き回る村人たちの中には、リヒャルトが都から移住させたという数人の男性エルフや、ワルターが送った守備兵たちの姿もあった。彼らはもうずいぶんと村に馴染んだようで、その表情や振る舞いは実に自然体に見える。
ディアーナと煉が順番にスピーチを述べた後で、ランチビュッフェは始まった。狩野町の招待客らもあっという間にエルフたちの中に溶け込み、賑やかで笑いの絶えない宴が繰り広げられる。
才吉は嬉しかった。もちろん、まだそれほど付き合いの長い人たちではないし、初めて見る顔だってたくさんある。それでも彼には、外れ村の人々が再び笑顔を取り戻せたことが堪らなく嬉しかった。
一頻り料理を堪能した後で、休憩している才吉の元に一人の人物がやってきた。それは慣れない酒で顔を赤くしたディアーナであった。彼女は才吉の隣に座り込むと、彼の肩をグイと引き寄せる。
「ちょっと、ケンセイ。こんなところで何しているのよ?」
「え? ディアーナさん? あの、大丈夫ですか?」
心配する才吉をよそに、ディアーナは上機嫌であった。すると今度は反対側に若い男が座り込む。それはディアーナと同じくらいに酔っぱらった煉であった。
「はは、才吉くん。楽しんでますか?」
「うそ、煉さんまで? う、二人とも酒臭い」
「まあ、そう言わずに。私のグラスを貸しましょう」
「いえ、その、僕の国ではお酒は二十歳を過ぎないとですね……」
煉が強引に渡したグラスに、ディアーナが容赦なく酒を注ぎ入れる。ほんのり赤く色づいた果実酒は、陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
「はて? 鶴賀の国にそんな決まりあったかな? でも才吉くん、心配いりません。この国では十五を過ぎれば飲めるんです」
「煉、それは間違いよ」
ディアーナがそう言って煉を指差す。どうやら彼女は煉の暴走を止めてくれようとしているらしい。そう思い、才吉はホッと胸を撫で下ろす。
「ここはエルフ国、あなたの国じゃないわ」
「なっ、間違いってそういう意味ですか?」
才吉は焦った。どうにか逃げる手立てを考えなくては。そんな彼の目の前に、果実酒のボトルを両手に鷲掴みにしながら座り込むもう一人の女性がいた。
「情けないわね、那須野くん。いっぱしの男が、何をチビチビやっているのかしら?」
それは安室であった。怪我はすっかり回復し、以前ほどではないが髪型も徐々に戻りつつある。逃げることを諦めかけた才吉をよそに、宴はまだまだ終わる気配はなく、結局一晩中続けられた。
後で才吉が知ったところによると、酒を飲んで騒ぐこの宴は亡くなった人々への弔いの儀も兼ねているとのこと。死者が安心して旅立てるようにとの思いを込めて、残った人々はいつも以上に酒に酔い、笑い、楽しむのだという。見る人によっては不謹慎と捉えられそうなこの習わしが、才吉にはなぜかとても素敵なものに感じられた。