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第十八話 石の鼓動

「物理攻撃しか手段がないのなら、魔法種との戦闘は避けるべし」

 才吉の脳裏にそんな母の言葉がよぎった。
 魔法人形(ゴーレム)には大きく分けて人工物と自然生物の二種類が存在する。前者は土属性魔法、後者は使役属性魔法でしか操れないため、目の前の魔法人形(ゴーレム)が自然生物であることは疑う余地はない。その正体は魔法種が表面に土や石を纏ったもの。精霊などと同様、本体部分である魔法体に物理攻撃はほとんど効かない。また骨格を持たないため、その形状は変幻自在。攻撃の際も前振りや溜めが一切無く、対処することは非常に難しい。当然、関節技や絞め技をかけることも不可能だ。
 さらに魔法人形(ゴーレム)には痛覚や恐怖心がなく、こちらの攻撃に怯むことも逃げ出すこともない。この化け物を屠るには、その存在を破壊し尽くすしかない。
 正攻法としては、まず重量級武器などによる外殻の破壊、続いて内部魔法体への魔法攻撃という順番になる。注意しなければならないのは、近くに外殻の材料がある場合には破損箇所は復元されてしまうということ。
 そんな中で今の才吉にできそうなことはせいぜい外殻破壊くらいだが、それも石を砕ける拳があればの話。現時点では魔法人形(ゴーレム)の外殻の硬度と、第二層に達した才吉の攻撃力、どちらが上であるかは未知数である。
 彼が確実に上回っているのは、人狼(ワーウルフ)に匹敵するほどのスピード。それを頼りに攻撃を躱し続け、煉たちが戻るまで時間を稼ぐ。それが今の才吉に思いつく唯一の方策だった。
 才吉は足元に転がる石を拾うと、愛喜をちらりと見た。相変わらず三つの使役魔法(ワークレイバー)の主発現部位をフル稼働している。
「そういうことか。どうりで魔法人形(ゴーレム)の存在が知られていないわけだ」
才吉は目の前の怪物の特性を思い出したことで、ようやく状況を理解した。自分たちが魔法人形(ゴーレム)の接近に気付かなかった理由、それはこの怪物が前駆生体(ぜんくせいたい)という特殊な形態をとっていたからに違いない。
 前駆生体とは、使役獣の自然界における生存形態の一つ。体を小型のゼリー状に変えることによって、生命維持に必要なマナを最低レベルに抑えたものである。保護色で身を隠す能力があるため、通常その存在に気付くことは不可能と言われている。
 おそらく、愛喜といえども使役獣三体を通常形態のまま飼い続けることはできないのだろう。だから魔法人形(ゴーレム)だけは前駆生体という形態をとらせていた。あるいは、いざという時の奥の手としてわざと隠していた可能性もある。そして愛喜が先程からずっと三つの主発現部位をフル稼働し続けているのは、魔法人形(ゴーレム)を通常形態で安定させるのに大量のマナを送り続けなければならないから。才吉はそう判断した。

「四つの主発現部位を同時発動なんて……。第三層レベルというのは、これほどのものなのか?」

 才吉はそう呟きながら、改めて愛喜の実力に戦慄を覚えた。ただめっきり話さなくなったところを見ると、おそらく彼女にはもはや余裕などないのだろう。
 才吉は魔法人形(ゴーレム)に数歩近付くと、怪物めがけて力一杯石を投げつけた。その勢いは安室の飛石魔法(ストーンバレット)に匹敵するほどだが、石の体はいともたやすくそれを弾く。
 効果がないことは想定内、才吉の狙いは敵の注意を自分に向けることであった。だがそんな彼の思惑は外れ、魔法人形(ゴーレム)は挑発に乗ることなく安室に向かって進行を始めた。

「させるか!」

 才吉は地面を蹴り出す。敵の動きは人狼(ワーウルフ)に比べればずっと遅い。すぐに追いついた才吉は、体ごと敵の側面にぶつかる。だがそれは敵をわずかによろめかせただけで、バランスを大きく崩したのはむしろ才吉の方であった。

「くそ、なんて重さだ」

 即座に体勢を整え、魔法人形(ゴーレム)と安室の間に割って入る。そして才吉は、凄まじい拳と蹴りの連打を浴びせた。立て続けに鈍い音が響き、手足に痛みが走る。マナで強化した体でも、耐え難いほどの痛み。少しでもポイントを外せば骨までやられそうな硬さであった。
 だが常人離れした打撃の威力に、魔法人形(ゴーレム)もそれ以上進むことは叶わなかった。その隙に、安室は何とか壁際まで後退する。すると敵も諦めたのか、攻撃目標を才吉に切り替え襲いくる。
 付け根などどこでもいいと言わんばかりに体の表面を巡らせ振り回される両腕。時には体内に引っ込み、そうかと思えば突然生え出してくるその攻撃は実にトリッキーであった。人狼(ワーウルフ)のようなスピードはなくとも、動きが読めない分だけこちらの反応は遅れる。才吉は予想に反してギリギリの回避行動を強いられた。
 時折、避け切れずにガードすれば、受けた手足に顔をしかめるほどの痛みが走る。少しでも受け流し方を誤れば、体ごと持っていかれそうな衝撃だった。それでも紙一重で攻撃を凌げる要因が、この怪物の特殊な本能にあることは才吉にはわかっていた。
 それは模倣本能と呼ばれるもの。理由はわからないが、なぜか魔法人形(ゴーレム)は自分の主の形態を真似る欲求が強い。不定形の生物なのだから、本来なら腕を三本でも四本でも増やせるはず。だが目の前にいるこの怪物は、腕と脚を二本ずつ生やし二足歩行することに執着している。おそらく二本の脚は立ち上がってバランスを取るだけで精一杯。結果、攻撃は二本の腕に限られ、それこそが敵の猛攻を凌ぎ切るための生命線といえた。
 どうせなら関節の動きまできっちり真似ればいいのに、そういう部分はまるで人間らしくない。何とも身勝手な生き物だと才吉は思った。
 連戦の疲れやダメージは見た目以上に身体に蓄積しており、才吉の動きは徐々に精彩を欠き始める。魔法と同じく、転移者の身体強化能力にも限界はあるのだ。やがて数回に一度、回避行動に遅れが生じ始める。危うく顔面直撃を受けそうになり、才吉は慌てて額で敵の拳を受け止めた。体がずれ動き、わずかに切れた額から血が流れる。
 止むなく彼は後方へと後退った。そして敵が追撃に入ろうとしたタイミングに合わせ、真正面から体をぶつける。反動で才吉が後ろに倒れると同時に、ちょうど片足を浮かせていた魔法人形(ゴーレム)もよろよろと尻餅をつく。地面を伝わる振動を感じながら、才吉は必死に考えを巡らせた。すでに限界が近いこの状況で、どう行動すれば? 血と混じって額を流れる汗を袖口で拭いながら、彼は重い身体を持ち上げる。いつの間にか呼吸も乱れ始めていた。
 わずかでもいい、とにかく魔法人形(ゴーレム)の外殻を破壊しなければ。そうしないと、煉たちの魔法でこの怪物を仕留めることができない。そう自分に言い聞かせ、才吉は残りわずかな気合を全身に込める。
 そうして目の前の敵を見据えた瞬間、彼は魔法人形(ゴーレム)の様子がおかしいことに気付く。体を小刻みに震わせながら、なぜか立ち上がろうとしない。

「な、何だ……?」

 才吉はハッとした表情を浮かべ、二階の踊り場を仰ぎ見た。そこには肩で息をしている愛喜の姿があった。主発現部位の光も明らかに弱くなっている。

「そうか、僕だけじゃない。あいつも限界が近いんだ!」

 そう察した才吉の目の前で、魔法人形(ゴーレム)の震えはさらに大きくなる。彼は最後の気力を振り絞り地面を蹴ると、一点に意識を集中させながら凄まじい威力の膝蹴りを見舞った。粉砕には程遠いものの、魔法人形(ゴーレム)の外殻の一部にヒビが入り、その部分が鈍い音と共に地面へと崩れ落ちる。
 すぐさま間合いから離脱した才吉の目に飛び込んできたのは、中庭から走り込んでくる煉の姿だった。

「煉さん! 魔法を!」

 叫びに応じるように、煉は両手から火炎魔法(フレイ)を発動させる。床に座り込んだ才吉の目の前で、石の怪物は激しい炎に包まれた。それはまるで生き物のように外殻の破損箇所へと侵入し、内部の魔法体を焼き尽くしていく。そうして一頻り燃え上がると、魔法人形(ゴーレム)は大量の焼け焦げた石だけを残して沈黙した。
 二階には、手すりにだらりと寄りかかって意識を失っている愛喜の姿が見える。才吉はふらつく足に活を入れながら、安室のもとへと向かった。

「安室隊長、しっかりしてください」

 その声に安室はゆっくりと反応し、顔を上げる。

「大丈夫よ……。このくらいじゃ、死なないわ」

 才吉はホッとした。顔色からみて、どうやら内出血はなさそうであった。煉も、急ぎその場に駆けつけて来る。

「才吉くん、あれは? まさか魔法人形(ゴーレム)ですか?」

 その顔は予想外の事態に青ざめていた。

「はい。愛喜は噂以上の使い手でした」

 煉は俯いて頭を振る。

「なんてことだ……。こんなことなら先にこちらに来るべきだった。いや、それより怪我の具合は?」

「安室隊長は腕の骨と鎖骨が折れたようです。添え木と布で応急処置をして帆船に運びましょう」

「才吉くんは大丈夫なのですか? 全身傷だらけで、出血もしている」

「僕は平気です。そういえばディアーナさんは?」

「彼女なら大丈夫。問題ありません」

 そう言って煉は才吉に中庭の方を見るよう促す。そこにはたくさんのハーフエルフたちと、彼女たちに支えられたディアーナの姿があった。

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