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第十九話 決戦の地へ(其の一)

 エルフたちが安室の応急処置をしている間、才吉と煉は愛喜を縛り上げ、建物内の部屋を見回る。隠れていた数人の使用人に抵抗の意思はなく、ようやくここにひと通りの制圧が完了した。
 才吉らは中庭に置いてあった荷車に歩けない者を乗せると、入り江へと向かう。そこでは政と乗組員数人が、才吉らの戻りを待ち侘びていた。

「何とか成功したみたいだな。無事というわけにはいかなかったようだが」

「政、来てくれたんですね」

 煉が声を掛けると、彼は少し照れくさそうにこう言った。

「船で待ってるのも退屈だったからな。ついでに船医も連れてきてやったぜ。重傷者から順に診てもらえよ」

 頃合いを見て島に上陸した政たちは、どうやら才吉たちが負傷した場合に備えてくれていたらしい。普通はこの程度の海上輸送に船医は連れてこないはずだが、どうやら煉の言った通り情に厚い人のようだ。あるいは煉の人徳のなせる業か。そんなことを考えていた才吉に、政がこう声を掛けた。

「よお、ずいぶんと男前になったじゃねえか」

「え? 僕の顔、そんなにひどいですか?」

「いや、かっこいいぜ。痣と傷だらけでよ。これだけの女子供を助け出したんだ。男の勲章ってやつさ」

「はは、そうですね」

「よし、それじゃ船にご案内といくか」

 そう言って政は乗組員たちに指示を出す。才吉たちも安室の治療を船医に任せると、彼らの手を借りながら捕縛した敵を順次帆船へと運んだ。
 予想通り、島にはダークハーフエルフの女子供も捕らえられていたため、総勢百名近い人数になる。ありったけの小舟を使って運んだものの、全員が帆船に移った頃には空は薄っすらと明るくなり始めていた。
 ディアーナはハーフエルフたちと共に甲板に疲れ切った体を横たえると、あっという間にすうすうと寝息を立て始める。すでに煉が事情を説明したらしく、外れ村の人たちがダークハーフエルフの女子供を責めるようなことはなかった。
 そんな中、船室のベッドへと運ばれていく安室が、煉を呼び止める。

「煉、まさかわたしを置いて行くつもりじゃないでしょうね?」

「我慢してください、安室隊長。医者からも絶対安静と言われてるじゃありませんか」

「冗談じゃない! あの連中に一泡吹かせないと、わたしの気が済まないのよ!」

 大声を出したせいで怪我が痛んだのか、安室は一瞬顔を歪める。煉は担架に乗せられた彼女の傍らに膝をつくと、落ち着いた声でこう言った。

「気持ちは痛いほどわかります。でも、どうか我々に任せてください。犠牲になった人々の仇は、この手で必ず討つとお約束します」

 安室はそれでも何か言おうとしたが、しばらく煉の顔をジッと見た後で言葉を飲み込んだ。足手まといになることだけは避けなければならない。彼女はそう思ったのだと、才吉は直感した。
 黙って運ばれていく彼女を見送りながら、才吉は煉にこう尋ねる。

「煉さん。僕はご一緒させてもらえるんですよね?」

 煉は立ち上がると、才吉の方へと顔を向ける。そうして微笑みながらこう答えた。

「もちろんですよ。才吉くんさえよければ」

「よかった。安心しました」

 そう言ったものの、自分が満身創痍であることはわかっていた。少しくらいの休憩では、とても回復できそうにない疲労感が全身を覆っている。だからといって、歩ける内は煉とディアーナだけを行かせるような真似は絶対にできない。才吉はそう決心していた。
 すると、やり取りを近くで見ていた政が呆れたように言った。

「あれがお前の村の守備隊長かよ。おっかねえな。二か所も骨折れてんのに、闘志剥き出しだぜ」

「優しい人ですよ、彼女は。政の周りにはいないタイプの女性かもしれませんね」

「ふーん。ま、とりあえず船室に行くか。色々と話があるんだろう?」

「ええ。これだけ世話になっていながら図々しいですが、もういくつか頼みたいことがあります」

「遠慮するなって。俺とお前の仲じゃねえか」

 政は煉の背中を手の平で何度も叩く。煉は才吉の方を振り返ると、こう言った。

「陸に上がるまで。少し時間があります。才吉くんは休んでいてください。私は政と打ち合わせがありますので」

 才吉は「わかりました」と返事をして、船内に入っていく二人を見送る。

「ふう。さて、どうするかな」

 才吉は少し迷ったが、念のために診察を受けることにした。左腕の咬傷と額の裂傷からの出血はすでに止まっていたが、一応消毒しておいた方がいいと判断したからである。
 いざ治療を受けてみると、その内容に元の世界との大きな違いはなさそうであった。きれいな水で傷口を洗い、アルコール消毒する。そして煮沸消毒した布を傷口に当て、清潔な包帯を巻いてもらう。最後に数日分の抗菌薬を処方してもらった後で、才吉は甲板の隅で身体を休めることにした。床材の堅さや体中の痛みが気にならないほどの眠気に襲われ、彼はあっという間に眠りに落ちていった。
 やがて一時間ほどで、船は大和の港近くの海岸に到着。煉とディアーナ、そして才吉の三人は船内で軽い食事を済ませると、曳航されていた小舟に乗り込み陸へと向かう。
 捕縛した敵の軍への引き渡しや、安室の病院搬送、そして助け出したハーフエルフたちの一時的な保護などは全て政が引き受けてくれたようで、おかげで才吉たちは安心して約束の地へ向かうことができた。
 そうして州都に向かう船に別れを告げ、才吉たちは八重の待つ狩野村へと進路をとる。数日前とは打って変わり、道を歩く才吉の口数は少ない。わずか一時間程度の休憩では、激戦の疲れは癒えなかった。だが約束の時間は正午、ゆっくりしている暇はない。
 諸々の事情により、このような強行軍を強いられることになったが、それはむしろ都合がいいと煉は話す。なぜなら、時間が経てば人さらいの島の件が闇の熊の耳に入ってしまうからだ。そうなれば、敵に対策を練る時間を与えてしまうことになる。
 休憩を交えながら四時間ほど歩くと、三人の前にようやくエルフたちの住む広大な森が姿を見せ始めた。

「さて、少し早いですが、ここで食事にしましょうか」

 煉の提案で、川のほとりで早めの昼食をとることにした。各自座りやすそうな石を見つけ、そこに腰を下ろす。煉は手さげ袋からサンドイッチと水筒を取り出すと、それを才吉とディアーナに手渡した。パンの間に挟まれた塩気のある乾燥肉やチーズが食欲をそそる。歩き通しで才吉のおなかはペコペコだった。彼はそれを一口頬張ると、煉に話しかける。

「ところで、煉さん。この後のこと、本当に大丈夫なんでしょうか?」

「ん? ああ、そうですね。ここなら人に聞かれる心配もないですし、大まかなことだけ伝えておきましょうか」

 煉は水を一口飲むと、こう続けた。

「実は私と政の共通の友人にエルフ族の方がいまして、彼に助力を乞いました」

 すかさずディアーナが口を挟む。

「エルフですって? わたしの知っている人なの?」

「ええと、まあ、それは会ってのお楽しみということで。外れ村まではもう少しありますので、その方が気力も維持できるでしょう。お二人とも、ここで緊張の糸を切らせば倒れてしまうくらいのダメージを抱えているはずですから」

「なによ、それ? 話すんじゃなかったの?」

「とりあえず大まかなことだけです」

 不満げな表情のディアーナに代わり、才吉がこう尋ねる。

「その人物は、そんなに腕が立つのですか?」

「うん? ああ、もちろん。もし島に同行してくれていたら、かなり助かったと思います。でも彼には別の用事を頼まなくてはならなかった」

「いったい何を頼んだんです?」

 才吉の問いかけに、煉は爽やかな笑顔を向ける。

「ふふ、それは後のお楽しみです」

「は、はあ。そうですか」

 そんな煉の様子に才吉は少し安心したが、対照的にディアーナは憮然とした様子で頬を膨らましていた。

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