第十四話 愛喜のもてなし
「これは罠よ、煉」
「わかってますよ、アフロ隊長」
「……あなた今、アフロって言ったわよね?」
「え? 何のことです?」
小声でそんなやり取りをする二人を見て才吉は感心した。会話の内容からもわかる通り、二人には気負った様子はまるでない。戦いには平常心で臨むべきというが、それをここまで体現できる人も珍しいのではないか? そう彼は思った。
「ホールの向こう、正面奥に見えるのが中庭への出入口かしら?」
安室の問い掛けに煉が答える。
「ええ、見たところ扉は開け放たれたままですね。ホールの左右に並んだ部屋も同様。どうやら建物内部から中庭にかけて魔物が潜んでいるようだ」
「待ち伏せってわけね。だとすると、使役獣を一体ずつ四人掛かりで仕留める案は実行できそうにないわ」
「そうですね」
すると、ディアーナがこんなことを言った。
「一瞬だけど、中庭の方に赤い炎が見えたような……」
「あ、それ僕にも見えました」
即座に相槌を打つ才吉。煉はそんな二人にこう言葉を返す。
「情報では
彼はそう言うと、室内に足を踏み入れた。才吉たちも後に続く。壁の照明が放つ弱い光だけではホール全体を照らすには足りず、不気味な薄暗さが辺りを包んでいた。
彼らが退路の確保もせず、堂々と四人揃ってホールの真ん中に進み出たのには訳がある。一つは煉の話す第二案の前段階として必要なことだったため。そしてもう一つは、大胆な行動によって敵の油断を誘うためであった。ただし、後者について彼らはほとんど期待をしていない。そんなことに惑わされる者などいないと思ったからである。
だがそんな予想に反し、正面二階の踊り場に動く人影があった。
「何じゃ主ら? 泥棒はもっとコソコソするもんじゃぞ」
若い女性の声と共に、天井から吊るされた巨大なシャンデリアがガラガラという騒々しい音と立て、強い光を発した。
明るい光に照らし出されたその顔は、まるで西洋人形のように可愛らしい。だが表情は冷たく、蔑むような目で才吉たちを見下ろしている。小柄な体をゴスロリ風の衣装で包み、真っ直ぐ胸元まで伸びたシルバーヘアーには何かの紋章をかたどった大きな髪飾りをつけていた。
「くく、せめて壁を背にするとか、もう少しやりようがあるのではないか? それともまさか、もう降参などとは言うまいの?」
そう言って女は高飛車に笑う。どうやら見事に油断しているらしい。あれほど警戒した愛喜という人物が、これほど単純な相手とは。才吉がそう思った矢先、愛喜の額に銀色の紋様が光り輝いた。
直後、シャンデリアが大きく揺れたかと思うと、退路を遮るように何者かが才吉たちの背後へと降り立つ。一行の目に映ったその姿は、予想通り人間ではない。全身は銀色の毛で覆われ、顔つきは狼そのもの。手には鋭い爪を持ち、人間と同じように二本足で地に立っている。
「さっそくお出ましか」
才吉はそう呟くと、体の向きを変えその魔物を睨みつける。
突如、
「これだけでも十分じゃが、笑わせてくれたお礼に特別サービスじゃ」
愛喜は嘲笑を浮かべ、ゆっくりと右手を上げる。するとその手に銀色の光の紋様が浮かび上がった。それがもう一匹の使役獣とその配下を外から呼び込むための行動であることに疑う余地はなかった。
この瞬間を才吉たちは見逃さない。煉は中庭に向けて走り出すと同時に、出口付近の狼に対し両手から
才吉と安室も即座に出口へと走り寄り、煉たちの背後を守るように付近の防御を固める。肉の焼け焦げるにおいが周囲に満ち、二匹の狼は絶命した。
すっかり油断していた愛喜は対応が遅れた。素早い反応を見せたのは狼たちであったが、野生の本能が燃え上がった炎にその身を近づけさせなかった。狼など下級の魔物は愛喜が使役する二匹に付き従うだけの存在であって、
少し悔しげに窓の外を睨みつけた愛喜の目に映ったもの、それは裏庭に出た煉とディアーナが炎の群れに取り囲まれる瞬間であった。
「ふん、馬鹿め! 囲みを抜けたつもりがまた囲まれおった。くく、火の精霊に驚いておるわ。まさに飛んで火にいる夏の虫よ」
そう言って愛喜は才吉たちに満足気な顔を向ける。やはり単純な奴だと才吉は感じた。こちらが思惑通りに敵の分断に成功したことに全く気付いていない。
愛喜は再び嘲笑を浮かべると、こう言った。
「まずは貴様らから血祭じゃ。まあ、一分すらもたぬであろう。せいぜい楽しませてほしいものじゃな。きゃはは!」
次の瞬間、再び愛喜の額に紋様が輝く。才吉たちはサッと彼女から視線を逸らし、目の前の怪物に意識を集中する。その直後、命令を受けた