第十二話 祖母の手紙
翌日、才吉たちは再び部屋に集まり作戦会議を開いた。テーブルに置かれた柳家の報告書は、昨日の内にすでに全員が目を通していた。
「――そうなると、使役獣の動きにはいくつかの可能性が考えられるわね」
「ええ。ですからこちらもそれに応じて、いくつかの作戦案を練っておく必要があるわけです」
「うーん、なるほど」
四人がそんな会話をしていると、ふいに部屋の入口のドアを叩く音が聞こえた。
「あ、はい。今開けます」
才吉が返事をしながら走り寄り、ドアを開ける。そこには宿の従業員がにこやかに立っていた。
「狩野様宛に伝書が届いております。速達のようですね」
「わかりました。ご苦労様です」
才吉は手紙を受け取ると、従業員が立ち去るのを見届けてから三人の元に戻った。そして煉に手紙を差し出す。
「煉さん宛です」
「ありがとう、才吉くん」
「速達なんて、誰からかしら?」
安室の質問に、煉は封筒を裏返す。
「差出人は祖母ですね」
そう答えると、彼は手紙を開封した。目を通している間、才吉たちは黙って柳家の報告書を読み返す。しばらくすると、手紙を読み終えた煉が口を開いた。
「我々が村を発った次の日、つまり昨日ですが、村に役人が来たようです」
「役人?」
そう反応する才吉に、彼は続ける。
「見届け人として州議会から派遣されたらしいのですが、ようするに我々が逃げ出さないための監視役でしょう。予想はしてましたが……」
「大和の領主の手回しかもしれないわね。あるいは闇ギルドの」
安室の言葉に煉は頷く。
「え、じゃあ、すぐに村に戻らないといけないんですか?」
才吉がそんな疑問を口にすると、煉は頭を振った。
「あちらはそう要求していますが、祖母は突っぱねたようです。孫たちは期日までに必ず戻る、万が一戻らないときは自分を連れて行けと
「はは、確かに八重さんらしいですね」
才吉にはその光景が目に浮かぶようであった。煉の祖母は一見すると温和な印象だが、その実かなりの芯の強さを持っている。それはほんの数日一緒に過ごしただけの才吉にもわかることであった。
「見方を変えれば、あなたの祖母が人質にされたようなものね。これで引き渡しの約束を反故にはできなくなった、ということかしら?」
「祖母だけではないでしょう。我々が逃げれば、奴らは村人全員をほう助の罪に問うつもりです」
安室と煉がそう指摘をすると、それを聞いたディアーナが怒りをあらわにした。
「どこまで卑怯なのよ! あの連中は!」
彼女をなだめるように、煉はこう話す。
「まあ、いずれにせよ逃げるつもりはありませんでしたけどね。そのために、今ここでこうしているわけですから」
すると今度は、安室が問題の核心をつく質問を投げ掛けた。
「でもね、煉。外れ村の人たちを助け出せたとして、肝心の引き渡し当日はどうするつもり? おそらく闇の熊は総力戦で来るわよ」
「その件は、私の方で何とかします。とにかく皆さんは、村人の救出に意識を集中してください。それが成し遂げられないことには、何も始まりませんから」
才吉は、ふと昨日の前田家でのやり取りを思い出す。
「そういえば、煉さん。政さんとは別に訪ねる相手がいるって話してましたよね? 確か名前は……」
「あ、いや、才吉くん。それについては、とにかく私に任せてください。申し訳ないですけど、ちょっと口に出しにくい案件なんです」
「は、はあ。そうですか」
「なによ、コソコソと。らしくないわね」
「まあいいじゃない、ディアーナ。彼を信じましょう。きっと何か事情があるんでしょうから」
そんな三人に向かって煉はもう一度「申し訳ない」と詫びると、気持ちを切り替えるように言った。
「さ、話を戻しましょうか。使役獣の行動についてでしたよね?」
「ちょっと待って。わたしたち、ここにいて大丈夫かしら?」
突然発せられたディアーナの言葉。その意味がわからなかった才吉は、彼女にこう尋ねる。
「どういう意味ですか?」
「だって、狩野村に来た役人に居場所を知られたのよね? そいつらが州都の仲間に知らせれば、当然わたしたちを見張りに来るはず。こちらの行動は筒抜けになるわ」
「心配いりませんよ。祖母には余計なことを話さないよう頼んでおきましたし、知られたところで我々を見張る気などなさそうだ」
煉の答えに、ディアーナは納得いかないといった顔でこう返す。
「はあ? なんでそう言い切れるの?」
「我々の行動に関して、敵が懸念する点は三つ。一つは逃亡。それは、見届け人を狩野村に派遣することで抑え込んだ。二つ目は戦力の増強。だがこの州都に闇ギルドに逆らう民間人などいないことは、連中が一番よくわかっている」
煉は一息つくと、さらに言葉を続けた。
「そして、三つ目は人質の解放。これについては、奴らが最も自信を持っている部分でしょう。それほどまでに愛喜加奈の存在は大きい。つまり連中は、我々がどんな行動を起こしても結果は覆らないと踏んでいるのです」
「そうね、わたしもそう思うわ。第二州都は奴らの根城、街に入った時点ですでに気付かれている可能性は高いはずよ。でもわたしの見る限り、敵がこちらの動きを探る気配はないわ」
煉の意見に安室も賛同する。そんなやり取りを聞いていた才吉の頭に、一つの疑問が浮かんだ。
「すみません。訊いてもいいですか?」
「ええ。どうぞ、才吉くん」
「今更ながら思ったんですけど、どうして闇ギルドはわざわざ手間を掛けてお二人を引き渡し場所に呼び出そうとするのです? その気になれば、いつでも暗殺を企てられるのでは?」
煉は微笑むと、こう答えた。
「もっともな意見ですが、奴らは国内で事を起こすつもりはないのです。理由は明白、追求の手を逃れるためでしょう。国内で領主が殺されたとなれば、さすがに軍も動かざるを得なくなりますからね」
「はあ、そういうことか」
納得して頷く才吉の額を、安室が指先で突っつく。
「もう少し頭を使いなさい。先祖から継いだ名が泣くわよ」
「う、すみません」
才吉はおでこをさすりながら、改めて煉という青年の聡明さに感心していた。自分よりほんの少し年上の彼が、これほどまでに敵の手を読み、上手に立ち回っている。自分は今回の事件を通して、彼から多くのことを学ばねばならない。そう強く思った。