第13話 イケメン
「もう、何言ってんの、奏かなで!」
「あぁ、揶揄ってごめんね?僕は女の子だから安心して?」と、真凜ちゃんと同じような悪戯な笑みを浮かべる。
「女...の子?」
「そんなに不安なら僕のあそこをみる?」
「い、いえ!結構です...」
「ちょっと!私の夫を誑かさないでくれる?」
「ふふふ。いやー、写真で見た通りの男の子だ」と、マジマジを俺を見つめる。
「あの...なんでしょうか?」
「いや?別に何か用があるわけじゃないよ。改めて説明すると僕と真凜は幼馴染でね。家の付き合いもあって時折こうして会っているんだ」
「へぇ...そうなんですか」
「真凜とは仲良くてね。嫉妬してくれたかな?」
「え?いや...どうでしょう」
「ふふっ、釣れないなぁ。それじゃあ、今日はそろそろ帰るよ。夫婦の時間を奪うわけにも行かないしね。旦那さんも見れたし、満足だ」
「えー、もう少しゆっくりしなよ!ね?碧くん!」
「う、うん...」
「いや、また遊びに来ることにするよ。それじゃあ、お元気でね?2人とも」と、颯爽と帰っていった。
確かに言われなければ男と見紛うほどのイケメンっぷりである。
顔はもちろん所作に至るまで流麗で華麗で美しく、かっこいい。
「...かっこいい」と、思わず口走ってしまう。
「ごめんね!急に家で遊ぶことになっちゃって...」
「いやいや、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
「そう?それなら良かった!てか、碧くん帰ってくるの遅くない!?ずっと勉強してたの!?」
「まさか。清人が邪魔してくるからあんまりできなかった」
「そっか!でも、最近すごく頑張ってると思う!」と、頭を撫でられる。
「そら真凜ちゃんの横に立つ以上、最低限のスペックは必要だしね。出来るだけ見合った男にならないとだし」
「最低限のスペック?私はそんなの求めてないよ?碧くんには...そばに居てくれるだけでいいの」と、甘えた声でそんなこと言ってくる。
「ありがとう...。ちなみに真凜ちゃんは勉強しなくて良いの?」
「私は大丈夫だよ!普段から寝る前も勉強してるし!」
「...そうだよね」
そうして、いつも通り2人でご飯を食べる。
「真凜ちゃんは大学はどうするの?」
「んー、親には東大行けって言われてるけど、碧くんと同じ大学がいいなって!」
「...うーん。でも俺はちゃんと東大に行くべきだと思うよ。俺と別の大学になってもこの生活は変わらないと思うし...」
「何。離れ離れになりたいの?うざいの?」と、頬を膨らませながら俺に迫る。
「そうじゃないけど!...俺のせいで真凜ちゃんの選択肢を狭めようなことをしたくないんだよ」
「私との未来のこと、そんなに考えていてくれたんだ。...嬉しいな。けど、答えは変わらないよ。私は私の行きたいところに行く。選択肢が狭まったんじゃなくて、むしろ私に選択肢をくれたんだよ。きっと、碧くんと出会ってなかったら何となく東大に行って、なんとなくいい会社に勤めて、なんとなくかっこいいの人と結婚して、なんとなく子供を産んで...そうして、なんとなく人並みの幸せを手に入れていたのだと思う。けど、そこに私らしい選択肢ってないんだよね。流れるままに、流されるままに生きて...そんな無気力な人生だったと思う。私の人生に選択肢と幸せをくれたのは碧くんだから」
『妹2人に比べて、あんたは本当になんの価値もない。あんたなんかさっさと』
その先の言葉は思い出したくもない。
天井から聞こえる母の高笑いが怖くて、憎くて、苦しくて、腹が立った。
けど、いつの間にかその言葉が本当なんじゃないかって思うようになって、俺はいないほうがいい人間なんじゃないかって、何度も思った。
けど、真凜ちゃんはそんな俺を必要だと言ってくれる。
だから、今俺の心にあるこの感情は依存先を求めているだけなんじゃないかと思えてくる。
ちゃんと好きになりたいのにそんな感情はもう俺からなくなってしまっているんじゃないかと思えてくる。
それがひどく...嫌だ。
「...嬉しいよ、そんなこと言ってもらって」
「嬉しそうって顔じゃないけど?」
「そんなことないよ」
「ねぇ、知ってる?」
「...何?」
「私は碧くんが思ってるよりずっーと碧くんのことが好きなんだよ?」
「それは...知ってる」
すると、真凜ちゃんは後ろから俺に抱きついた。
「ちょっ!?//」
「知ってもらえて嬉しい。だからね、無理に好きになったりはしなくていいから。だからね、まずは自分のことを好きになってほしいな。私の好きな碧くんのこと、碧くんにも好きになって欲しい。私を好きになるのはその後でいいから」
「...うん」
自分を愛せない人間に他人は愛せない。
だって、自分の愛だけはこの世で唯一確かな愛なのだから。