閑話 予言の子(アルス視点)
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星々が血の色に染まる古き夜、月は赤い輝きを放ち、大地はその影に包まれるであろう。
祭壇は古の神により再び活性化され、その暗黒の柱は天と地を繋ぐ儀式の場となる。古の言葉が呪文として囁かれ、新たな王は日いずる国から呼び起こされん。
王の降臨は世界を混沌と暗闇から救い、幾千の月日を超える光と闇の因縁に終わりをもたらすだろう。
王の威光は闇に満ちた帝国を再興し、永遠の支配を宣言する時、星々はその歓喜を謳い、神々の光は失われん。
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幼いころから何度も何度も繰り返し読んだ『魔王物語』の中、さらにその中でも一番読んだであろう『予言の子』の一節。
文字が読めぬ頃は母親にねだり、友が出来てからは友と共に、一人の時も二人の時も三人の時も、いつだって自分の成長と共に『魔王物語』は傍にあった。
魔族の子供たちは当たり前の様に幼いころに触れる物語ではあるが、大抵の場合それは成長とともにいつの間にか忘れていくものである。
しかし、中にはいつまでも幼き頃の憧れを胸に成長を続け、幼いころ感じた胸の高鳴りをいつまでも忘れられぬ者もいる。
私が幸運だったのは、幼馴染たちも同様の考えで自分の夢が一切ぶれる事がなく、最短で魔王の側近まで昇り詰めることができたことであろう。
ただし、先代魔王の側近にセニアとともに史上最年少で抜擢された時、私は全くといっていい程達成感を得られなかった。なぜか
自分が真に仕えるべき王は他にいる-
勘違いして欲しくはないが、私は先代魔王様を心から慕い、側近として全身全霊で支えていたこと。
達成感はなくとも、私は魔族の為に働けることへの満足感は感じられていた。
ただ漠然と、自分が仕えるべき王は『予言の子』であろうと考えていただけだ。
そもそも、予知夢の能力を持つ先代魔王ジュエル様自身に、私とセニアは将来『予言の子』である新たな魔王の側近となる、と伝えられていた。
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「ジュエル様、『予言の子』の魔王様のお話聞かせて下さい!!」
「アルス、アタシのことその名前で呼ぶなって何度言えばわかるの?『宝愛瑠』ってのはアタシに取って嫌な記憶しかないんだってば…」
「素敵なお名前だと思うんですが…まぁそんなことより魔王様のお話聞かせて下さい!!」
「セニアまでそんなキラキラした目でアタシのこと見ないで。もう何度同じ話させれば気が済m………無駄ね。あんた達は何度話しても飽きないわね…」
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ジュエル様が時折聞かせてくれる予言の子の姿、何度聞いても飽きることはない。それどころか聞くたびに自分の胸が高鳴っていくのがわかる。
ただし、新たな魔王様の誕生は先代様との別れを意味することを私は知っている。
単純なセニアは何も考えていないかもしれないけど、先代様とよくその話について触れていた私はとうに覚悟していた。さよならだけどさよならではないと。
先代様を失ってからは、先代魔王様に恥じぬよう、先代様が愛したこの優しい世界を全力で守ると誓い、セニアと共に死に物狂いで働いた。
100年はあっという間だった。
やればやる程新たな課題が生まれ、考えれば考える程問題は尽きない。全て解決するなど100年では到底不可能で、道半ばどころかその半分にも達していないだろう。
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そうこうしているうちに気付けば間もなく予言を迎える時期になっていた。
魔王歴39872年、魂月の22日-
細かい日付までは流石の先代様も把握していなかった為、私とセニアは職務中だった。が、瞬時に理解した。
理由は何もない、ただ理解したとしか言いようがない。
セニアと互いに目を合わせると瞬時に執務室を出て予言の神殿に向かった。
息を切らしながら祭壇の部屋に向かう。
扉を開けずともわかるその圧倒的な存在感。
いる。
やや乱暴に扉を開けると、祭壇の上に私にとっての真の王が横たわっていた。
瞬時に先代様から何度となく語られた美しさは全く持って誇大ではないと理解した。
赤子の姿ではあったが、青い瞳はまるで夜空に輝く星のように美しく、彼の肌は儚げなまでに白く月光に照らされた水晶のように透き通っており、その美しさはまるで幻想の世界から抜け出しているようである。
しかしその神秘的なまでの美しさ全てを否定するかのごとく、魔王様の身体から滲み出る圧倒的な威圧感と絶望感。
完璧すぎる。
魔王の中の魔王、この方以上の魔王など存在する訳がない。
気付けばセニアと共に跪き、涙がとめどなく溢れていた。
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そんな私にとって特別な存在である新たな王は、私とセニアにとても冷たかった。私たちが慕えば慕うほど冷たかった。
時折丁寧な口調で辛辣なことを言ってくる時もあるが、基本は私たちを汚物でも見るかの様な目で見て来ることがある。
その度に感じるこの新しい胸の高鳴りはなんなのだろう。今思い出してもドキドキしてしまう。
不思議な感情だ。
ただ、そんな魔王様も何故か他の魔族から我々が馬鹿にされると明らかにイラついているのが分かる。
別に私たちはもう慣れたし気にもしてないのだが、受け入れている私たちを含めイラついている気がする。
本当に優しい王様。
先代様が私とセニアを『魔族の未来』と評してくれていたことは知っているが、恐らくそれは『予言の子』である魔王様を筆頭にお考えになられていたはずだ。
よく我々が聞いたこともない言葉や、考えたこともない知識の片鱗が見えるが、この新しい王様はどこまで先を見ているのか。
何千何万年まで先の未来なのか、既に魔王様自身がいなくなったあとの魔族のことまで考えている。
人間との間の憎しみの連鎖を断ち切る-
そんなこと考えたこともなかった。
生まれた時から当たり前だった人間との戦い、どっちが先に手を出したか、どっちが多く同胞を傷つけたか、そんなこともう誰にも分からない。
そんな大昔から続く憎しみの連鎖の為に、今を生きる、これからを生きる魔族が苦労するなど、本来あってはならないのだろう。ただ、その当たり前のことにすら誰も気が付いていなかった。
正直今すぐ人間への恨みをなくすことなど私自身できない。
でもこの暗い気持ちをこれからを生きる魔族たちに背負わせたくない。私はいいけど貴方たちはダメ、そんなダブルスタンダードはダメだ。
魔王様がいう様に、この時代、私たちの手で終わらせよう。
魔王様が望むのであれば実現できないことではないのであろう。
私は魔王様の側近として、魔王様が望み実現できなかったなど、歴史に残す訳にはいかない。
魔王様を少しでも支えられるよう、文武ともに改めて鍛え直していこうと思う。
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ハァハァハァ
「魔王様、もうこれ以上は無理です。死んでしまいます………」
「大丈夫後3回上げてみよう!俺も手伝いますから!!」
「ハァハァハァ…お、終りましたぁ!!」
「よーしもう後3回ぃぃいい、残り10セットだぁああ!」
「………。」
今日も私たちは魔王様が用意されたベンチプレスなる新しいトレーニング器具を用いて自分の肉体を極限まで追い込む。
この後はでっどりふとが待っている。また立てなくなるほど下半身も追い込まれるのだろう。
まさか我々が逃げ出したくなるほどのトレーニングがこの世に存在しているとは思わなかった。
それを笑顔で強制してくる我が主ほど魔族の王に相応しい者は絶対にいない……。
ジュエル様、アルスは今幸せでです。