異端.2
【※1《
本文中(この項で)、およばずながら順々に解説をいれてまいりますが、するっと自然な感じに進めたくて……出した造語をしばらく放置してしまったので、冒頭で注釈する行為にいたりました。
つたなくて申し訳ありません。
《
〝御厳《みいつ》〟とも書くようです。
(ひとつひとつの文字の意味を見比べた、好みによる選択・着手です)。
当初は、違う呼称にしておりましたが……web上にあげはじめた初期に、とある事実に気づき、変更いたしました。
(ちなみに《威神》から→急遽《神威》へ→しっくりこなくて、考えたすえに《稜威祇》に固定化の流れです)。
ともあれ、のぞいていただいて、ありがとうございます(長々と余談/すみません)。
▽▽ 以下、本文に入ります ▽▽
「…――おっかない
だけど、こっちは、いつも《
仲間の《
そこは、
腰のあたりまである軟らかそうな白髪をそのままにおろした小柄な男性教師だ。
いまその講義を受けているのは一〇歳にもならない幼子がほとんどだったが、その中にひとり、十二、三歳の少年がまざりこんでいる。
最後列の
四日前、《法の家》に迷いこんだセレグレーシュという名の少年である。
新しい服を手にいれ髪も切り整えて、
話題にされやすい
そう思えば、どう言われようとかまわなかったし、いまの彼は、生まれもった配色を以前ほど
ただ、
ここに捜している少年がいるなら、そろそろ接触してきてもおかしくない頃合いなのに、それはなく……。
セレグレーシュは、もどかしさと苛立ちを隠しきれずに、むっつりした顔をして、まわりの人間が話しかけることをためらうような空気を背負っているのだった。
こんなところでのんびりと時間を
そんな彼の背後……。こそこそと忍びよった幼子が、金属の棒を両手でささえ、
意識をより内にむけ、考え事をしがちだったセレグレーシュは、落ち着かなげに身じろぎすることもあったが、まだ気づいていない。
「それで《
がんばって、自分のことも他人のことも考えられる、バランスのいい大人にならなきゃぁな――。
さて、ここからが本番だ。
君たちがこれを身につけられるのか、成長し、使いこなせるのかは、まだ、わからない。
先の話だから、これもさらっといこうか…――」
(……子供のしつけだな…)
セレグレーシュが思った直後、青磁色のその頭の後部に、ばふっ、べし、ずうぃいぃっと。
さながら目の細かい網を頭に
油断していたことを自覚したセレグレーシュは、ぱっと反射的に腰を浮かした。
「《
《知識》《技能》……それにいろんな問題・事件をいい感じにまとめ
どれも、ここでちゃんと学び、まわりを見て暮らしていれば、そこそこ身につくものだが……」
その彼、セレグレーシュがいるテーブルは最後列なので、後ろに席はない。
立ちあがった彼、セレグレーシュがふり向いたところには、六、七歳の小さな女の子が立ちつくしていた。
ぱっちりした目がかわいらしい色白な少女だ。
彼女が両手でつかみ持っているのは、キャラメル色の
視線が出あうこと、五秒ほどの沈黙……。
見ただけで
高い視点から見おろされると、ふつうにしていても、けっこう威圧感があるものだが…――これという目的を持って行動していたその小さな少女の場合は、それが理由ではない。
ともあれ。
セレグレーシュが、まずいと思うともなく、その子は、幼い顔をゆがめ、ひっくひく……ぐし…と、しゃくりあげた。
対処を迷ったセレグレーシュが、周囲に視点を散らす。
「ユネちゃん、どうしたの?」
声をあげ、前方の席を後に、すたすたと
そんななか、さまよったセレグレーシュの双眸は、教習室後方の出入口付近に
自分と
いつからいたのか……。
街ひとつをまるごと庭園や山里に仕立て上げたようなこの家の敷地を歩いていると、ちょくちょく見かける顔。
双子。あるいは、兄弟がたくさんいる可能性も考えたが、日によって身なりが統一されていたし、複数でいる場面を見かけたこともない。
琥珀や
自然に見えても、天然の巻き毛とは
部分部分の表層の毛先のみ数センチが、頭部の輪郭にそいながら、
色の白い、すらりとした少年だ。
「そこ…。なんの騒ぎだ」
近づいてきた師範の
「……。どうしてここにいるのかな…。これは君には必要のない講義だろう。まぁ、それはいいとしても。
おまえ——なにかされたのか?」
追及の
背中をたどられた時の感覚が微妙に残っていておかしな感じでもあったが、これと主張するほどの被害があったわけでもない。
「
そうだな?」
瞳の中心――
「ユネ。授業を見学したいなら、いてもいいが、おとなしくしているんだぞ。――ところで……。
なくなったものはないか?」
「え? …――別に」
不意に問われたセレグレーシュが、自分の身の回りに目を
「うん、ならいい」
師範の赤色の視線が彼から離れ、いまも少女の手の中にある細身の棒におりた。
なにやら、伏せめがちに納得したようなしぐさを見せると、現場を後にする。
「
ときには、羽根が生えたり、毛深かったり、つかみたくなるようなふさふさのしっぽがあったりな。みんなも知ってるだろう? だけど、だからって、つついたり、ひっぱったり、
(…ん? つかまえる?)
わずかばかり。論じ手の発言に気になる部分があったが、セレグレーシュは後にひくほどには意識しなかった。
「ちょっと目についたからって、いつまでもそんなことする子は《
《
ひとりに対する注意が、全体への
少し距離があるが、例の少女は友人らしい子といっしょに、
不平そうに顔をゆがめながら、じっと、未練がましい視線を彼、セレグレーシュの方にそそいでいる。
(……。オレ、なんでこんなことしてるんだろう?)
セレグレーシュの口から
少女の方は、もう視界に入れないようにして――右後方。
出入り口付近に立っている少年をちらと意識して見たが、すぐに
セレグレーシュの予想では、その少年は《闇人》だ。
この土地では《
彼には、その種類・
他にはあまり見かけないのに、何度もおなじ個体に
過去や
「さてと…。どこまでいってたかな……」
師範が教壇にもどってゆく。
🌐🌐🌐
…——
その講義は、昼食時を前にきりあがった。
「はらっぱのような毛色の君。少し聞きたいことがあるから来なさい」
(はらっぱ…?)
セレグレーシュが目を向けたとき、その師範は、うすっぺらなバインダーを片手、教習室を出ていこうとしているところだった。
「はらっぱって、だれぇ?」
「あの大っきい子じゃないぃ?」
「えー、でも、青いよー」
「わたし、
はせた視線より近い下方……年少の頭がちょろちょろしてるあたりで、思い思いの言葉が交わされている。
空や泉や海、
髪の色で呼ばれたことがあっても、野原や草原のように言われたことはない。
行動を迷ったが、それらしい形容詞もつかなかったので、冬期の立ち枯れした草原の色彩を表現したわけでもないだろう。明るい茶色や赤毛、金色系統の頭なら、いくつかあるので、そうであったら特定するのも
そういった判断のもと。
セレグレーシュは誤認を覚悟しながら、四つある講堂の出入り口のうち、師範の背中が消えた右手前方を目指した。
先へ行ってしまったように見えた白髪の男は、講堂から出たあたりで、ちゃんと彼を待っていた。
伸びざかりのセレグレーシュより、わずかばかり背が高いだけの
そこに来てみただけの対象……セレグレーシュには、理由のわからない笑いだった。
口には出さなくても《はらっぱ》という表現で通じた現状をおもしろがっている――赤い虹彩の中心にあるその瞳孔は、やはり、人の眼球に定番の黒ではなく、濃く鮮やかな群青色をしていた。
「つまらないのだろう。だからって、あまり
「……オレ、人を捜しにきたので」
「ぁあ。それは聞いている。短期の
思い入れがなさそうに話していても、師範の目は理解できないものを見る
「これでも、そこそこの素養・裏付けがなければ入れない
そんなことかとばかりに、その場から
家の敷地には、円や多角形の陣を描いた絵文字や放物線……螺旋や文字とも思えない紋様など。
肉眼ではうかがえない霊的構造物……力場が、地面や低空、物体などに、ありふれた装飾品のごとく組みこまれている。
東では恐々と身を
人里や野原、時には壁や道、空気中にモニュメントやシンボルのごとく
それは、この家でしっかり学べば最終的に築けるようになるという幾何学構造。
空間の裏っかわに隠れて人の目には映らないのに、現象に
他に目的を抱え、学習意欲の方がさほどでもないセレグレーシュだが、意図的に隠されて見えるその構造には、いたく好奇心をくすぐられていた。
捜している友人に「
《法具》とかいうものが、いくつも組みこまれているという模様。次元構造。
より単純な護符のようなものならセレグレーシュが生まれた土地にもあったが、二次元的で、念や印象がもたらす
どういった効果があって可能になったのか、いまの彼にはわからないが、それがこの地に人間主体の社会を開花させたのだという。
その言葉を立証するように、その造形を見かけるようになってから闇人や妖威の影をあまり見なくなった。
中間種である亜人はわりと見かけるが、その上をゆく存在は、ほとんどいないのではないかと思えるほどに……。
「そのへんに置かれている……《ホウイン》っていったけ?
道具……飾りみたいなのは別として、中になにか居そうな感じがするのがあるけど、なにが入っているの?」
「――うん。ここには、
「っ……
「存在を封じる組みあげは、一度はいったら、
《法印》という技術は、闇人を
セレグレーシュが目をぱちくりしていると、赤い眼をした師範は、ひと呼吸おいて意味深な微笑を浮かべた。
「ひとつ、聞いてもいいだろうか?」
「内容による」
「存在を封じる印と知らなかったんだよな? それなのに中に〝
「なるほど。フォル氏が目をつけるのもうなずける」
「オレ……。そうだなんて言ってない」
「我々は構成から予測するが、その知識もなく見ぬける素質をそなえた者は、まず、いない。中の存在に気づけるなんて、すごいことなんだよ? なんで隠すんだ?」
若い師範は不思議そうにたずねて、伏せた視線を右へ流した。
「学びたくないなら好きな時に出ていってくれていいんだ。どんなにもったいない資質の持ち主だろうと、強要はしないさ。ここは意欲のない者を必要としていない」
そんな相手の
「……。閉じこめられたりするのなら闇人は、どうして人を守るの?」
「非社会的な魔神や魔物――妖威は別として。眠っている
「自力で出られないようなところに、なんで……」
「それはここにいれば、おいおい解かることだ。すべての
事情によっては意図せず閉じこめられる例もあるが……。
いずれにせよ、理由はそれぞれだ。チリも積もればというやつだよ。
出たくなれば、
時が止まっているようなものだから気が変わることなんて、そうはないがな」
「キズナかなにか知らないけど……。闇人が人に縛られるのもわからない。裏になにか、あるんだろ?」
「それは隠すようなことじゃない。私は幼い頭にあわせて《鎮め》と《
白髪の師範の言葉は、しごく淡白な響きをそなえていたが、黙ってさえいればクールな女性のようにも見える彼のおもては
手応えをおもしろがっていようと、くりだす言葉は、どこまでもたんたんとしている。それゆえ、目を合わせて話しているとなんとも言い表しにくい違和感をおぼえるが……。
この師範。口調や発言――言葉選びより、表情に本音が出るようだった。
「初期の使い手は《
技術はもとより、道具も材料もさして足りてはいなかっただろうし――(いまも充分とは言えない)……
そういった
のぞきや
なにやら思うことでもありそうな煮え切らないようすも見せていたが、白い髪の師範は、その表情を実務的なものにあらためた。
「それより私は、確認したいことがあって、おまえを呼んだんだよ。おまえの
説明にもの足りなさを覚えていたセレグレーシュは、複雑な
「文字はだいたい読めるんだろう? 年少者あわせの講義をなまぬるく思うなら、
いまは君くらいの年や年配の入門者もいないし、このていどの滞在理由で、想定されたその知識量では、どうしても下に混ぜることになるが…――おまえ自身はどうしたい?」
「オレはまだ、ここにいるって決めたわけじゃない。だけど……。どうせ、やらなきゃならないなら、もう少し、なんとかならないかとは思う。けど…――」
「うん。そんなところだろう。
だが、
多少手ボケでも感覚と制御力が突出していれば、けっこうどうとでもなるが……。術者にとって、作図力・筆記力・語学・数学・理学・鑑識・空間認識力は重要課題。基礎中の
法印の構成を理解し表す上で必要となる記号、表記法もある。
まぁ、そのへんは、順をおって覚えてゆくとしても……いきなり上にまざっても
ここはチビどもにまじって集中的に
生活する上で不自由しないくらいに読めるとしても(語学オタクでもなくば)、日常的に使う単語・
あせらなくても実力さえつけば、上にあがらせてやる」
そこまで聞いたところで、セレグレーシュが少しばかり思案しながら問いを返した。
「
「ここをどこだと思ってる。南の図書棟には行ったか? 行くだけじゃなく、本を手にとってみろ。あそこは
「暇があったら読んでもいいけど……。その分、べつの講義に出ろってこと?」
「そんなところだ。長居する気がなくても、学べる機会は貴重だ。午後は遅れるな。みっちり文字を仕込んでやる。その時、何冊か貸してやろう」
気軽にうけおいながら、白髪の師範スタンオージェは、ふふんとほくそ笑んだ。
(入ったばかりなのに《
《闇人》の中でも、友好的な者、温厚な者、
むかしの習慣性も抜けきれていないので、魔神や
くわえて法印がどんなものなのか、その認識も薄いようである。
人間に闇人の遺伝子がまじれば《亜人》と呼ばれ、色彩や外見、資質など、人間の型にはまらない特徴をみせることも珍しいことではなかったが、中間種である亜人は、大体において、法印使いに向かないもの。
それなのに純粋な人間には生じない変わった色調をしたその子供は、技を修めるのに有益な素養を備えているようだった。
発音に不自然なところはないが、言いまわしに東の癖を感じさせるところがないこともなく、
その少年を指導するようになってから、
(また、毛なみの変わった
白髪の師範は、去ってゆく少年の背中を
いっぽう。
セレグレーシュは、というと……。
建物の内部を抜けてしまおうと教習室へ足をもどしたところで、外周にめぐらされている通路を利用しなかったことを少しだけ後悔していた。
建物を回りこむことで、いくらか回り道にはなるが、
室内へもどり、進もうと考えていた方向に目を向けたとき視界に入った存在が、とかく気に
いつも、なにをしているというふうでもないのに、ちょくちょく、そのへんにつっ立っていたり、うろついていたりするのを見かける。
それがその闇人の日常なのかも知れなかったが……。
セレグレーシュがいぶかしく思っていると、その視線にさらされた
にこにこ、にこにこ……
とってつけたような反応で微笑みだしたのだ。
適度なまとまりを見せる特徴的な癖毛に、
記憶違いかもしれないが、やはり数日前、この家の代表に会ったとき見かけた個体かもしれないのだ。
(たまたまだ……。たまたま笑っただけ。目が合ったひょうしの条件反射とかいうやつ。ターゲットにはされていない…――されてない……と、思いたい…。……)
室内を
セレグレーシュは、
🌐🌐🌐
その
出入りが激しい食堂でいるともかぎらない友人を目と耳で探しつつ、昼食をすませ、
それから手に入れた手がかりを活用する間もなく、また、指定された講義で時間をつぶされるのだ。
学びたくないわけではない。
ここには彼が欲する知識がふんだんにある。
いまの彼の認識では不要と思えるものも少なくなかったが……。
それを
情報や知恵があれば生きてゆくのに有利――セレグレーシュは経験から知っていた。
けれども人を捜している彼には優先したい行動がたくさんあって、それが自身を磨くことより、はるかに重要だった。
セレグレーシュにとって
「…――あっ! あのあたまが青いのだよ」
《リセの家》に向かう道すがら、
空気と相性の良い、透きとおるような
事実、自分のことなのかもわからなかったが、セレグレーシュは声がした方面を意識した。
「ユネ。人じゃないか……」
わずかに遅れて届いたもうひとつは、ひそめられがちな男性高音。
声があがった方へ泳いだセレグレーシュの目が、丸太椅子が配置されている
そこにあったのは、ふたつの人影。
講義中、セレグレーシュの後頭部を小突いた小さな少女が、年が一〇もはなれていそうな少年と立ち話をしていた。
「うん。あれがほしいの。きっと、あのあたまには、お花がさくのよ。きれいなきれいなお花がさくの。ユネね、さくまえにつかまえるの。ちゃんとお水あげて、栄養あげて、さくところ見るの」
「ユネ。あれは葉っぱじゃないだろう。植物の芽や葉、
「うぅん。ぜったいさく! まんまるのおっきな種とかきゅうこんとか飴玉みたいなキラッキラの《ほういん》、あるもの。きっと、いろんなことがおこるのよ」
「法印?」
庭の木陰にいる少女が真剣な目をして、少年にうったえている。
相手の少年は、いささか、もてあましているようだが……。
(――花? 誰の頭にだよ。オレ、そのへんにあるような
通りすがりにも気力を根こそぎうばわれてゆくような現場に居合わせてしまったセレグレーシュは、向かおうとしている動線の先――その人たちの視線から
すぐそこまでせまっている小ぶりな建物の扉の横には《使用中》の札がある。
使っているとき点灯するシグナルは別にあったが、その上で関係ない者・用のない者の流入を避けたい時、強調する意味で表示されるものだ。
避けたい方面から死角となる庭におりてもよかったのだが……。そのあたりの地面には法印が敷かれている。
なにか中にいる感じのするものだ。
行く先の建築物の
彼と対象の
気の
少女の相手をしてる黄褐色の髪の少年が、建物の縁をゆくセレグレーシュの動きを目で追いながら、疲労を感じさせるため息をついている。
初めて見る顔だった。
十代半ば……十五、六歳くらいで、すらりとしたその立ち姿には、成人に達しない男子の可能性を予感させる
「ユネ。捕まえるのは、昆虫とか、そのへんに咲いてる花でいいだろう。あの青い頭は、あのお兄さんのなんだ」
「やだ、ぜんぶ。あたまだけじゃなく、ぜんぶなきゃ、さかない……きっと、死んじゃうの。まんまるだけど、人で、あの子なの。だから、ユネ、ぜんぶほしいの。それで、お水あげるのよ。この棒で、つかまえられなかった。はじかれちゃったから……。アントイーヴ(※2)、もっとちゃんとした《ほうぐ》ちょうだい!」
【※2 相手の少年の名です/主にアントニウス(ラテン語で〝大変貴重なもの〟の意だそうです)と、彼の母親の名前から一部エヴァ(解釈は〝命〟の方で)を組みこんで、
「ユネ……。ダダこねるなら法具はあげられないよ。いたずらしないって約束だろう?」
「チョウチョもお花もいらない……あれがほしい…。いたずらじゃないもん……」
「ひとのもの、欲しくなることがあるのはしかたないとしても…――
話題の種とされている方の彼としては、早々、
この先の角を曲がれば建物の陰になり、
彼にすれば、一度は、泣かせてしまった気もする少女だ。
あの時は、なぜ泣いたのかもわからなかったが、彼の半分ほどの年齢の子供である。
また、泣いてしまうのだろか?
うかつにもそんな懸念を覚えてしまったセレグレーシュが、後ろ髪ひかれるように投げた視線が、少女の相手をしていた少年の瞳とかちりと出会った。
すると、見るからに
「いいこと思いついたよ、ユネ。それは大きくなってから考えよう」
こころなしか、そう告げる彼の声が高くなった。
「やだ。どうして、いつも大きくなったらなの? ユネは、いまほしいの。
いまつかまえなきゃ、お花、さいちゃうんだよっ?
どんなのさくか見るーぅ。見たいのおぅ」
「咲いてからでもいいじゃないか。強くなって、ユネを守ってくれるかもしれないよ」
「いやっ! いーまっ! ユネ、ちゃんとおせわする!
おやつ我慢して、それで、ごはん、たくさんあげて、お水あげて、ぴらぴらふわわって、さくとこ見るのぉー」
その方角で盛大な泣き声があがったが、セレグレーシュは、白々しくも〝なにも聞いていないぞ〟という顔を