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第7話 豹変

 ガランと、いつもより大きな鐘の音を立ててギルドへと飛び込む。
 するとその瞬間、サイドの怒声が聞こえてきた。

「ふざけんなよ、てめえ!」
「落ち着けサイド! 殴ったところでどうにもなんねえだろ!」

 見れば、怒りのままカルトを殴ろうとするサイドを、グラディウスが後ろから羽交い絞めにしている。
 渦中のカルトと言えば、ウザいとでも言わんばかりに、冷たい眼差しをサイドへと向けていた。

「何、どうしたの?」
「あ、リプカ……」

 とにかく早く戻れるよう、話も聞かずに一心不乱に駆けて来たリプカは、入口付近でオロオロとしながら、彼らの様子を見ているカルディアへと状況を尋ねる。

 するとカルディアは、困ったように眉を寄せ、今の状況を説明した。

「さっき、サイドとグランがカルトを捜しに行ったでしょ? そしたらA地点じゃなくてC地点でカルトを見付けたらしいんだよ」
「C地点?」

 その地区の名に、リプカは眉を顰める。

 C地点というのは、森の奥の方を示す。
 A地点とは違って辺りも暗く、そこに生息する魔物も凶悪な大型モンスターが多い。
 彼らは基本的に森の奥深くから出て来ないため、街に近付いて人間に危害を加えるという事は少ないのだが、仮に討伐依頼があったとしても、決して単独行動をしてはならない。
 数人でチームを結成、場合によっては別のギルドに協力を要請し、作戦を練ってから討伐に行く。探索としても二人以上で向かい、魔物の気配がしたら見付かる前に撤退するというのが、業界でも暗黙のルールなのだ。

 その場所がいかに危険であるかなんて、魔物討伐を主に請け負っているカルトが分からないわけがない。
 それなのにたった一人でC地点にいただなんて……。
 一体どうしたというのだろうか。

「何でそんな所に?」
「A地点の魔物じゃ満足出来なかったからだって、カルトは言っているけど。でもサイド達がカルトを見付けた時、彼は数匹の大型モンスターの死体と、血の海の中に突っ立っていたんだって」
「数匹の大型モンスター? それって一人で狩ったの?」
「分かんない。でも、状況を見ると、そうとしか考えられないんじゃないかな」
「……」

 カルディアのその推測に、リプカは更に眉を顰める。

 カルトは強い。このギルドのメンバーの中では、明らかに最強だろう。
 けれども大型モンスター数匹を相手に、たった一人で討伐して帰って来られる程の実力まではないハズだ。
 以前、彼はサイドやグラディウスと協力して大型モンスターを討伐しに行ったのだが、その時は三人して結構な傷を作って帰って来た。

 その時から日は経っているものの、それでも数匹の大型モンスターを一人で倒せるようになる程の力など、彼にはないハズなのに。
 それなのに彼は何故一人で危険地区へと向かい、数匹の大型モンスターを討伐して生きて帰って来られたのだろうか。

「ビックリしたよ。近くまで来たついでにギルドに寄ろうとしたら、血塗れのカルト君がサイド君達と歩いて来たから」

 ようやくリプカに追い付いたローニャが、そう説明しながらギルドへと入って来る。
 どうやらローニャは、驚いて彼らに理由を聞き、一刻も早くリプカに知らせねばと、慌てて呼びに来てくれたようだ。

「何でC地点になんていたんだよ! 心配しただろうが!」

 グラディウスに押さえられながらも、サイドは怒りのままにカルトを怒鳴り付ける。

 するとカルトは面倒臭そうに溜め息を吐きながら、しつこいと言わんばかりにサイドから視線を逸らした。

「だから言っただろ。A地点のヤツらじゃ物足りなかったから、C地点に行ったって。だいたい、凶悪な魔物を討伐して何が悪い。万が一街に入って来たら困るだろ。いない方がいいじゃないか」
「あんなヤツら、入って来る可能性の方が低いだろうが!」
「でも絶対じゃないだろ。別にそこまで怒鳴られるような事した覚えはないけど」
「だからって勝手な行動とってんじゃねえよ! お前の無事を確認するまで、オレとグランがどんだけ心配したと思ってんだ!」
「ああ、分かったよ。じゃあ次C地点に行く時は、きちんと報告してから行く事にするよ。だからもういいだろ?」
「そういう事を言ってんじゃねえだろうが!」

 A地点にいなかった時、嫌な予感が脳裏を過った。
 B地点、C地点を捜索中、ずっと不安に襲われていた。
 もしカルトを見付けた時、そこに待ち受けていたのが最悪の結果であったらどうしようかと。

 ずっとずっと心配していたのに。

 それなのに、どうして彼は分かってくれないのだろう。
 こんなに心配していたと伝えているのに、どうして伝わらないばかりか、こんなに冷たい態度をとられるのだろう。

 遣る瀬無い。
 その感情に沸々と怒りが沸いてくる。

 しかし、今にも暴れ出そうとするサイドを、グラディウスが必死に抑えている時だった。

「どいて、サイド」

 これまで様子を窺っていたリプカが、ズイッとサイドを押し退けて前に出る。

 何だよ、リプカ。
 そう口にしようとしたサイドであったが、それは言葉にならなかった。

 彼が言葉を発するよりも早く、リプカが手にした杖でカルトを思いっきりぶん殴ったのだ。

「ええええええ!」
「ちょっ、ちょっと、リプカ!」

 ゴッと鈍い音を立てて、カルトが軽く吹っ飛ぶ。

 ゴシャアッと嫌な音を立てながらカルトが倒れれば、リプカの突然の暴挙に仲間達からどよめきの声が上がった。

「言っても駄目なら殴るしかない」
「何言ってんの、この子!」

 大人しく倒れ込むカルトを見据えながら、真剣にそう口にするリプカに、カルディアから悲鳴に似た声が上がる。

 杖を握り締め、もう一撃とばかりにそれを振り上げれば、グラディウスから解放されたサイドが慌てて止めに入った。

「止めろ、リプカ! 杖なんてフェアじゃねえ! 殴るなら素手でやるべきだ!」
「そういう問題じゃないだろ!」

 どこか間違った宥め方をするサイドを、グラディウスがまた慌てて止める。

 しかしリプカは聞く耳も持たず、振り上げた杖をグルングルンと回した。

「サイドがこんなに心配してくれているのに、何で伝わんないのよ! 言葉で伝わんないって言うなら、拳で語るしかないわ!」
「だからそれ、拳じゃねえだろ!」
「だからそういう問題じゃねえっての!」
「煩い、放して!」
「お前こそ武器を放せ!」
「だから、武器云々じゃねえっての!」
「あああああ、煩い、煩い! 私は鈍臭いからハンデで武器くらい使ったっていいに決まっているでしょう!」
「ああ、そうか、なるほど」
「ンなわけあるか!」

 杖を振り回すリプカと、何故か間違った方向に説得させられているサイドを宥めながら、グラディウスは視線をカルトへと向ける。

 手加減なしでぶん殴ったのだろう。
 カルディアやローニャに助け起こされているカルトの口端や額からは、薄らと血が滲んでいた。

「カルト、お前はもう帰れ! そんで頭冷やして来い!」
「……」

 未だに殴らせろと喚くリプカを宥めながら、グラディウスはカルトへと指示を出す。

 そんな彼に返事をする事なく起き上がれば、心配そうなローニャがそっとハンカチを差し出した。

「大丈夫、カルト君?」
「ああ……」

 そのハンカチを受け取ると、カルトはゆっくりとギルドを後にする。

 心配そうなカルディアとローニャ。
 そして他三人の喧騒を、その背中で受け流しながら。






「いっ!」

 ギルド・ブロッサムから出て来た青年だったと思う。
 何かフラフラしているなと思っていたら、ドンと肩にぶつかられた。

 避けなかった自分も悪いが、前を見ていなかった相手も悪い。
 そう、この場合お互い様なハズだ。
 だからここは互いに謝り合うのが礼儀だろうに。
 それなのに彼は何も言う事なく、フラフラとどこかへ歩いて行ってしまった。

(どうせあの男も、自分が悪いとすら思っていないんだろう。生きている価値もない。よし、殺そう)

 立ち去って行こうとする男に、彼は冷たい目で向き直る。

 右手に闇の力を纏わせれば、それは一回り大きな腕となり、鋭利な五本の爪が鈍い色を放つ。

 人を殺すなど簡単だ。
 この腕でヤツの背中から胴体を抉れば良い。
 それだけで簡単に、要らない人間が一人、またこの世界から去って行く。

 しかし殺意を剥き出しに、彼が男に飛び掛かろうとした時だった。

『止めておけ』

 耳元でヤツの声がして、彼は動きを止める。

 しかし当然、彼の苛立ちは収まらない。
 アイツは要らない人間だろう? それなのに何故、ヤツは制止の声を掛けたのか。

『あの男だ。シヴァの気配がする』
「……」

 クッと、彼は口元に歪な笑みを浮かべる。
 スウッと消え、元の人の手へと戻った闇の腕。
 そうか、アイツが新しい氷の烙印持ちか。ならば殺すのは後にしよう。その前にやる事がある。

「アイツがいなければ、こんなクソ田舎、見落とすところだった。幸運だったな」

 ならばあの男の事を調べよう。
 徹底的に調べ上げ、弱点を突き、逃げ場を塞ぐ。
 その上で勧誘するのだ。

 もちろん、無理には引き込まない。
 拒絶するのであれば、前の烙印持ちと同様の運命を辿ってもらうだけだ。

「ああ、でも次はもう一度飼いならしてみようか。新しい烙印持ちを探すのも面倒だしな」

 雷の烙印持ちは、自由を奪って閉じ込めたのが失敗だったのかもしれない。
 他人の命を弄ぶ楽しささえ教え込めば、もしかしたらクセになって、喜んでこちら側に付くかもしれない。

「次は相性の良いヤツだと良いな」

 ククッと喉を鳴らして笑う彼。

 先程肩をぶつけられた怒りなど、彼の中には微塵も残ってなどいなかった。

しおり