第1話 お客様になれなかったお客様
カランと軽い音が鳴り、客の来訪を鈴が知らせる。
新しくはない木をキシキシと鳴らしながら入って来たのは、少し年上の二人の青年。
真面目というよりは不真面目で、いかにも遊んでそうなイケメン風男子だ。
男は苦手といえど、客は客。
ここは笑顔で出迎えなければならない。
小さなギルドの店番をしていたリプカは、営業スマイルを浮かべながら二人の男を迎え入れた。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですか?」
目元を優しく緩め、口角を上げる。
いつもより少し高めの声を出してやれば、接客をする側としては問題ない。
完璧とはいかなくても、相手に悪い印象は与えないだろう。
そうだ、自分は悪くない。
悪いのはこの屑のような男達だ。
「あれ、ローニャちゃんって今日はいないの?」
キョロキョロとギルド内を見回してから発した男の一言に、リプカの口角がグギッと引き攣る。
しかしこんな質問はいつもの事だ。
これくらいで怒っていては、このギルドの受付嬢など務まらない。
そう、問題はこの後である。
「ごめんなさい、ローニャは今、他のメンバーと魔物の討伐に出ているんです。彼女に何か用でしたか? それとも指名依頼ですか? よろしければ私の方から彼女に伝えますけれども?」
これで「じゃあ、よろしく頼むよ」とか、「それなら後でまた来るよ」とか言ってくれるのであれば問題はない。
むしろさっきの屑男発言を撤回して謝らなければならないだろう。
しかし残念な事に、ローニャに個人的な用がある男というのは、その半数が屑のような男なのである。
「えー、ローニャちゃんいないの? せっかく会いに来たのに、完全な無駄足じゃーん」
「って言うか、何でローニャちゃんが受付嬢じゃないの? 魔物の討伐とか可哀相じゃね? このギルドの人事、一体どうなっているのさ。やっぱ受付に立つ子は可愛い子の方がいいと思うんだよねー」
「とりあえず今日は帰るわ。オレ達ローニャちゃんと喋りたかっただけで、キミと喋りたいわけじゃないんだよね」
「そうそう。アンタじゃ役不足って言うか、不満って言うか?」
「お客様が、受付嬢は可愛い子の方が良いって言っていましたよって、アンタ、ちょっとオーナーに伝えておいてよ」
「お客様の声って大事だから、ちゃんと改善しといてよね。じゃねー」
あはははは。
笑い声をその場に残し、再び床を軋ませながら男達は立ち去って行く。
「……」
だから嫌なのだ、不特定多数の男って。
それならば、「悪いけど、オレ達ローニャちゃんと喋りたかっただけだから。だからまた来るよ」だけで用件は伝わるだろうが。
それなのに何故、余計な言葉が一言も二言も付く?
それを言われた方がどんなに傷付くのか、少しは考えた事があるのだろうか。
「おい、ちょっと待てよ、この顔だけゴミ男」
さっきとは逆に、いつもより低い声でバカ二人を呼び止める。
護身用と称して傍らに置いておいた杖を握ると、リプカは腰かけていた椅子からゆっくりと立ち上がった。
「死にさらせ」
言いたい事は多々ある。
けれども要点を纏めるとその一言に尽きる。
リプカは杖を握ったまま男達に飛び掛かると、躊躇う事なくその杖を振り下ろした。
――そして今日もまた『ギルド・ブロッサム』に、制裁を受けた男の断末魔が響き渡ったのである。