「法具を見たことは?」
家の代表だという男の手の内で、うすっぺらな円盤状の物体がひらめきをはなっている。
同心円が五つ、幅違いに描写された合金製の板で、装飾的な紋様が見えていた。
円と不可解な文字の羅列が、つややかな表層に刻まれているようにも浮いているようにも感じられるものだ。
セレグレーシュは、それを知っているとも知らないとも言わなかった。
ただ首を左右に振ることで興味がないことを示し、案内された室内に視線をもどす。
そこでは、彼の半分ほどの年代の子からおなじ年頃の子まで。
三〇人ほどが湾曲した帯状の机について、それぞれにくばられている大小、立体を観察したり、ボードの上にはさみ重ねた紙面に文字を書きこんだりしていた。
「我々が多用するのは、これら――《天藍》……かつては《存在の理にふれる者》とも呼ばれた系統の亜人にのみ生成可能な《鎮め》の道具だ。
特質を埋めこむ時は、《法印使い》も制作に協力するが、それとして活用できるだけの活性力を植えつけるには、《天藍の理族》※(この項目の末尾に解説あり)の能力、特質無しには成立しない」
語られている間も、ゆらり、ひらりと。
先刻しめされた真鍮(黄銅)とも赤銅ともつかない円盤が、男の手のひらの上で、まったりと回転しながら揺《ゆ》れ動いている。
「《法具》には、それぞれ性質があり……用途も異なる。
いうなればこれは、無垢……純粋にして、濃厚なる素材の究極、結晶だ。
物体としてある限られた形状内部に、通常であればありえない、それをうわまわる空間と特質を宿し……」
「ここにはいない」
「そうか。では、次へ行こう」
鈍いというよりは、意図してのことだろう。
セレグレーシュに耳を傾ける気がないことが明らかだろうと、その男は気づいてないような顔をして話を切りあげ、次の行動に移った。
続いて案内された円形の講堂では、十五人ほどの子供が思い思いにちらばって佇み、よくわからないことしていた。
「なにをしているのか判るかい?」
年齢層は、ばらばらだ。
成人といってもいいような者もあるので平均をとれば、はじめに見た子達より上になるが、なかには十歳くらいの子もまじっている。
彼らのまわりには、ぷかぷか空中を惑う積み木のような道具があって、奇怪な動作をみせていた。
大小球体。三角や正方形の面をかいま見せる多角立体。多彩な彩りの砂礫や粉末。
光る糸。巴にめぐる穴なしの勾玉。複数の立体が組み合わさった分子模型のようなものなど。
それが突然消えてしまったり、高速で飛び交ったり、分解されたり、床に転がり落ちたりしている。
案内している男の問いかけと、目の前でくりひろげられている不可解な現象は思考の外におき、セレグレーシュはその場立ちに室内にいる人間の風体を確認しはじめた。
そうする過程で、ふたつ、みっつ、気づいたことがあった。
非常識にも重力を無視して空をただよっている物体が動く時、そのあたりにいる誰かが必ずといっていいほど何らかの動作をする。
ちょっと手をそえるようなしぐさだったり、持っていたずんぐりしたにぎり棒や紐のような物をふったり、撒いたり、放り上げたり、掃ったり。
なにかしらの思惑を感じさせる動きの中に肉眼では見えない要素……威力のような気配、脈動が目指す物体に注がれ流れだし、あるいは飽和し、波動も生まない空気めいた触手を伸ばして、これと根ざした物体になんらかの影響をおよぼす。
浮いていた物体が突然浮力をなくして床に落ちた時には、決まって落胆のため息がこぼれ、ぐるぐる、ふらふらと揺れ、思ったのと違う不可解な動きを見せた時には、それを成した者が近くの者に意見を求めたり、ボードに留めてある紙面の束を持ちだして考えに沈んだりしている。
入口付近にいる少女――セレグレーシュと同年代くらいの娘だが……。
その娘が手にしている円形の銀のレース編みも、ただの糸のかみあいではなさそうだった。
少女の手から離れ、ふわりと床におりたところでそれは倍ほどの大きさになり――。
その娘が傾けた小瓶からこぼれ落ちた、砂を含んだような黒いしずくを中央に受けると、ぷわんと膨張し、なぜか真っ黄色に染まって宙に浮きあがった。
縁がはためきもしない。硬質の金属のようになっている。
その対象物が半ば透明化したので、ガラスや鼈甲飴の細工のようにも見えた。
…――それは、その少女が統べる領域だ。
理論的に理解しているわけではなかったが、セレグレーシュは肉眼ではなく深層の感覚で、そこにあるものの属性を見極めていた。
そのへんで飛びかっている物体も、意識して見れば、どれがどの人間に属し支配されているのかが識別できる。
けれども。なにを目的として、そうしているのかはわからない。
作業を楽しんでいる者もあったが、遊びではなさそうだということは場の空気から感じとれた。
「……まあ、至らぬ者、冷やかしに来ている者もあるようだが、有志参加の余興……自由課題だな。
心力を宿した法具で空間をとらえ、それぞれが目的とする効果を生みだそうとしている。術士が用いる《法印》というものだ…。
――法具で固定した最終形態が《球》になるものが、もっとも強固な内的空間を維持するが、土地や物の材質、目的によっては効果的とも限らない。
よく使われるのは、あのような立体的な幾何学印――多角、円、螺旋、星印、有向量のあたりだ」
セレグレーシュのかたわら。
自発的に話しだした男の腕が、自身の胸の前でゆるく組みあわされた(以下、鬱陶しいかもしれないウンチク部分は、セレグレーシュといっしょになって飛ばし読みしても、さほど差し支えはないです)。
「…――封魔、退霊・退魔。
誘引、束縛、分析、浄化、封鎖、防御。
隠形、増幅、減却・拡散、促進。
凝縮、圧縮、分離、分解、分別に整理整頓。
識別、膠着、加速・減速、移転、重力反転……」
その口から繰り出されるのは、抑揚あるなかにも短い単語の羅列。
視界の先にある技術・仕様の数々が、よどみなく連ねられていく。
「――発光、発火、鎮火、放熱、結露、冷却、凍結……。
修復、補正、矯正。
感化洗脳、誘導、静謐、隠蔽、秘匿…――んむ?
フロー覚醒、誘発か……。――いくつか抜けたようだが、まあいい。
法印にも色々あってな。いまも開発中だ。
その耐久性は、築く者の心力量。性質、印、法則との相性。……構成、築く場所、空域、土地、物質……。その時々・その場の環境条件で定まる」
にわかに言いよどむ場面もあったが、頼んだわけでもないのに連れの男は、そのへんに散らばっている道具の様式、手技のあり方を気のままに語り続けた。
「印が持ちうる効果、性状は、用いる素材の種類、使う媒体……水、沙、香油などで定められる。
力の注ぎ方、配置、規模、陣形……補助法具、組み合わせの相性にも起因する。
《鎮め》の醍醐味ともいえる《封魔方陣》の構築は、数ある法印すべての応用だ。
無数の法印を兼ね合わせ調和させる――その技術に優れた者のみが《神鎮め》となる」
その間、ともに戸口のあたりにいるセレグレーシュは、理解しにくいものが傍にいる……とでも言いたげな顔をしていた。
「《神鎮め》がどういうものか、知っているかい?」
「オレは、ヴェルダを捜しに来たんだ」
セレグレーシュがぼそっと主張したが、その男はほけっとしたもので、他人事に耳を貸しているような態度を保持していた。
特別、熱心になることも軽くあつかうこともせず、やたら涼しい目をして寛いでいるようにすら見える。
「その彼は、いたかい?」
「……。まだ見てないところがあるから」
セレグレーシュが他の建物を意識しながら、連れの反応をうかがった。
その男が案内してくれるか、足を踏みいれることを承諾するかどうか。
相手の腹を――その許容範囲の程度を危ぶんでいるのだ。
「彼がここにいると誰かが言ったのかい?」
「……ヴェルダが…。…ヴェルダが、ここ、行かないのかって……。もう、ずっと会ってない。ここにいると思ったんだ」
「ひとりで来たのか?」
セレグレーシュはその問いに答えなかったが、男は言葉にされなかった彼の思いに理解をしめすように相槌をうった。
ともに歩をきざんでも他人に前を歩かせて先へは出ない。
一定の範囲内に近づく者があると、背中をゆるさないような動きをする。
少し、いっしょに歩いてみただけなのに警戒心の強さがうかがえた。
慣れのない環境・状況というのもあるのだろう。
もともとの性格・教育にもよるだろうが、ようやく大人になろうかという子供が、ここまでギスギスした姿勢をみせるのは、そうならざるおえない経験をしてきた証拠である。
そのおもしろい配色の瞳には、素直そうなひらめきもほの見えるのに――…。
「苦労したようだが……」
差しだされた男の右手がいっぷう変わった色彩の頭に触れそうになると、セレグレーシュは反射的に腕をふって、それを拒絶した。
「っ! 触んなっ!」
一瞬で、三歩も間合いをとる。
馴れない野生動物のような反応だったが、その男は動じなかった。
「やはり、なにが出るか解らない感触だ」
下された指摘に過敏な反応を見せたセレグレーシュが、ここもち前傾姿勢に肩を怒らせながら目を剥き、それと指摘した相手を睨みすえる。
そんな対象のようすに気づいているのかいないのか……。
警戒されている方は、感じとったものを解明するのに忙しそうだった。
「ジュジュが(この場に)いたら、なにを見ただろう?
……。…ゆらぐ水、大気の奥底にあるような無いような……あるとしたら、それはきっと見たことのない法具――(作用を備えた物体……または稟性……特殊な部分を見えないよう晦ましているような……)――奥深くに、すでに完成したものが沈んでいるような……。
……そうだな。
それはどちらかといえば効力が読めない媒体――薬物……儀仗。
切れ味の不明確な剣か……機構。
凝縮された真綿……気体……霊気。それでいて、鉱物……(神秘的な)生きものにも似た…――」
視界にある少年を通りこし、そのさらに先の裏側を見るような目をして、うっすらと笑みをたたえている――その青い瞳がこれだ! というようにセレグレーシュに戻された。
「お、オレがどうでも、おまっ…、あんたには関係な……」
「この館は小さな街ほどもある。
一日で廻るには広すぎるし、人とは流れ歩くものだ。おなじ敷地にあっても、すれ違いは起こる。ふだんは他所にいて、出入りする一族もいる。久しく帰ってくる者もあるんだ。
捜している子がここへ誘ったのなら、その子がいるか、現れるかどうか……腰をおちつけて、ゆっくり捜してみてはどうだい?」
思ってもいなかった提案――好都合な言葉、その意味に、セレグレーシュの瞳にあった警戒がゆらいだ。
不可解なものを見るように、自分の四倍は長く生きていそうな男を凝視している。
「それでもみつからないのなら待てばいい――いずれ訪れるかもしれない……。
ここは御飯に部屋つき、課題つきだぞ?
事情が事情だから望むなら、特別に個室をやろう。浴場もシャワーもある。実力がつけば夜の灯りにもことかかない。
自身で場を築けるようになれば限りある私的な空間……自室の狭さもさほど気にならなくなる。
必要におまけがつくていどには衣類も与えるし、支給の範囲内であれば服装・装いは自由だ。
むろん、そのへんを自費で賄うのもいいだろう。そのあたりでバイトして稼いでくれてもかまわない。
ここには理髪店、理容店もある。
よろず屋も服飾店も、茶庭も喫茶店も――医局も図書館も、牧場に菜園もな」
男は、移りゆく少年の表情にとまどいと手応えを見ると、うっすら柔和な笑みを浮かべた。
してやったり……、という表情に見えなくもない。
「ただし、無償とはいかない。
見てのとおり、ここは可能性のある者が学び、技を身につけるところだ。
ここにいるならここの知識を修めてもらう」
「オレ、なにも持ってない。親なんていないし…――字もそこそこ読めるだけ。ちょっと、書いてみたことあるだけで、ほとんど……」
「文字など習えば、いくらでも書けるようになる。
そういった種類の障害があるなら大きな課題となるが、言葉を理解し、覚えられるのなら手段がないわけでもない。
性根が腐っている者、やる気のない者、知識と手段を授けることが危険と思われる者は、素質があっても追い出すがな」
真に受けていいものか、事態を危ぶみ眉を寄せているセレグレーシュの視界で一歩、二歩と、間合いがつめられた。
「この家が学ぶ子らに求めるのは、安寧を望む強い心と、種族、血族、組織に過度に囚われぬ公平さ――…それを現実にできるだけの資質――…適性と能力だ。
金品は必要ない」
そうして改めて、そっと。
青磁色の頭に乗せられた手は温かく、豊かな思いやりを秘めていて…――
および腰になりながらも、堪えて受けとめてみた彼に、ここしばらく忘れかけていた父親の手の感触を思いおこさせた。
▽▽ 場外です ▽▽
※ 《天藍の理族》
《理族》という熟語はありません。当初名指されていた《理の一族》を圧縮して設けた造語になります。
《天藍》と呼ばれる種族(単語)にかぎられた修飾になりますが、一族と同義と受けとめていただければと💦
《天藍》は《天藍石》より。瞳孔が群青色であることに由来します。
青い石は数あれど、稀少なようですし、石言葉的にも、これが良いかなと。
インベンターにして、クラフトワーカー。クリエーター一派です。
闇人と人間の血が混ざることで生じる亜人――その中に確立された特例的な系統になります。
故人ですが《天藍の理族》には始祖なる存在があります←主人公と、ものすごく遠い遠戚になります(主要を踏んでいながら、ほぼ他人ともいう)が、主人公はその人間側の分岐です。
この物語の㊙をかいま見たいと思って下さった方は、応援よろしくお願いします(……出過ぎたかも知れません)。
この通り、そういった面(設定要項面)では筆が軽い側面もあります(物語の期をわきまえず、ぼろを出してしまうかもしれませんが、出来るだけ気を付けます……)。
一族のイメージとしては、道具を動作する方向へ組みあげる(内部改造する)ことから歯車機構です……。とはいえ、動作させるのは彼らではなく《心力持ち》になります。
話は変わりますが、
至らずも画面の目詰まり感防止に、セリフ内部で改行をほどこしております。
(カクヨムさんにあげているものとでは、切りかえるタイミングが変化していることがあります。移動時の〝うっかり〟があるかもしれませんが中身は、いっしょです/充分とは言えないかも知れませんし、スマホ画面で覗かれている方は、台詞の区切り~結びと始まりのカッコ~を見失ってしまいがちになってしまうかも知れません……せめてもの三人称です……てか、もともと、それで書いておりましたが……)。
煩わしく気障りかも知れませんが、会話の始まりと結びの記号(カッコ)にご留意いただくことをお願いしたいです。
(文章をうまく捌けない未熟者です/呼吸的な合間と思っていただければと考えております。本来は禁じ手? ですよね……詩ではないし、紙媒体の小説では)。
一本のセリフ内部で、空白行間をもうけることはいたしません(空けてなくても画面の仕様によっては、あるように見えてしまうかもしれません)。
異なる登場人物によって、ほぼ同時に発せられるセリフ以外は、前後に空白行をもうけるようにしておりますので、どうかよろしくお願いします……((o_ _)'彡
セリフ内部に発言者の思惑や補助的な内容を()に収めて加えることがあります。
ほかにも、いろいろ至らない部分があると思います。
これと自覚自認すれば、出来るだけ修正してまいりますが、それでも、不足や不備、過剰が残ってしまうと思います。
気づいても巧く解決できないこと・こだわること・遅滞することもあるでしょう……。
長い余談および、数々の不肖、失礼いたしました。ごめんなさいです ::>_<::
しおり