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可能性

 僕たちは古びた建物に辿り着いた。

「ここだよ」
恭介が僕たちに紹介した。

「なんか雰囲気ありますね」
大和は建物を眺めて言った。

建物の中に入ると、爽やかな感じの青年が床の掃除をしていた。

「いらっしゃいませー。あ、恭介さんこんにちは。じいちゃんは下で作業してますよ」
「わかった。みんな、こっちだよ」
恭介に案内されて地下へと続く階段を下りる。

「恭介はここの常連なんですか?」
大和が訊いた。

「そうだね。ちょくちょく武器を頼みにくる。ここは結構幅広く取り扱ってるから。あ、そうだ。大和もなんか作ってもらうといいよ」
「そうですね。せっかくなんで頼みたいと思います」

階段を降りた先には厳ついじいさんがいた。

「こんにちは」
恭介が挨拶するとじいさんはニヤリとした。

「お、来たな。待ってたぞ。ん? 恭介含め四人だと聞いてたが」
じいさんは僕たちの方を見て首を傾げた。

大和がじいさんに挨拶する。
「どうも。俺は大神大和といいます。事情があってみんなに同行することになりました」

「そうかそうか。んであんたもお客なのかい?」

じいさんの質問に大和は元気よく返事をした。
「はい! 日本刀を作っていただきたいです」

「よしわかった。恭介、素材は持ってきたな?」
「はい。これです」

恭介はゲートの素材をズボンのポケットから取り出す。

恭介から素材を受け取ったじいさんは
「はー。これがゲートの素材か。うーむ」
素材を手に持って角度を変えながら眺めて感心したように言った。

「どうですか?」
恭介が確認するように訊くと、じいさんは大きく頷いた。

「そうだな。……問題ない。任せとけ」
「良かったです」
恭介は胸を撫で下ろした。

「そんで何をご所望だい?」
じいさんは素材を机の上に丁寧に置くと、メモ用紙を片手に僕たちの方に向き直って訊いてきた。

僕はじいさんに答えた。
「僕も日本刀をお願いしまーす。刃渡り七十センチくらいの。大和もそんくらい?」

「あ、はい。相場を知らないので、けいと同じでお願いします」

じいさんはメモを取ってから頷いて、日向の方を見た。

「お嬢ちゃんは?」
「私は杖やな。長さは二十五センチで頼むわ」

日向はそう言ってまた指揮棒を振るようなジェスチャーをした。

恭介は
「僕は錫杖を。百六十五センチでお願いします」
と言った。

「わかった」
じいさんはメモを取り終えると、ゲートの素材を眺め出した。

僕は恭介の注文したものが気になった。
「杖は杖でも錫杖なのか」
「しゃくじょう? なんですかそれ」
大和が訊いてくる。

「えっとねー。こんなの」
恭介がスマホの画面を大和に見せた。

「あー。これ僧侶の人とかが持ってるようなやつですか。しゃらしゃら音が鳴るやつ」
大和が納得したように頷く。

じいさんが僕たちに向かって言った。
「一週間もらうぞ」
「はい。お願いします」
恭介が頭を下げた。
僕たちもじいさんにお辞儀した。

大和が
「早いですね。刀とかって相当時間がかかるものじゃないんですか?」
と言った。

じいさんが自慢するように答える。
「まぁ魔法を使って作るからな」
「おぉ。詳しく知りたいですね~」
「細かいところは秘密だ」
じいさんはニヤリとしてみせた。


 その後店を出て僕たちは歩き出した。
大和がバッグを背負い直しながら言った。
「てっきりもうこの国を出発するものだと思ってました。荷物まとめましたし」

僕は
「武器ができるまでの一週間でやんなきゃいけないこともあるんだよ。この国のお偉いさんと交渉しないといけないの」
と説明した。

「なんの交渉ですか?」
「先生と全面戦争になったときに協力してもらうための交渉だね」
今度は恭介が答えた。

「はぁ。確かに魔王と交渉決裂になった時は人類だけでコザクラさんと戦うことになりますもんね」

恭介は頷いてから続けた。
「これまでも国際魔法連合の人たちは各国に協力を要請してきたんだけど、どの国にも断られ続けてるんだよね」

「どうしてですか?」
「現状を理解してるお偉いさんからしてみれば、先生とやりあっても勝算がないことが分かってるからだろうね」
「でも戦わないと結局全滅じゃないですか」
納得していない様子の大和に天姉が説明する。

「いくら桜澄さんといえど天使を殺すことはできないだろうって考えてるんでしょ。自分たちの国に攻撃してくれば迎え撃つけど、自分たちから攻撃はしたくないってことだろうね」

「勇者を選んだのは最小限の犠牲で済むようにってこともあるんだろうな」
僕が付け加えてそう言うと、大和は眉をひそめた。

「んー。なんだか悲しいですね」

恭介が諭すように言った。
「十中八九断られるだろうけど、まぁ上の人からの命令だし一応交渉してみないとね」

「もどかしいですね。さっさと魔王のとこに行く方が賢明な気がします」

そんなことを言う大和に天姉が
「急がば回れだよ。焦らず冷静でいることが大事なの」
と得意げに言った。

「俺は何の役にも立たないですね」
「まぁその通りやけど、一週間のんびりして良いわけやないからな?」
日向が言うと、大和は
「え?」
呆けた声を出して訊き返した。

僕は大和の肩を揉みながら言った。
「大和は修行。さっさと強くなってもらわんと」
「あ、そうですよね。頑張ります」
大和は軽く頷いた。


 この日は新幹線でこの国の首都に向かった。
駅を出ると、大和は周りの景色を見てため息をついた。

「普通に都会ですね」

なんでガッカリしてるんだろう。
まぁいいや。

「よし。とりあえず今日宿泊する場所まで行こうか」
恭介が歩き出した。

「どこに泊まるんですか?」
「旅館。結構良いとこ」
天姉が嬉しそうに言った。

「都会の中の旅館ですか。なんかいいですね。ファンタジー感はやっぱり無いですけど」
残念そうに言う大和に僕は
「野宿したいか? 大和だけ野宿でもいいぞ。ファンタジーな野宿をするといいさ」
と言ってみた。

大和は素直に謝った。
「嫌です。文句言ってごめんなさい。そういやここは首都ってことでしたけど、ここはヴォルペなんですか? ルーポなんですか?」

恭介があたりを憚るようにして言った。
「一応ヴォルペなんだけど、この国はその二つの地域でかなり揉めてるからね。あんま往来でそのことに言及しない方がいい」
「へぇ。分かりました。気をつけます」


 旅館に着いた。
なんだか和を感じるところだ。
「ん? そういえばなんで旅館が? ここ日本じゃないのに」
大和が今更ながら訊いてきた。

恭介は少し誇らしげに答える。
「先生の影響だね。英雄小野寺桜澄はほんとすごい人気だったんだよ。それで当時世界中で日本ブームが起こったんだけど、その名残だね」
「なるほど」


 内装も和風な装飾が施されており、食事も和食が出された。
食べ終えた大和がお腹をポンと叩いた。

「いや~おいしかったですね」

僕は力強く同意した。
「ああ。味噌汁最高だった」

「お魚もおいしかったですね~」
「な~」

僕と大和がまったりし始めたところで、日向が立ち上がった。

「天姉一緒に温泉行こうよ」
「お、いいな。ほんじゃ私たちは温泉行ってくる」
天姉と日向は温泉に向かった。

僕は大きく伸びをして、大和に言った。
「よし。それじゃ僕たちは今から修行だ」
「今からですか? もう外は真っ暗ですけど」
大和は窓の外を見てから、不思議そうに言った。

「外には出ない。まぁとりあえず部屋に行くぞ。行けば分かる」
「? わかりました」


 僕たちは自分たちの部屋に入った。
ちなみに部屋も当然和室だ。
僕は押入れを開けて中が大和に見えるようにした。
「ここで修行する」
「え?」
大和が押入れの中を覗き込む。

「うぉ! 広!」

押入れの中には体育館くらいの広さの真っ白な空間が広がっている。
僕たちはその空間に足を踏み入れた。

「これも魔法なんですよね?」
大和が空間内を見渡しながら言った。

「そうだよ。日向の空間魔法。ここで稽古をつける」
恭介が準備運動をしながら答えた。

「おぉ。ほんと魔法すげーなぁ」
大和は興奮した様子でキョロキョロとあちこちを見ている。

どこを見ても真っ白だから別に見るところなんてないのにな。

でもこんなに楽しそうにされたらこっちまでなんだか楽しい気持ちになってくる。

「とりあえずこれでやろうか」
僕は大和に木刀を手渡す。

「はい! よろしくお願いします!」
大和は姿勢を正してきびきびとした動きで一礼した。

「体は鍛えてるみたいだけど、剣道とかやったことがあるわけではないんだよね?」
恭介が確認した。

「はい」
「んー。それじゃあまずは自己流でいいからやってみようか」
僕は木刀を構えた。

「え、いきなり実戦ですか?」
「ごめんね。僕は人に教えたこととかないからさ。まずやってみて、そんでどこが悪いかを指摘するって方法がいいと思うんだよね」
「なるほど。……分かりました。やってみます」

大和は僕に向かって走り、両手で木刀を勢いよく振り上げると、僕の頭上に振り下ろした。

「そいやー!」

僕は自分の木刀を振り払ってそれを弾き飛ばした。

「うぉっ!」
大和の木刀が手を離れ、吹き飛んでいく。
木刀はカランと音を立てて地面に落ちた。

「防がれるのは気にしないで、とにかく攻め続けて。頑張れ」
恭介は僕たちの様子を離れたところから見守り、大和に声をかける。

「けいは腐っても勇者なんだから素人が最初から当てられるわけがないんだよ。気にするな」
「腐ってもって……。僕は腐ってないけど」
「はい! 頑張って腐った勇者に一撃入れます!」
「言ったなこの野郎」
僕はジト目で大和を見た。

その後も大和は懸命に攻撃を続けたが、僕はすべて弾き返した。

「はぁ……はぁ……。当たらないですね……」
大和が息を切らしながら僕を見た。

「うん。でも思ったよりガッツがあるね。鍛えてるだけはある」
僕が励ますように言うと、
「ありがとう、ございます……」
大和は絞り出すように答えた。

「今日はもう終わりにする?」
恭介が大和に訊いた。
「……そうですね。ありがとうござ、隙ありぃ!」
「甘い」

不意打ちで斬りかかってきたが、そんなのが通用するほど僕は弱くないのだ。
腐っても勇者だし。
あ、強く防いだせいで木刀が折れてしまったようだ。

「あ……折れちゃいましたね。すみません。俺が不意打ちとかしたから反射的に強く防いじゃったんですよね……」

「別にいいよ。勝ちに貪欲なのはいいことだ。それより汗かいただろ? 今日はもう終わりにして風呂にでも行こうか」
僕がそう提案すると
「そうですね」
と答えて大和は折れた木刀を拾い上げた。

「ん? あれ……ちょっと待てよ」
そう言って大和は拾った木刀を見つめたまま固まった。
そしてなにやらブツブツ言い始めた。

「俺の魔法は状態異常を治せる。状態異常を治すっていうのは、つまり正常な状態にするってことだ」
「どうした大和。急にブツブツ言いだして」
僕が訊いても大和の独り言は止まらない。

「折れている状態っていうのは木刀にとって、正常な状態なのか……?」
大和は睨むように手に持った木刀を見た。

「コレクト」
大和がそう呟くと、折れた木刀が元の姿に戻った。

「は?」
僕はそれを見て呆けた声を出した。

「え……今の、大和がしたの?」
恭介も目を見開きながら大和に訊ねる。

「やっぱりだ! 俺の魔法、使い道あるかも!」
大和は子供のようにはしゃいだ。

この日、大和は自分の魔法に新たな可能性を見出した。

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